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永遠のきみへ  作者: 晴なつちくわ


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2.盗み聞き



 トワは時々、この国には珍しい通信機械で誰かと連絡を取っている。

 実際に見たことはない。でも話しているのを聞いたことがある。

 きっかけは、誰かと話したりしないの、と聞いた時、心配しなくても話してるよ、と笑われたことだった。どんな方法で話しているのかまでは、教えてくれなかったけれど。

 もちろんノアとしては面白くなかった。

 毎日毎日通っているのに、そんな時間がどこにあるのか。

 でも答えは簡単だ。孤児院には門限があって、夕暮れ時の街の鐘が六つ鳴る前までに、孤児院の中に戻っていなければいけないから。それならば、と来る時間をわざとずらして来たりした。その時に談笑している声を聴いたのだ。

 リシル市国では手紙のやり取りが主だけれど、トワのところには手紙は来ない。というよりも、ノアが一度も見たことがない。そもそも家にポストがないし、ノアが部屋の中の掃除をするときもトワ宛の手紙は見ていない。だから、その見たことのない通信機械で連絡を取っているのだろうと思う。

 トワのこういう所も、街の人たちとは一線を画している、と思わせる。

 特にノアが気になるのは、トワが談笑する相手だ。

 この街で自分だけがトワを知っているという自負があった。トワの話し相手は自分だけなのだという優越感に浸っていたのに、それはトワによって見事に打ち砕かれてしまったのだ。

 トワのことだったら何だって知りたいし、自分が一番でありたい。

 そんな年頃のノアの追及を、トワは許してくれなかった。単純にトワの方が知識も智慧もあって、口も上手い。簡単に躱されて、はぐらかされて、それで終わり。

 もちろんそんなことで諦めきれるわけがなくて、隙あらば聞き出そうとするのだが、今のところ成功したことはなかった。

 

「? おーい、どうかした?」


 掛けられた声に、意識を戻すと、いつものソファに腰かけたトワが首を傾けてノアを見ていた。そこでやっと自分が掃除の最中に、箒を持ったままトワを見つめて固まっていたのだと知る。


「ぼーっとしてるみたいだけど、大丈夫?」

「なんでもない! 考え事してただけ!」

「疲れてるんじゃないの? きみ、僕の家に来てからずっと動きっぱなしだし」


 心配そうな顔をしているトワに、首を大きく横に振る。

 一応断っておくが、この家の家事はノアが好きで勝手にやっていることで、トワに強制されていることではない。トワは、やらなくていいのに、と言ってくれるけれど、ノアが半ば無理矢理やっている。

 基本的にトワは、生活に無頓着だ。

 最低限のことだけをして、あとは分厚い本を読んでいたり、その美しくて柔らかな光を放つ瞳で、海を眺めたりしている。そんなトワの生活の一部を担いたいがために、ノアが勝手にやっている。

 薪割りの交換条件だって本当はトワには必要ない。ノアを甘やかしてくれているだけ。きっと薪すら彼には必要ないのだろう。いつかの冬にいつもと同じ寒々しい格好をしたトワが、寒くないけどなぁ、と不思議そうにしていたのをよく覚えている。

 その細身では考えられないほど筋肉があるのか、それとも、秘密の通信機械と同じく秘密の暖房器具があるのか。真相は分からないままだけれど、薪割りを条件に出してくれるのはトワの優しさだということは分かる。自分がそれに付け込んでいることも。


「少し休んでお茶でも飲んだら?」

「本当に大丈夫だって」

「そう?」

「あ、水汲み直してくる!」


 少し不服そうなトワのジト目から逃げるように、バケツを持って家の外に出た。さっき変えたばっかりなのに、という声は聞こえないふりをして。

 ちゃぷん、と揺れる水面は透明で汚れ一つない。

 苦しい言い訳だったかな。そんなことを思っても、ずっとトワのことを考えていました、なんて言えるはずもない。馬鹿にはしないだろうけれど、気を悪くさせるのは本意ではない。

