第3話「コンクリートの犬走りと、魔の乗り換え」
「行くぞ! 近くの地下鉄入り口へ飛び込むんだ!」
ユウトが走り出そうとした瞬間、ドォォォン!! という凄まじい衝撃音が響いた。
私たちの目の前、交差点のど真ん中で、制御を失った大型トラックが信号待ちの(いや、信号が消えて立ち往生していた)車列に突っ込んだのだ。
「キャァァァァ!」
悲鳴と共に、ドミノ倒しのように車が弾け飛び、人が宙を舞う。
逃げ場を失った群衆が、パニックを起こして将棋倒しになっていく。
「くそっ、これじゃ地下鉄の入口まで辿り着けない!」
ユウトが足を止める。
人の波が防波堤のように立ちはだかり、前へ進むことも引くこともできない。
「ねえ、もう無理だよ……!」
リナが泣き叫ぶ。
「私、帰る! 家ここから歩いて30分だもん! 鍵かけて布団かぶってれば、きっと警察がなんとかして……」
リナが私の手を振りほどき、来た道を戻ろうとする。
「リナ、ダメ!」 私が腕を掴むが、恐怖で錯乱した彼女の力は驚くほど強い。
「離してよ! わけわかんないこと言わないで! 宇宙人とかドームとか、もううんざりなの!」
「リナ!」
ユウトがリナの肩を掴み、強引に自分の方へ向かせた。
その目は、いつになく真剣で、冷徹だった。
「いいか、よく聞け。お前のマンションは、ここより安全か?」
「当たり前でしょ! オートロックだし……」
「オートロックは電気で動いてる。今はただの開けっ放しのドアだ。それに、さっきの放送を聞いただろ? 『治安維持部隊』が来る。あいつらは暴徒鎮圧の名目で、しらみつぶしに建物を『掃除』するぞ」
「そ、そんな……」
「それに、お前はもう『見て』しまった。天蓋のバグを。赤い蛇を。……あっち側の連中は、目撃者を絶対に生かしておかない。家に帰るってことは、処刑台に座りに行くのと同じだ」
ユウトの言葉は残酷なほど現実的だった……リナの顔から血の気が引いていく。
「じゃあ……どうすればいいのよ……」
「俺たちと一緒に来い。東京を出るんだ」
「どこへ?」
「つくばだ」
「つくば!?」
私もリナも声を揃えた。
「茨城県のつくば市? ここからどれだけあると思ってるの! 電車も車もないのに!」
「直線距離で約60キロ。徒歩なら不眠不休で15時間以上……この状況なら20時間はかかる」
ユウトは淡々と計算する。
「無理よ! 死んじゃう!」
「ここで待ってても死ぬ。動けば0.2%でも生き残る可能性がある……それに、足ならあるぞ」
ユウトが指差したのは、事故の衝撃で歩道に弾き飛ばされていた数台の電動キックボード(LUUP)だった。
「LUUP? でもあれ、通信死んでるのに動かないじゃん」
「普通ならな。……GEM、ハッキングだ。制御ロックを強制解除しろ」
ユウトがデバイスをかざすと、青い光と共に起動音が鳴った。
『アクセス成功。ロック解除。バッテリー残量、各機60%前後』
「60%……ユウト、これじゃつくばまで持たないよ」
私が指摘すると、ユウトは短く頷いた。
「わかってる。これは『使い捨て』だ、この魔窟(渋谷)を脱出するためだけのブースターだと思え。バッテリーが切れたら乗り捨てる。行くぞ!」
私たちは転がるようにLUUPに飛び乗り、混乱する交差点を縫うように走り抜けた。
そして、地下鉄への入り口――冥界への階段を滑り降りる。
ズザザザッ……!
タイヤを滑らせながら、地下構内へと降り立つ。
そこは、地上とは別の種類の地獄だった。
停電により換気ファンが止まった構内は、湿気と熱気が籠もり、まるで蒸し風呂のような不快な暑さだ。
「ここも人でいっぱいだよ……」
「改札じゃない。線路へ降りるぞ」
ユウトは迷わずホームの端へ向かい、柵を乗り越えて線路へと飛び降りた。
「降りろ! 電車は絶対に来ない。ここが一番空いている『道路』だ!」
私はリナの手を引き、暗闇のレールの上へと降り立った。
足元には、無数の尖った砕石が敷き詰められている。
「ちょ、ちょっと! 無理よこれ!」
リナが悲鳴を上げる。
「タイヤが埋まっちゃう! こんな砂利道、走れるわけないじゃん!」
案の定、LUUPの小径タイヤは砂利に足を取られ、押して歩くことすら困難だ。
「ここを走るんじゃない」
ユウトが懐中電灯でトンネルの壁際を照らした。
そこには、幅60センチほどのコンクリートの段差――通称『犬走り(管理用通路)』が、闇の奥へと続いていた。
「この狭いコンクリートの上を走るんだ。バランス崩して落ちたら、砂利でタイヤが死ぬぞ。平均台の上を走るつもりで行け」
「うそ……ここを!?」
リナが絶望的な顔をする。
左はコンクリートの壁、右は砂利とレール。
少しでもハンドル操作を誤れば転倒する、綱渡りのようなドライブだ。
「行くぞ。止まれば死ぬと思え」
GEMのナビに導かれ、私たちは地下の闇の中へ、電動モーターの微かな駆動音と共に滑り出した。




