動き始める運命1
その店は繁華街の外れ奥まった所にあり、看板も無く古びているが重厚感漂うドアとドアの脇に掲げられた同じく古びたランタンの灯りが何かの店だと物語っていた。
噂によるとその店には良く当たる占い師が居て、迷った者達に未来を指し示してくれるらしい。
しかしその占いを目当てに店を訪れても店のドアが開く事は無く、選ばれた者だけが店に入る事ができると影ながら有名だった。
「え~、私も占って欲しい!」
「あんたは占ってもらう必要なんてないと思うわ。あんな彼とはさっさと別れてしまいなさいよ」
「だって、優しい所もあるのよ。もしかしたら占いの結果では良くなってくれるかも知れないじゃない」
「でも本当に必要な人だけを選んで占っているらしいのよ。だからあなたがその店に入れるかは分からないわね」
「きっとすべてを見通す能力でもあって、占うまでも無いくだらない内容の話は相手にしないのよ」
「それじゃ私の悩みはくだらないって事!」
|葵は隣の席で賑やかに話す乙女たちの声を耳に拾いながら、一人ぼんやりと外の景色を眺めていた。
お一人様はもう慣れっこになっていた。
見た感じの雰囲気の良さに何気なく入ったカフェだったが、メニューを見て値段の高さに驚き、カフェオレだけを頼みこれからどうしようか考えていた。
カフェオレ一杯で長時間粘れるような店でも無い雰囲気から、葵は冷めたカフェオレを飲み干し諦めて席を立つ。
店を出ると既に黄昏時になり、辺りは賑やかなネオンがすっかり点灯している。
「寝る場所でも確保するか」
葵は一人呟き雑踏の中を歩き始めた。
ネットカフェに泊まる事を考え何となくビルの看板を探しながら流れに逆らわず歩いていると、いつの間にか大通りから外れ少し寂しい路地裏に入っていた。
(どこだろうここ?)
葵は大通りに戻ろうと踵を返しその店を見つけた。
看板が無いので店と言って良いのかも分からないが、何となく呼ばれているような気がして葵は立ち止まり少し考える。
(もしかしてさっきの彼女達が話していた店か?)
一瞬そう考えるが、実際のところ葵は占いなど信じないし、占ってもらいたい事など何も思い浮かばなかった。
何かに悩み占いに左右される時間があるなら、解決策を探し動いた方がずっとも建設的だと思っている。
第一葵には占いに払うような金銭的余裕などまったく無い。
普段なら絶対にそう思い、迷う事無く無視するのだが、何故か今は少しばかり心が揺らいでいたせいか、まるで引き込まれるようにそのドアノブに手を掛けていた。
重厚感のあるドアは然程力を入れる必要も無く押し開かれ、静かな店内にカランカランとドアベルの音を響かせる。
店の中は狭く薄暗く、右側にカウンター席だけがある昭和レトロなスナックかバーを思わせる作りだった。
「いらっしゃい~」
少し高い華やいだ男性の声に葵は一瞬怯み、声のする方を見るとこれまた何とも華やいだ雰囲気のお姉さん(?)がニコニコ顔を向けている。
随分な年配のようにも思える落ち着きのある顔立ちでありながら、歳を感じさせない華やかさも有り、年齢不詳性別不詳といった不思議な雰囲気を纏った人だった。
「座って座って。何か飲むかしら?」
葵は進められるままに少し高いカウンターチェアに座り止まり木に足を乗せた。
「えっと、あまり持ち合わせが無くて…」
「大丈夫。私の奢りよ♡」
「そう言う訳にはいきません。タダより怖いものは無いって言うじゃないですか」
「あらっ、イマドキの若い子でもそんな事を言うのねぇ。ふふ、じゃあ後払いOKって事にしましょう。お酒は飲めるの?」
有無を言わせぬ気さくな雰囲気と、後払いで良いという申し出に葵は少しだけ考える。
「飲んだ事が無いので分かりません。第一私はまだ二十歳前です」
「じゃあこれはそんなあなたへ私からのお・す・す・め♡」
瞬く間に作られ葵の前に「どうぞ」と出されたのは、細長いグラスに入った赤とオレンジのグラデーションが綺麗なカクテルにも見える物だった。
「大丈夫お酒は使ってないわよ♡」
お腹が空いていた葵はジュースよりも何か食べられる物の方が嬉しかったのにと思いながらも、そのジュースに魅了されたように手を伸ばしていた。
「いただきます」
「うんうん、いただいちゃって~」
グラスに口を着けるとベリー系の芳醇な香りとオレンジの甘酸っぱい爽やかな味が以外に飲みやすく、葵の抱いていた警戒心と緊張が一気に解きほぐれていった。
「美味しい!」
「そうでしょう~、あなたにピッタリなイメージよ♡」
「私のイメージですか?」
「意志は強い方なのに運命に逆らわず従っちゃう感じかしら。人当たりが良いというより諦めが早いというの? そのグラデーションがあなたの心そのものじゃないかしら♡。でもそれも仕方ないわね。あなたは運命に翻弄されているみたいだし。そんなあなたに私からできる助言。西へ向かいなさい。そして信じられると思った人をとことん信じてみるのね」
「誰かを信じ期待するのは私にはできそうも無いです」
「ふふ、今はそうでも未来は変わるかも知れないわよ? 運命の扉はもう開いているの、後はあなたが自分の足で踏み込むだけよ。そうすればきっとあなたのお母さんの事も知れるわ」
葵は目の前でウインクするお姉さんの言葉に固唾を飲む。
葵の身の上や詳しい事など何も話していないのに、葵のお母さんの話が出た事に驚きを隠せなかった。
葵には幼い頃の記憶があまりない。
一番印象に残っている記憶は5歳の頃で、母と二人でとても大きなお屋敷に行った記憶と「必ず迎えに来るから」と言われ孤児院の前に置き去りにされた記憶だ。
自分は何故捨てられたのか、あれから母はどうしているのか、何故迎えに来てはくれなかったのか、知りたくないと言えば嘘になる。
「何か知っているなら教えて!!」
「私はただの占い師よ♡。ちょっと見えた事を助言するだけ。何事も決めるのも動くのもあなた自身、あなた次第でしょう? すべてが分かってしまったら、人生なんて楽しくないわよ♡」
葵はこれ以上何を聞いても答えてくれないだろうお姉さんの態度に少し憤りも覚えたが、それでも納得し追及を諦め勢いよくカクテルジュースを飲み干す。
この場に長く留まってもこのお姉さんにいいように翻弄されるだけのような気がしたのだ。
「ご馳走様でした。足りないお代は後で必ず持ってきます」
カクテルジュース代がいくらなのか、頼んだ訳ではないが占って貰ったお代もいくらなのか分からなかったので、取り敢えず財布から千円札を一枚出しカウンターに置いた。
「ええ、待ってるわ♡」
カウンターに肘を着いたまま手を振るお姉さんに背を向け、葵は店を出ると何故かお姉さんに言われた通りに西へと向かって歩き出していた。
タイトルと内容を多少変更しての再更新です。
なのでしばらくは6時と12時と18時の一日3回更新を続けます。