 肺に溜まった空気を全部吐き出すように一つ息を落として、ヨシ、と顔を上げる。

 クヨクヨしているくらいならさっさと用事を済ませてきた方が良い。気を取り直して、変える必要のない木製のバケツと、何も入っていないバケツを両手に持って、ノアは川へと向かった。


 


「でも本当に良かったじゃないか」


 二つのバケツを水で満たして帰ってきたら、そんなくぐもった声が聞こえてきた。

 レースのカーテンが引いてある窓は日中は常に開けられていて、そこから聞こえてくるのだろう。しかし記憶の中の誰とも一致しない声だ。調子が軽くて嫌味のない声だった。

 可笑しいな、と思う。数分も立たないうちに戻ってきたはずだから、もしも来客だったなら川に行く前に見えたはずだし、何より街から来たのなら、川を越えないとここに来ることは不可能で、ノアが誰にも会ってないのは変だ。


「全部が全部ではないけどね」


 トワが正体不明の人物に応える声がする。

 そっと足元に二つ分のバケツを置いて、音を立てないように身を屈めて窓に忍び寄る。盗み聞きなんて趣味が悪い、とトワに言われる予想は出来たけれど、好奇心には勝てなかった。ドクドクと五月蠅い心臓を胸の上から抑えながら、窓の下の壁にピッタリと背中を付けて耳をそばだてる。あの秘密の通信機械で話をしているのかもしれない。


「そうかい? どんな状態だったとしてもずっと探していたヒトが見つかったのは、本当にめでたい事だと思うけれど」

「それはカイの言う通りだけどさ」

「じゃあリシャールは何が不満なのかな?」


 話している相手がカイという名前であることは分かった。

 じゃあリシャールって、とノアが思ったのと同時。


「不満はないよ。でもいい事ばかりじゃないのは確かだ」


 トワがそれに応えた。でも彼の名前はトワのはずで、ファーストネームがあるという話は聞いていない。それにリシャールという名前には聞き覚えがあった。

 トワが教えてくれた、このリシル市国を治める一族の名前とまるきり同じだ。


「でもまず会えたことを喜ぶべきだと私は思うよ。まったくリシャールは昔から何でもマイナスに考えすぎだ」

「悪かったね根暗で」

「別に根暗とは言ってないさ。危険予知能力が高い、ということだよ」

「嫌味にしか聞こえないね。僕の辿ってきた道を知ってるだろ」

「それは《《私たち》》への理解が足りない阿呆共のせいさ。君の所為じゃない」


 トワたちは一体何の話をしているのだろう。

 全く分からない。トワが言う『辿ってきた道』も、カイという人が言う『理解が足りない阿呆共』のことも。それが良い意味ではないことは分かるのに、トワの身に何が起こったのかを、ノアは全く知らない。

 そういえばいつからトワは此処に住んでいるのだろう。

 前に聞いたことがある。どうしてトワは街で暮らさないの? と。

 トワは言っていた。


――ここで待つ約束だから。


 もしかしてその約束の人が来たのだろうか。

 胸の内の問いに答えをくれたのは、カイという人だった。


「まあなんだ、約束が果たされて、探しビトが見つかったんだ。束の間でももっと喜びなよ。世界は昔みたいに危機に瀕していない。私も君も、ゆったりと好きなことをして過ごせばいいのさ」

「それは些か平和ボケが過ぎるんじゃ……?」

「そんなことはないさ。何かが起きたらその時に考えたらいい。その時は私の智慧を貸すしね。君はもう一人じゃないのだから」


 知っている言葉を話しているはずなのに、見えない分厚い壁があるような気がした。折った膝の上でぎゅうっと拳を握り締める。右から左へ流れていく二人の会話。

 約束が果たされたのなら、トワは此処からいなくなってしまうのかもしれない。

 それが頭を延々と巡り続けて、ノアはその場からしばらく動くことができなかった。



 ふと自分に影が出来て、顔を上げる。トワが心配そうな顔で見下ろしていた。


「どうしたの、こんな所に蹲って」


 目線を合わせるようにしゃがんでくれるトワに、少しだけ嬉しくなるけれど、さっきの会話を思い出してすぐに表情が曇る。そんなノアにますます眉根を寄せたトワは、肩に手をのせて撫でてくれる。


