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第2話『天蓋(ドーム)の管理者と、赤い蛇』


それは、生物の目であり、同時に機械のレンズでもあった。


引き裂かれた赤紫色の空の向こう側、 そこからヌラリと現れたのは、東京ドームほどもある巨大な「黄金色の瞳」だった。


爬虫類特有の縦に割れた瞳孔を彷彿とさせるその表面には、無機質な幾何学模様が走り、カメラの絞りのように「ギュイーン」という駆動音を立てて収縮を繰り返している。


……目が、合う


全身の血液が逆流するような感覚に血の気が引いて体温を奪われていくようだった。


その巨大な瞳は、明らかにカフェの窓際で立ち尽くす私――いや、私たちを凝視していた。


『検知しました。対象コード、覚醒者アウェイク


脳内に直接、金属を擦り合わせたような不快な声が響いた瞬間、激しい頭痛に襲われて、私はその場に崩れ落ちた。


「真白!」


ユウトが私を抱きかかえるのと同時に、世界が「明滅」した。


バツンッ!!


唐突に、視界が真っ暗になる。


カフェの照明、デジタルサイネージの広告、店内のBGM、そしてけたたましく鳴り響いていたEBSのアラート音。


そのすべてが、一瞬にして消えてしまったのだ。


恐怖に声すら出ずに完全な静寂が辺りを包み、そして、その直後に人々は恐怖のどん底に突き落とされた。

 

「きゃあああああ! 電気が!」


「おい、スマホがつかないぞ! 真っ暗だ!」


「出口どこだよ! だれかライト持ってないか? ドアが開かねえ!」


カフェの中は阿鼻叫喚のるつぼと化した。


視野が利かなくなったため、手探りで動くしかなく、普段ライトはスマホに頼っていたせいだろうか、明かりとなる物がない。


電子ロックが作動しなくなったのか、あるいは制御されたのか、自動ドアは開かないようだ。


「……消えた」


床に座り込んだまま、私は窓の外を見上げた。


さっきまでそこにあった「裂け目」も「巨大な目」も、そして太陽さえも消え失せている。


昼間からいきなり暗転、しかも月や星の光源さえない本物の暗闇、外の世界は――文字通りの「虚無」に包まれていた。


停電ブラックアウトだ……」


ユウトが低く呟く。


「だが、ただの停電じゃない……真白、下を見てみろ」


ユウトに促され、私はガラス越しに眼下のスクランブル交差点を見下ろした。


街の明かりは全て消えている。 しかし、そこには異様な光景が広がっていた。


道路を埋め尽くす、数千、数万の車の列。


ヘッドライトとテールランプだけが、バッテリーの残存電力で輝いている。


特に、どこまでも続くテールランプの赤い光の列。


それは、漆黒の東京の動脈をドロドロと流れる血液のようであり――あるいは、暗闇の中を這いずり回る、巨大な赤い蛇のようにも見えた。


それはまるでこの世界を締め上げ、窒息させようとする陰謀論の「爬虫類レプティリアン」の姿そのものだ。


そして、その禍々しい「赤い蛇」の光が、上空にある「何か」を鈍く照らし出していた。


「空が……反射してる?」


見上げた空に、星はない。 代わりに、赤い光を受けてうっすらと浮かび上がっていたのは、濡れたような金属光沢を持つ、巨大な湾曲した「壁」だった。


空にあるはずのない、無機質な天井。


「やっぱりな。電源が落ちて、『投影機』が止まったんだ」


ユウトが、忌々しそうにその天井を見上げる。


「投影機って……?」


「『天蓋ドーム』だよ。俺たちは巨大なドーム状の閉鎖空間テラリウムに閉じ込められてるんだ。普段見ている太陽も、月も、星空も……全部、あの天井スクリーンに映し出されたホログラムだ」


「ホログラム!? じゃあ、宇宙は?」


「ないよ。少なくとも、俺たちが教科書で習ったような宇宙はな。ここは爬虫類たちが管理する、平らな地面フラットアースの上の牧場だ。……さっきの『裂け目』は、そのスクリーンが物理的に壊れて、外側が覗けたんだよ」


