とある女性政治家
櫻井みよ
薄暗い部屋で、私は小鍋いっぱいの
インスタントラーメンを、
鍋ごとテーブルに置いていた。
皿に移すのが面倒なのはいつものことで、
どうせ一人なのだから気にすることもない。
レンゲを手に取り、まずはスープを一口すする。
「うっま」
思わず口からこぼれた。
テレビでこの前みてネットで頼んだ
「北海道限定 元祖オホーツク塩ラーメン」。
リモコンを手に取り、カチッとボタンを押す。
画面に映し出されたのは、ここ数日、
ニュースのトップを飾り続けている例の報道と動画の特集だった。
あの動画で最後に触れていたスクープがメディアに取り上げたことで、動画の注目度はさらに高まっていた。
キャスターがにこやかに口を開く。
「この動画をきっかけに、若者たちの政治への関心が少しずつ高まっているように思えます。そんな中、今回の動画での布教活動とも言える行動に異議を唱える若手政治家、相澤凛さんに本日はお越しいただきました」
その言葉と同時に、画面が切り替わる。
私は咄嗟にレンゲを置き、スマホを手に取っていた。画面に映し出された名前を検索窓に打ち込む。
相沢 凛。
検索結果がすぐに表示される。
彼女は23歳、史上最年少の女性政治家。
ごく一般的な家庭に生まれ、決して裕福ではなかったという。
にもかかわらず、塾にも通わず独学のみで、難関の医大にストレートで合格したとある。在学中には海外ボランティアにも積極的に参加し、自らも世界の貧しい子どもたちを救うための非営利団体を設立。卒業後は医者にならず、国政に興味を持ち、政治家に転身した、と。
スマホの画面を凝視している間に、凛はキャスターの問いかけに対し、迷いのない、しっかりとした口調で話し始めていた。
「私は、あの動画が提示する問題意識そのものを否定するつもりはありません。しかし、顔も出さず、身元も明かさない人物が、真偽不明な情報を並べて社会不安を煽ることは、決して健全ではありません。これは、若者たちの政治への信頼を逆に損ないかねない危険な行為です。またあの動画以降更新はないので、最近話題になっているデジタル・フロンティア社の未公開株事件とあの動画の関連性はまだ断言できないと思っています。」
彼女は、キャスターの目を見据えながら続ける。
「真実を知りたいと願うのであれば、私たちは無責任な匿名投稿に頼るのではなく、一人一人が政治に真剣に向き合い、正しい情報を見極める力を養うべきです。それが、健全な民主主義を築くための、唯一の道だと私は信じています」
その言葉は、実に理路整然としていた。
「相沢さんは、この動画を一つのきっかけとして、若者が政治に関心を持つことについては前向きに捉えている、ということでしょうか?」
キャスターが尋ねると、凛は笑顔を見せた。
「はい。その通りです。ただ、その熱意を、もっと正しい方向に向けたい。真に必要なのは、対立ではなく、対話と協調です。選挙への参加や、政策提言、健全な議論を通して、私と共にこの国の未来を築いてほしいと願っています」
私は、レンゲを握りしめたまま、その言葉に聴き入っていた。彼女の反論は、あまりにも的確で、もっともらしい。
そして何より、彼女自身が、若者たちが求めている「正しい政治家」のイメージそのものだった。
独学で医大に合格して、海外ボランティア? 貧困? そんなものとは縁遠い世界で生きてきた私からすれば、彼女の経歴は、まるで別次元の人間のように思えた。
自分とはおそらく、性格も生き方も、全てが真逆なのだろう。そうふと思うと、私は冷め始めたラーメンをまたすすり始めた。




