真実の愛とは尊いものなのか
「婚約を破棄する」
突如始まった夜会での婚約破棄騒動。
最近、定期的に行われている、愛の劇場だ。
「理由はなんですの?まさか、私の婚約者である殿下の隣に引っ付いている彼女を『真実の愛』とは言いませんよね。どうやら巷で流行りの小説があるそうですよ。殿下」
愛の劇場の舞台となる場所は王城であり、本日は第1王子主催の夜会である。
そして壇上にいるのは第1王子と普通の顔の令嬢、王子の友人達、壇上の下にいて壇上を見上げる美しい令嬢は第1王子の婚約者だ。周囲の皆はわかっている。これから起こる愛の劇場を。
「…………」
「まさか?本気ですか?」
「私は彼女の優しく、他者を思いやれる所にだな」
「では、彼女は婚約者がいる男と浮気をし、長年、王妃教育を受け殿下を支えてきた婚約者が他に好きな女性ができたと婚約の解消を求められている現状をどう思ってますの?」
「え……私はただ殿下が好きで……殿下も私の事を……」
「まさか許せと?」
「そうだ、『真実の愛』なのだ。お前は婚約の解消を受け入れろ」
「そうです。わたし達は愛し合っているのです。それに……私のお腹には彼の子がいます」
「そうですか……では2人で平民になるのでしょうか」
「彼女を王妃にする」
「あら?王妃教育も受けていない女性を『真実の愛』だから王妃に?しかも妊娠しているのに厳しい王妃教育を受けさせるの?」
「お前に出来たのだ。彼女なら。なぁ頑張ってくれるよな」
「あ……はい……」
「そう、大変ね。朝は4時に起床し侍女達と王宮の掃除、その後朝食の準備を手伝い学園へ行く。授業が終われば殿下の仕事であるはずの生徒会の仕事……あら、これは2人の逢瀬の時間に使われていたのよね」
「…………それは……」
「側近の方々も2人を応援してましたわね。私に仕事を婚約者だからと言う理由で押しつけましたわね」
黙り込む側近達。その側近達の中にいるのは義理の弟だ。
「あら忘れていましたが、私の義弟であった貴方も2人の協力者だったわね」
「だったとはなんだ……。お前なんかよりも彼女の方が殿下の隣に相応しい」
「そう……それならば我が伯爵家は私が継ぐから貴方は不要になるわね」
「え……」
「『え……』じゃないわよ。少し考えたらわかるでしょ。一人娘の私が殿下と婚姻し実家を離れる事になった為、貴方は後継として養子となったでしょ。彼女のおかげで私は婚約者とは別れる事になるわ。私が殿下との婚約がなくなり実家に戻るのに何故貴方が後継者となれるの?」
「そんな……」
「お父様とお母様もカンカンよ。何も知らないと思って?休暇も実家に戻らないんですって。寮の方に何度も手紙が届いていなかった?それとも殿下と彼女の逢瀬の準備と根回しで忙しかったのかしら」
「………………」
「手紙すら見てないのね。まあ、見てたら殿下の浮気を止めますわよね。後継者から外すと何度も書かれていたのですものね」
一呼吸置き殿下の方を見る。
「殿下……何はともあれ愛する人が出来て良かったですわね。私は殿下との未来の為に頑張ってきたけど無駄だったようですね。悲しいですわ」
「あ……すまない」
「悪いとは思っていないのに謝る必要はなくてよ。もっと早くに言って欲しかったし、この様な大きな夜会で言う必要があったのかしら」
「いや……」
俯く殿下に対して令嬢は伝える。
「皆の前で『真実の愛』を示したかったの?彼女に言われたの?私を愛していないのか?と」
「………………」
「正解ね。随分と私を馬鹿にした事をさせる女性なのね。心優しい女性ですか……殿下にだけ、いや殿下と側近にだけ優しかったのでしょうか」
「彼女は皆に優しかった」
「それならば、私にだけは優しくなかったのね。それでは失礼しますわ。後日お2人のご両親には不貞による損害賠償を求める書状が届きますから。あと側近様達のお家にもね。義弟には本当の両親の元に送りますわ。それでは失礼します」
殿下たちに一礼をして会場を後にしようと振り返り入口に向かい歩き出す。
会場を後にしようとした令嬢に声をかける男性がいた。
「あの……令嬢」
「ん?あら貴方は、〇〇商会のダニエル様でしたか」
「はい。この度は、娘が失礼をしました」
「娘とは?」
「はい、あの……殿下の隣にいるのが私の娘でして」
「そう……いい教育をしたのね。それで用件は?慰謝料の減額ですか?取引の継続の願いですか?全て却下します。そこまでお人好しではないので」
悲しい顔をする令嬢。
「いや……そうではなく。私と……私とお付き合いをしてもらえませんか?」
「は?」
あっけにとられる令嬢と慌てて近寄ってくる女性2人。
「ちょっとパパ?」
