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第1話『空の裂け目と、予言された日付』

この物語は読んではいけません。この物語はフィクションです。

渋谷スクランブル交差点を眼下に望む、ガラス張りのカフェ。


クリスマスを数日後に控え、東京は冬至とは思えないほどに温かい。


都会の喧騒をフィルター越しに眺めるこの場所は、日ごろどこまでも広がる田んぼを見下ろす小高い山の中腹で暮らす私、日月真白ひつきましろにとって、まるで別世界の展望台のようだった。


「真白、東京へようこそ! かんぱーい!」


リナの明るい声が、私の緊張を少しだけ解いてくれる。

 

グラスが触れ合う軽やかな音、アイスラテの冷たい結露が指先を濡らす。


「ありがとう、リナ。 やっとこっちに来れたよ、しかも東京にいる間泊めてもらっちゃってごめんね」


 東日本大震災で両親を亡くし、歴史の長い由緒正しい神社の神職をしている母方の祖父母に引き取られた。


 巫女として働きながら、趣味のイラストをたしなみ、この度念願かなって東京で開催されるコミケに参加するために数日休みを得て上京してきたのだ。

  

 しかし地元仙台ですら迷子になる方向音痴の私としましては、東京のコンクリートジャングルに対応できる気が全くせず、大学進学と共に東京に移り住んだ親友の本郷リナに滞在中の東京の案内をお願いしたのだ。


 「いいのいいの、久しぶりに会えたんだもん! しかし宮城から出てくるの遅すぎ!  ね、ユウトもそう思うでしょ? ……ちょっと、聞いてる?」


リナに肘でつつかれ、向かいの席の神原ユウトがハッとして顔を上げた。


ユウトは私とリナの幼馴染で数年前まで海外に住んでいたが最近日本に帰国してきたらしい。


リナと連絡を取り合っていた時、どうにか会えないかと連絡してきたのだ。  


彼はさっきから、会話に参加するどころか、貧乏ゆすりをしながらスマホの時計と手帳を何度も見比べている。


「……あ、悪い。聞いてるよ」


「嘘つき。さっきから上の空じゃん。 せっかく真白の歓迎会なのに」


ユウトはバツが悪そうにスマホを伏せた。


「いや、違うんだ。歓迎会ももちろん大事だけど……俺が今日、無理やりにでも集まろうって言った理由、覚えてるか?」


「え? 真白が東京に旅行に来たからでしょ?」


「それもあるけど……俺が指定したのは『今日』だ。今日じゃなきゃダメだったんだよ」


今日のユウトは記憶にあるどこか悪ガキ感のある姿とは異なり、ピリピリした雰囲気が、実家の神事の前の義父の姿と重なって見えた。

 

 少しボサボサと艶を失った黒髪を、不潔に見えないように切りそろえてはいるものの、心配事でもあるのか、または睡眠が思うように取れていないのか、容姿はいいはずなのに、眉間のシワが意志の強さが垣間見える眼光を細めているせいで目つきが鋭くなり、目の下に隈が出来てしまっている。


 成長してもデザイン性よりも機能性重視のワークウェアを着ているところは相変わらずのようだ。

 

