動き始める運命7
養父母との話し合いは本当に呆気なく終わった。
「本当のお父さんに会えて良かったわね」
泣いて喜んでくれた養母を騙しているようで何だか申し訳ないくらいだった。
「こんなのは受け取れません」
という養父に瑠紺はいくばくかのお金を渡したのには葵もさすがに驚いた。
「こんなに立派に育てていただいたのです。寧ろこの程度の感謝しかできず申し訳ない」
最後には養父もそれを受け取り、何事も無く養父母の家を後にした。
「いくら渡したのですか?」
葵はさすがに気になり、車に戻ってから瑠紺に聞いていた。
「たいした額じゃないよ。葵が気にする事はない」
「気になりますよ! だって…」
「…はぁ。葵はあの両親に感謝をしていないのかな? 今まで愛情を受けて育てて貰ったんだろう?」
「それとこれとは話が違います」
「違いはしないね。私はその感謝の気持ちを金額で表現しただけだよ。私にはそれができるし、それしかできないからね。だから葵は葵にできる事で感謝をしたら良いのではないかな?」
「私にできる事ですか?」
「そう、元気で幸せでいる事が一番だと私は思うよ。だからね、葵にそんな顔は似合わない。もっと笑っていなさい」
「それは瑠紺さんへの恩返しにもなりますか?」
「勿論だよ。決まっているじゃないか」
「分かりました」
葵はこれからは努めて元気に笑って過ごそうと決めた。
考えてみたら今まで自分だけが不幸を背負って生きているような考えでいたかもしれないと気づかされたからだ。
それは産んでくれた母にも育ててくれた養父母にも本当に失礼な話で、今こうして元気で生きていられることに感謝をしようと素直に思えた。
その後超高級店でランチとは言えない豪華な食事を取り、高級家具店であの和室には不似合いなベッドに布団やクローゼットなどを買い揃えた。
「この際だから家も今風に立て替えてしまおうか。その間少し不便ではあるが今はそれなりのホテルもあるから大丈夫だろう」
「何を言い出すんですか。あの家はとても古風で素敵じゃないですか」
「そうかい? まぁ、葵がそう言うならそう言う事にしておこう」
葵はこの上家を建て替えるとかその間高級ホテル住まいとか、昨日今日だけでもいくら使ったか分からない状況なのにその金額を想像しただけで恐ろしくなる。
「そうですよ。第一いつになったら私は異世界へ行けるのですか?」
「そうだね。私もつい浮かれ過ぎていたようだ。それでは帰ったら準備に入ろうか」
「お願いします」
現実逃避ではないが、いい加減異世界へ行きたいと考えていた。
異世界へ行って魔法を使いたい。できる事なら色んな所を冒険してみたい。
少なくともそれが今の葵が果たさなくてはならない仕事で、瑠紺に対する恩返しにもなると考えていた。
それに実際に異世界がどんな所なのか既に興味津々でワクワクする気持ちを抑えきれずにいた。
そして家へと帰り着くとお茶をという瑠紺を急かせ準備を始めさせる。
納戸の茶箱には装備品が入っているらしく「葵にはどれが良いかねぇ」とブツブツ言いながらあれこれ取り出し始めた。
「私は絶対に魔法使いが良いです。賢者になりたかったんです!」
剣や鎧を取り出し始めた瑠紺に葵は焦って自分の要望を伝える。
「そうだよねぇ…。その魔力量を生かさない手はないよね。しかし葵は異世界を冒険したいのだろう? だとしたら魔法使い一人では危険が付き纏う。私は心配なのだよ」
「でしたら私がご一緒致します」
今まで黙って付き従っていただけの雪永が突然割って入った。
「おまえはこの門を潜れないではないか」
「お嬢様がお連れ下されば問題ないかと…」
「……ふむ…。そうだな可能ではあるな。葵はどうしたい?」
「どうしたいって…」
「雪永が一緒でも構わないかな? 確かに一緒なら助けになるだろうが、葵の負担が大きくなるかも知れない」
「本当に一緒に行けるのなら心強くはあります。でも負担ってどんな負担ですか?」
「そうだね。まずこの転移門を潜るのにも二人分の魔力が必要になる。それに今から覚える転移魔法も同様だ。それを計算しながら魔力の調整をしなくてはならないから葵が思う程魔法は使えないかも知れないよ」
「転移魔法ですって!!」
葵は今から覚えるという≪転移魔法≫という言葉が脳裏に張り付き瑠紺の話があまり入っては来なかった。
(今すぐ覚えたい。絶対使ってみたい! 使えるならなんだってするわ!!)
「大丈夫! 何でもやります」
「お嬢様もこう申しております。私にお任せください」
「では雪永頼んだぞ。必ずや葵を守ってくれ」
「この雪永必ずやお嬢様をお守りいたします」
良く分からないうちに異世界へは雪永が同行する事が決まっていた。
そして葵は長さ40㎝程の杖と白いローブと革靴を、雪永は片手剣と小型の盾と胸当てに革靴と黒のローブというどこからどう見ても異世界仕様の装いを整えられた。
「どの装備も一応神話級クラスの物だから大丈夫だとは思うが用心はしてくれたまえ」
「…神話級ですか!?」
「向こうの世界でもなかなか手に入らないものだよ。一見そう見えない所がまた良いだろう」
ウインクしながら平然と言う瑠紺に葵は眩暈がして、何も言い返せはしなかった。
「そうそう、一応この行李にはアイテムも色々と入っているから好きなのを持って行って構わないよ」
異世界へ行く前から何だか気分的に疲れた葵には行李の中身を確認する元気はなかった。
「後で考えます」
「そうかい? じゃあ取り敢えず加護と転移魔法だけは授けておくよ。後は向こうで自分の好きなようにスキルを獲得すると良い」
「スキルですか!!」
「向こうではステータスを随時確認できるようにしておくからレベル上げも何もかも自分の好きなようにしたまえ」
(キターーーーー!!!)
葵はレベル上げにステータスと聞いて内心でガッツポーズをすると途端に元気を取り戻した。
「頑張ります!!」
「その前にしておかなければならない事がある、手を出してくれるかな」
葵は瑠紺に言われるままに両手を差し出すと、瑠紺は葵の左の掌を取りその親指の付けに辺りに自分の右手の指で何かの形をなぞった。
「この紋章が濃紺になってしまったら最後だと思ってくれたまえ。くれぐれも色が青い内に帰って来るようにね。そして帰って来たらなるべく向こうの魔力は綺麗に浄化させるように、そうすればまたこうして色は戻る」
「はい、心します」
葵と雪永は左手に刻まれた薄っすらとしか見えない紋章を見詰めながら、紋章の色の変化が向こうでの制限時間の目安なのだと心に刻むのだった。