「あなた?一体何を考えているの」
男の妻と殿下の横にくっついていた娘が慌てて駆け寄って来る。
「何を言ってるのよ。貴方は私の夫でしょ」
「そうよ。パパとママは仲良しで」
俺は笑顔で2人に伝える。
「だって『真実の愛』が大切なのだろう。それなら私もいいではないか」
何も言えない2人。そのやり取りを静かに見守る招待客達。
「家族を大切にしてください」
令嬢は伝える。それに対し男は伝える。
「私が15の時に今の妻と出会いました。半年後、彼女に妊娠したと言われました。彼女は18歳で私が卒業した際に婚姻届けを出す事となり、彼女は19歳で娘を産みました。私は男として責任を取る為に今まで家族を大切にし娘を育ててきました」
「そう、大変でしたわね。良かったじゃない娘は王族と結婚できて。私の商会と契約がなくなっても問題でしょ」
「違う……私は妻と娘に伝えました。婚約者のいる相手、ましては王族である方は諦めろと。それでも関係を続けたいのなら相手の方に謝罪とそれに見合う行動をしろと」
「…………そうね。貴方の娘さん学力の方は残念ながら下の方よ。殿下への努力はしたようですが勉学の方がね」
「貴方……いい加減に」
男の妻は男と令嬢の間に立ちはだかる。
「君と娘は何と言った?婚約者から奪えと……既成事実を作り子を生せと……娘は……娘は任せてと嬉しそうに言っていたね。私の忠告は聞いてくれなかったね」
「私は娘の幸せの為に」
「娘が幸せなら他の人はどうでもいいのか?お前も私欲しさに嫌がる俺に迫り妊娠したのか?」
「違う、私は貴方を愛して……貴方も私を」
「違う……私には婚約者がいた。あの日、君は私に何を飲ませたのだ?私は責任を取るために婚約者とは別れた。そして君を愛する努力をした」
「…………」
何も言えない妻。
「私も出会ってしまったんだ。娘と同じ歳なのに自分が会長となり商会を立ち上げ、学業の傍ら頑張って働く彼女に。そして、彼女の婚約者が自分の娘と腕を組み仲睦まじく歩く姿を見て泣く彼女を何度も見てしまった。私は一年前から令嬢に惹かれていた。しかし私には家族がいる為、諦めていたのだよ。取り引き相手として君の側にいる事を望み、婚約者が目を覚まし君の元に戻る事を祈って」
男は妻の方を見て伝えた。
「貴方……」
「俺と離婚してくれ、娘の行動を見ながら諦める気がないのだとわかり、俺の持っている全てを君へと譲る為に一年前から準備してきた」
「いやよ……」
「『真実の愛』ならばいいのだろう。殿下も身分だけではなく教養も足りない娘との子を儲け婚姻するのであるならば、それなりの覚悟があるのだろう。私だけの想いであるが私にとっては『真実の愛』だ」
男は令嬢を見つめ直し伝える。
「ずっと好きでした。私と友人からでもいい付き合ってもらえないかな?33歳のオジサンで大切な婚約者を奪った娘の父親では嫌かな」
「あの……貴方33才だったのね。てっきり20代中程かと思ってましたわ」
「顔は若いと言われますね」
男は社交界では仲良し夫婦で知られており、またイケメンとしても有名だった。妻は普通の見た目な事から素晴らしい性格なのかと噂されていた。しかし、男の言動から妻の好感度はかなり下がったのだ。
「貴方……私はダニエルを愛してますわ」
妻は男に離婚はしたくないと懇願する。
「娘が彼を取らなければ……彼もまた娘とは何もなく婚約者と結婚していたならば。私は家族を大切にし……君だけを一生愛していただろうね」
泣く男の妻。そして娘は母の元に行くも母親から。
「あんたのせい……私の愛する夫はあんたのせいで……」
娘に罵声を浴びさせるのだった。
「そんな……ママが誘惑しろって、女はやったもん勝ちって……」
騒ぎ出す2人を横目に令嬢は言う。
「あの……ダニエル様、いつも私に気遣っていただきありがとうございました。私も貴方に惹かれていましたが婚約者がいる身であり、また貴方に家族がある身と知り諦めていました。でも……しっかりと奥様と娘さんと話し合ってください。それまで待ちますわ」
「ありがとうございます必ず、貴方を迎えにいきます」
「あんたのせいで……パパは……ママと」
「あら、『真実の愛』ならばいいのですよね。私とダニエル様はお付き合いしてませんわ。互いの想いを伝えただけですのよ。自分の父親の『真実の愛』を認めてあげたらいいのではなくて?」
「それでは皆様、失礼します」
「私に馬車まで送らせてほしい」
「そうですか、馬車までお願いしますわダニエル様」
読んでいただき、ありがとうございました。
続編追加しました。「『真実の愛』とは何ですの?」、お時間がありましたら読んでくださいね。