異世界へGO! 6
左手に付けられた紋章はさほど大きくは無いがどうしたって目についた。
湯船につかりながら紋章を確認すると、確かにうっすらと色が濃くなっているようにも思う。
午後からの何時間でも無かったが、やはり異世界に居ると向こうの世界の魔力に浸食されるのは本当らしい。
お風呂に入ったりなどしてゆっくり休んでいればその分早く浄化されるらしいが、実際浄化にどの位の時間がかかるのか知りたかった。
というか、はっきり言ってもっと異世界に行きたかった。
魔法の熟練度を上げて黒い狼程度の魔物は一撃で倒せるようになりたいし、異世界がどんな所なのか色々と見て回りたいという思いが強くあった。
しかし現実問題アルバイトもしなくてはいけないし、魔力浸食の事を考えるとしっかり休みも取りたいし時間のやりくりがとても重要になるだろうと考えていた。
「葵、明日は休むのだろう? ならば私とお寿司を食べに行かないか」
風呂上がりに台所へ寄ると、まだ何か仕込んでいたのか瑠紺に声を掛けられた。
「お寿司ですか?」
「金沢の方に旨い寿司を食べさせる店があるんだが、あそこの寿司が食べたくなってね」
「金沢!?」
「新幹線でも飛行機でも良いよ。今からチケットを取るがどうする?」
「瑠紺さんはそういう人でしたか…」
葵は話には聞いた事はあるが、本当にあれが食べたいからあの店へ行こうの感覚で他県へ行く人が居る事を知った。
正直その美味しいお寿司にはとっても興味があったが、しかし葵には今はそれよりもやりたい事がある。
「明日はやりたい事があるんでまた誘っていただけますか」
「それは残念だね。仕方ない別の者を誘おう。しかし葵、そろそろ瑠紺さんではなくお父さんと呼んではくれないか?」
「えっ…」
「一応みんなには私の実の娘という事になっているのだから当然だろう。これからあちこち自慢して回ろうと考えているのに瑠紺さんじゃ淋しいじゃないか」
瑠紺に言われてみればまったくその通りなので何も言えなくなってしまう。
しかし葵は今まで養父の事もお父さんと呼んだ事があまり無く、別にそこに何か深い思いがある訳じゃないが意識してしまうと余計にお父さんとは呼びづらかった。
「あっ、そのぉ…」
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ。そう気軽にね」
「ぉ、とうさ、ん?」
「どうして疑問形…」
瑠紺はがっくりと肩を落とした。
「まぁ仕方ない慣れるまで気長に待つ事にするよ。無理強いする事でもないしね。でもいつか私もお父さんと呼ばれてみたいなぁ」
瑠紺に可愛くお願いポーズまでさせてしまい、葵はあまりの申し訳なさに笑う事もできず部屋へと逃げるように戻った。
そして思い返すと葵の方が恥ずかしくなり、ベッドへ飛び込むと枕を抱え顔を隠し右へ左へと転がった。
「もう~~~。なんで。どうして~」
自分でもどうして≪おとうさん≫というたったの5文字を簡単に口にできないのか意味が分からなかった。
イケオジ瑠紺はきっと葵世代には理想の父親だろうと納得している。そう思えば簡単に呼べそうなものなのに意識するとどうしても身構えてしまうのだ。
「困った~~~」
しかし無理強いされた訳でも無い。瑠紺の言うように慣れて行くしかないのだろ。そう思いながら葵は口の中で≪お父さん≫と小さく呟いき顔を赤くした。
次の日朝食時に忙しいだろうが少しだけ時間を取るように言われ、何かと思っていると来客があった。
どこかのセールスマンか銀行員かといった感じのスーツをビシッと着込んだ男性だった。
何かと思っていると葵のクレジットカードを作るという。カードを作る手続きは自宅でもできるのだと驚いた。
「好きに使いなさい」と瑠紺に言われ、葵は違い過ぎる次元を改めて思い知らされたが、今言わなければと思いを口にする。
「家賃と食費は入れるつもりです」
「ほお」
「だから異世界へ行かない日はアルバイトをしようと思っています!」
「うんうん」
「えっとぉ…」
「お父さんは嬉しいよ。葵もちゃんとした一人前の大人なんだね。そんな必要は無いが、葵がそうしたいなら構わないよ。私は葵の考えを否定するつもりもないし、自由を縛るつもりもないからね。でもそうか、アルバイト先なら私にもいくつか紹介できるがどうだろう。そのくらいの手助けならしても良いのかな?」
「私にできる仕事ですか?」
「勿論だよ。確か今募集しているのは事務員とショップ店員とカフェの店員と料理店の調理補助だね。希望あれば紹介するよ」
葵はショップ店員にも凄く心惹かれたが、住み込みで食堂の店員をしていた経験を考えて料理店の調理補助をお願いする事にした。
「調理補助をお願いします」
「分かった。先方には連絡しておくけど一応面接の準備をしておくように。それからくれぐれも言っておくが結界の確認に支障が無いようにね」
「はい、分かってます!」
葵はアルバイト先もどうにか見つかりそうだと思うと気持ちが大分楽になっていた。
少なくとも瑠紺に貰った今まで葵が見た事も無い色のクレジットカードを使わなくてはならない日は無いだろうと思っていた。
行きがかり上娘という事にはなっているが、そこまで甘えるのは違うというか、もっとちゃんと自立したいと考えていた。
そして「葵も好きな物をたべなさい」と宣言通りに出かけて行く瑠紺を見送り、葵は納戸へと入ると行李の中身をチェックし始める。
後回しにしていたアイテムをチェックし、使える物は有効的に使わせて貰おうと思っていた。
異世界の冒険をもっと楽しむための準備を今日のうちにしっかりしておこうと考えていたのだった。