「なかなか帰ってこないから心配した。何かあったのかい?」


 確かにトワの言う通りてっぺんに在ったはずの太陽は、少し傾き始めている。どうやら長い間この場所で蹲っていたようだった。当然カイという人の声はもう聞こえないし、目の前にトワがいるのだから会話もいつの間にか終わっていたのだろう。

 それすら気付かないくらい、悶々と考えても仕方のないことを考えていたのだと知る。


「トワは、」


 約束が果たされたからもうここからはいなくなっちゃうの、と聞きたかった言葉は途切れてしまった。盗み聞きしていたとバラすようなものだったし、それを肯定されたらもうどうしたらいいかわからなくなってしまうことが分かっていたから。

 口を噤んでしまったノアへ先を促すように、うん? と首を傾げるトワが、ここからいなくなると考えるだけで、胸が張り裂けそうなほど悲しくなる。孤児院の決まりで、ノアは十八歳になるまでは孤児院から出ることは出来ない。今出て行く、とトワが言ってもついていくことは出来ない。それが嫌だった。

 自分の日常からトワがいなくなってしまう。

 そんなことは絶対に嫌だ。

 でもそれを伝えたら余計に聞き分けのない子どもだと思われてしまう。早く大人になってトワに一人の人間として認めてもらいたいのに、それを遠ざけるような行為はしたくない。もし相手にしてもらえてなくても。


「トワは、ここじゃないどこかに行っちゃうの?」

 

 言うに事欠いてそんな言葉が口から零れ落ちた。駄々っ子のような言い方になってしまってまた顔が曇る。対してトワは目を丸くして、さっきとは逆側に首を傾けた。


「? どこにも行かないよ?」


 今度はノアが目を丸くする番だった。思わずトワの両手を掴む。


「本当に!?」

「こんなことで嘘を吐いてどうするんだ。旅行にも行く予定はないよ」

「ッ! よかったぁ~!」


 ぎゅうっと手を握り締めて額に当てた。はああ、と大きな溜息が漏れていく。よかった。本当によかった。安堵に身を任せるノアに、可笑しそうに笑ったトワが言う。


「どうして僕がどこかに行くと思ったの?」

「そ、れは! 今日の朝、トワがどこか遠くに行っちゃう夢を見たから!」


 それが理由ではないけれど、そういう夢を見たのは本当だ。

 三日に一度はその夢を見る。前まではトワがただ遠ざかっていくだけだったけれど、最近はトワが笑顔で手を振って背を向けて行ってしまう夢を見るようになった。それを見ると酷く悲しくなって、置いてかないで、と言うのに、トワは背を向けたまま闇に消えてしまう。

 そんな夢を見るから、ますますトワのことを遠く感じるようになった。

 体は大人に近付いている筈なのに、どうしてこんなに距離が縮まった感じがしないのだろう。分からない。分からないことをトワに聞いても、きっとはぐらかされてしまうから、自分で探すしかない。でも、肝心のトワが此処からいなくなってしまってはそれすらできない。

 だからこそトワには此処にいてもらわないと困る。

 