「ユウト、何かあったの?」


私が尋ねようとした、その時だった。


『政府は真実を語れ!』


『パンデミックは計画だ! 我々は家畜じゃない!』


拡声器を使用し、どこか音割れした声が聞こえてくる。


すぐに窓ガラスがビリビリと振動するほどの大音量が聞こえてきた。


眼下の交差点に、プラカードを掲げたデモ隊の群れが流れ込んでくるのが見える。


「うっわ、タイミング悪……またデモ?」


リナが露骨に顔をしかめる。


「また? 東京はそんなにデモが多いの?」 


「そうだよ、ホントうるさいよね。X(旧Twitter)のおすすめに出てくる『陰謀論』に感化されすぎでしょ。 平和なランチが台無しじゃん」


リナにとっては、それはただの不快な「騒音」。


けれど、私には違ってみえた。


……気持ち悪い。


耳を塞ぎたくなるような、重低音の地鳴りが辺り一帯に渦巻いている。


スピーカーの音量ではない、空気が……負の感情から放たれた周波数によって歪んでいる音だ。


デモ隊の怒りの波動と、それを抑え込もうとする街の澱んだ気が衝突して、吐き気がするような不協和音を生んでいる。


ふと、視線を空に向けた瞬間、私の心臓が跳ねた。


ビルの隙間から覗く太陽……その周囲の空が、一瞬だけ――ドス黒い赤紫色に明滅した。


「……っ!」


「真白? どうしたの?」


「い、いや……今、空が……」


「空?」


リナが窓の外を見るが、そこには排気ガスによって霞んだいつもの曇天があるだけだ。


「何もないじゃん、変なの。あ、見てよユウト。あんたの好きなSF映画みたい」


リナは呆れながら、眼下のデモ隊を指差す。


その言葉に反応したユウトが、無言でスマホのカメラアプリを起動し、窓の外の景色に向けた。 そして、血相を変える。


「……リナ、真白。これを見ろ」


「えー、またその話? 陰謀論はお腹いっぱいだってば」


「いいから見ろって! 肉眼じゃない、俺のスマホの画面越しに! ほら、あの看板だ!」


ユウトがスマホのレンズを向けた先にあるのは、交差点の目立つ位置にある巨大なデジタルサイネージだ。


肉眼では、煌びやかな『TOKYO NEW WORLD(東京新世界)』という広告が流れている。


だが、ユウトがかざしたスマホの画面の中では、景色が違って見えた。 まるで、世界の「テクスチャ(表面の貼り紙)」が剥がれ落ちたかのように。


ノイズ混じりに、禍々しい赤黒いフォントで『SYSTEM ERRORシステムエラー』、そして一瞬だけ『WAKE UP(目覚めよ)』という文字が点滅していたのだ。


「は? 何これ、合成アプリ?」


「ただのバグならいい……でもな、最近の映像データはおかしいんだよ。フィルターとか加工じゃなくて、『現実のレンダリング(描画)』が追いついてないんだ。……この世界を作ってるプログラムが、限界を迎えてるみたいにな」


「ちょっと待ってよ」


リナが引きつった笑いを浮かべて、両手を振る。


「情報量多すぎ! アニメじゃないんだから! レンダリングとかバグとか、私を怖がらせようとしてる? ドッキリなら趣味悪いよ?」


「ドッキリならよかったよ」


  ユウトは震える手で、ポケットから古ぼけた紙切れを取り出した。


 それは、何かのコピーのようだ。


「俺が今日、お前らを呼んだ本当の理由……これだ」


「それって……」


私は息を飲む、その筆跡に見覚えがあったのだ。


ユウトの実家、どこか浮世離れしており、熱心に真白の神社に参拝していた氏子のあのお婆ちゃんの癖が強い字……


「死んだ婆ちゃんの日記のコピーだ。 俺が相続したお茶箱の中に入ってた、親父たちは『ボケた落書き』だって言って捨てようとしてたけど、俺は捨てられなかった。……ここに書いてある予言の日付が、202X年の今日なんだよ」


「今日……?」


ユウトがその紙を広げる。


殴り書きのような文字で、こう記されていた。


『空が裂け、偽りの太陽が落ちる時、泥の雨が降る。人々は毒を打ち、箱に支配されるが、星の記憶を持つ子供たちが目覚める』


「箱に支配される……」 私が呟いた瞬間。


ギュイッ、ギュイッ、ギュイッ、ギュイッ!!


不意に、テーブルの上のスマホが一斉に悲鳴を上げた。


リナの、ユウトの、私の、そして店内にいる全員のスマホが、不気味な不協和音を奏で始める。


「きゃっ! なにこれ、地震!?」


リナが慌ててスマホを掴む。 画面には見たこともない黒い背景に、白い文字。


【緊急放送(EBS)テスト:フェーズ1開始】


【直ちに屋内へ退避し、空を見ないでください】


「うそ、これXで噂になってたEBS!? ネタじゃなかったの!?」


リナの手が震えている。 恐怖しているはずなのに、彼女の指は無意識にカメラアプリを起動し、画面を録画しようとしていた。


「すごい、トレンド入り確定じゃん……」


「リナ、やめろ! その『箱』を見るな!」


ユウトがリナの手を叩き落とす。


「痛っ! 何すんのよ!」


「日記に書いてあっただろ! 『箱に支配される』って! それが合図なんだよ!」


ユウトの叫び声に、店内がパニックに陥る。


私は本能的な恐怖と、抗えない引力に突き動かされ、警告を無視してゆっくりと顔を上げた。


「真白、見るな!」


ユウトの制止は間に合わなかった。


ガラス越しの空、 そこにはさっき私が見た幻覚と同じ――どす黒い赤紫色の亀裂が、青空を真っ二つに引き裂くように広がっていた。


そして、その裂け目から、何かが「覗き込んで」いた。




拡散してはいけない、深淵はすぐ隣に……

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