リナがポカンと口を開ける。


「は? 地球が平ら? あんた、こんな時にまでネタ……」


「ネタならどれだけ良かったか! 見ろよ、あの『天井』を!」


ユウトが指差す先、赤い蛇の光に照らされた天井には、雲のような形をした四角いモザイク(ドット欠け)が、バグった画像のようにへばりついていた。


「あいつら、予備電源で慌ててホログラムを修復しようとしてるが、もう隠しきれないぞ……」


ユウトは私を立たせると、震えるリナの手を強引に引いた。


「リナ、スマホはもう役に立たない。しまえ」


「で、でも! 動画! さっきの目、映ってるかも……!」


「映ってないよ。デジタルはあっち側(管理者)の領域だ。都合の悪いデータは即座に消される」


ユウトの声には、不思議と落ち着きがあった。


彼はバックパックから、アナログな「方位磁石」と、懐中電灯を取り出す。


「行くぞ。ここに居ちゃマズい」


「行くってどこへ!? エレベーター動かないよ!」


「非常脱出用の外階段だ。このビルから出るぞ」


私たちは人波をかき分けて、非常階段へと向かった。


男たちが椅子を叩きつけてガラスを割ろうとしているが、強化ガラスはビクともしない。


キャッシャー(レジ)では、店員と外国人客が怒号を浴びせあっているようだった。


 どうやらスマホの翻訳アプリを頼りに来日したのだろう、言葉も通じずこの異常事態に遭遇すれば、短気な外国人に災害時の日本人のような対応を求めたところで出来ようはずもない。

  

「バーコード決済やカードが使えないなら現金で払え!」


「現金も持ってない!」


日本人ですら店員と客が怒号を浴びせ合っている。


金融崩壊の縮図が、そこにあった。


「ユウト、待って。……何か変」


外国人が力技でこじ開けた自動ドアの隙間をすり抜け、私たちは店の外の廊下へ出た。


ビルの共用廊下も真っ暗で、非常灯の緑色の光とユウトの小さなライトだけを頼りに、突き当たりの非常階段へと走る。


しかし、非常階段の重い鉄扉に手をかけた時 扉の向こうから、ただならぬ気配が漂ってきた。


腐った卵のような、強烈な硫黄の臭いが鼻につく。


「真白?」


「開けちゃダメ。……いる」


「誰が?」


「人間じゃ……ないもの」


私の警告より早く、扉が向こう側からダンッ!と叩かれた。


「あ、開けてください! 閉じ込められたんです!」


くぐもった男性の声。


「あ、人がいる!」


リナが安堵して鍵を開けようとする。


「リナ、触るな!」


私が叫ぶのと同時に、ユウトがリナの手を引っこ抜く。


直後、すりガラスの入った扉の向こうに、ユウトの懐中電灯の光が透けた。


そこに映ったのは、人間のシルエットではない。


人間にしては首が長く、腕が異様に太い――蜥蜴とかげのような影。


「グルルルル……ガアアアッ!」


人間の声を装っていたモノが、喉の奥から獣の咆哮を上げた。


ドン! ドン! ドン! 鉄扉が激しく歪む。鍵が悲鳴を上げ、蝶番が軋む。


「ヒッ……!」


リナが腰を抜かす。


「『シェイプシフター(変身種)』だ……! もう実体化してやがるのか!」


ユウトが舌打ちをし、懐中電灯を警棒のように構える。


「実体化……? あれが、レプティリアン?」


「太陽の光が落ちたことで3次元ここの周波数が下がって、奴らの擬態が解け始めてるんだ。デモの混乱に乗じて、覚醒者を狩りに来てる」


ユウトは私の目を真っ直ぐに見た。


「真白。お前の『眼』なら見えるはずだ。奴らが嫌がるルートが」


「え?」


「神社の結界を張る時と同じだ。奴らは『穢れ(低周波)』を好むけど、『清浄な気(高周波)』の場所には近づけない……このビルの中で、一番気が澄んでいる場所を探せ」


無茶ぶりだ。 こんなパニックの中で、清浄な場所なんて。


でも、やるしかない。


私は深く息を吸い、目を閉じた。


硫黄の臭い、恐怖の脂汗の臭い、怒りの波動。


その濁流の中に、一筋だけ――凛とした、冷たい風の流れを感じる。


「……あっち」


私が指差したのは、厨房の奥にある、業務用搬入口の方角だった。


なぜかそこだけ、静寂に包まれている。


「よし、信じるぞ」


ユウトが先頭に立ち、私たちは厨房へと走り出した。


背後で、鉄扉が破られる轟音が響き渡る。


「おいしそうな匂いがするねぇ……」


粘着質な声が、暗闇の中から追いかけてくる。


それはもはや人間の言葉ではなく、捕食者が獲物をなぶる響きだった。

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