 そんなノアの気持ちなんて知らないで、トワは合点がいったように頷いた。


「だから今日のきみは、来たときから様子が可笑しかったのか」

「……可笑しくない」

「いつもに増して僕を見ながらぼーっとしてただろ?」


 事実を突かれてぐうの音も出ない。ふふ、と笑ったトワのあたたかな手のひらが、ぽん、と頭の上に乗った。慈しみを感じる手つきで頭を撫でてくれる。


「心配しなくても今のところその予定はないよ」

「……じゃあ、この街から出て行くときはおれも連れてってくれる?」

「それはどうかなぁ。きみがおじいちゃんになるまでは此処にいる予定だから」

「ははっ、なにそれ。おれがじいちゃんだったら、トワもじいちゃんじゃん」


 トワは何も答えなかった。ただいつも慈しみを湛えた赤混りの茶色の瞳が笑んで、ノアを見ていた。優しいままの手つきで、ノアの頭を撫でながら。



 ***



「じゃあおれ帰るね!」


 もう一時間もすれば太陽が水平線に沈もうという時分。

 毎日毎日懲りずにこの辺鄙な場所にある家を訪れる少年が、元気よく言った。

 夕陽に照らされた赤混りの金の髪が、気持ちよさそうに宙を泳ぐ。いつの日にか見た黄金に輝く小麦のような髪は、この場所では一等輝いて見える。

 その髪に伸ばしたくなる手を腕を組むことで抑えて、微笑んだ。


「気を付けて帰るんだよ。寄り道しないように」

「真っ直ぐ帰るから心配しないで。また明日も来るから」


 毎日来なくても大丈夫だ、と言っているのに、ノアはまるでそれが使命だというようにこの場所を訪れる。ノアのあずかり知らぬ無意識領域がそうさせているのかもしれない、と予測が出来るから、少しだけ申し訳なく思う。

 もう僕に構わなくていいんだ。

 僕なんかに囚われていないで自由になって。

 胸の奥ではそう思うのに、それは口から出ていくことはない。万が一それを口に出したとして、ノアは言うだろう。どうしてそんなこというの、と。何か理由があるなら知りたい、というに決まってる。彼のそういう所は昔も今も全く変わっていないから。

 いや、と思い直す。

 それはただの言い訳だ。結局のところ、トワは見守っていたいのだ。せめてノアが大人になって孤児院を出た時、街で暮らすのか国外で暮らすのか、彼自身の選択をただ見守っていたい。

 カイの言う通り、どういう形であれ、《《彼》》は約束を果たしてくれたから。

 今はノアのことをただ見守っていたかった。

 もう前みたいな関係になれなくたって構わない。離れ離れになるくらいなら、それで苦しい想いをするくらいなら、最初から手を取ったりしなければいい。もう二度と愛する人は必要ない。別離があるなら、そんな関係はない方がずっといいから。

 きっとノアは幸せになる。トワの知らない人間と結婚をして、子どもを育てて、年老いて、普通の人生を送る。それでいい。それがいい。それを遠くから見守らせてもらえるなら、それが一番いい。

 だから今日も笑みを浮かべて言うのだ。


「毎日来なくて良いって言ってるだろう? たまには僕ばかりに構っていないで、」

「友だちやいい人と遊ばないと、だろ?」


 言いたかった言葉は遮られて、もう耳タコだよ、と肩を竦めたノア。それだけで済むならよかった。でもノアは体を動かしてトワと正面から向き合った。


「でもおれも毎回言ってるよ。トワと一緒にいる方が楽しい、って」


 鮮烈な光を宿した黄金に射抜かれる。それがあまりに真剣で、僅かに心臓が跳ねたのが自分でも解った。時々ノアはこういう顔をする。本当にこれが困るのだ。

 指先に走った動揺を誤魔化すように、溜息を吐きながら言った。


「……まったく、口達者なクソガキだよ」

「トワに比べたらクソガキだもーん!」


 べーっと舌を出す姿が、別の姿と重なって見えて、零れた笑い。

 本当に狡いと思う。


「そろそろ行くね! じゃあまた明日ね、トワ!」


 ぱっと駆け出したノアが、手を振りながら街に向かって駆けていく。小さく手を振ってその姿が林の中に消えてしまうまで見送った。


 その背中に、どうか、と祈る。

 ノアの行く末が光多きものであるように。

 もう二度と《《私》》に生きる道を煩わされることがありませんように。

 そして、願わくばこの平穏が少しでも長く続きますように。

 


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