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たそがれに、恋  作者: 晴なつちくわ


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番外編:真夜中ティータイム

※三人称視点



 腕の中を通り抜けた冷たい空気に、瞼を持ち上げる。見えたのは、ぽっかりと開いた隙間。本来なら恋人が陣取っているはずなのに、空洞だけがそこにあった。

 目を擦りながら意識を鮮明にしていく。

 洸は、と視線を滑らせた璃空に答えをくれたのは、スライド式の扉から漏れる僅かな光。枕元にあったスマートフォンを覗き込む。時刻は午前二時だ。

 珍しいな、と思う。いつもなら眠ってから朝起きるまで、洸希は腕の中にいる。いや、もしかしたらこれまでも何度かあったのかもしれない。今まで璃空が一度も目を覚まさなかっただけで。

 こんな小さなことにも気付くようになってしまった自分。

 思わず苦笑した。洸希が自分の一部のようになってしまっている。別れるつもりなんてこれっぽっちもないけれど、億が一、洸希に別れを告げられたら、自分の一部が欠けたショックで眠れなくなるかもしれない。

 まだ夢見がちな頭でそんなことを考えながら、璃空は体を起こしてベッドから降り立った。


 静かに開けた扉の先。

 あ、という自分以外の声が聞こえて、目を向ける。対面式のキッチンに立っていたのは、やっとの思いで恋人になってずっと手を放さずにいる大好きな人――洸希だった。

 うぃんうぃん、とレンジが音を立てている。そんな中で、苦笑いした洸希と目が合った。


「悪い、起こしたか」


 首を横に振って、足が進むままキッチンの洸希の元に辿り着く。じっと洸希を見ても、いつもと変わった様子はない。嫌な事があったのかと思ったけれど、そういうわけではないようで内心ほっとした。


「ホットミルク?」


 レンジを指差して問えば、にんまりと笑われた。


「残念。ホットココアです」

「まだ粉入れてないならミルクじゃん」

「屁理屈かよ」

「でも正解だろ?」

「まあそうだけど」


 どうでもいい、と言いたげにチンと音を立てたレンジ。どちらともなく笑って、洸希がレンジからマグカップを取り出した。やはり真っ白のミルクで満たされている。ふわりと鼻をくすぐった香り。その香りに誘われるように口を開く。


「俺も飲もうかな」

「ミルクを?」

「ココアに決まってるだろ」

「ホットワインって手もあるぞ?」

「洸とおそろいがいいもん」

「もんって年じゃねーだろ」


 深夜二時。くだらない応酬。

 こんなことをしているくらいなら早く寝ろよ、と思う自分もいる。でもこういうくだらなくて愛おしい時間が、璃空は好きだ。

 もう子どもじゃない。お互いに働いているし、生産性を求められて忙しない日々を送っているし、睡眠時間をなるべく確保した方が良い事も勿論分かっている。分かっているが、こういう時間も確かに必要なのだ。特に、今の璃空には。

 牛乳を注いだマグカップをレンジに押し込んで、ボタンを押す。またうぃんうぃんと音を発し始めたレンジから目を離して洸希を見れば、ダマになったココアの粉をほぐしている。

 箸を一本だけ使って、ダマをコップの端に寄せたりしている洸希に、思わず笑みが零れた。

 こういう子どもっぽいところ、変わんないよなぁ。

 世界のすべてを見てきました、と言わんばかりの大人びたことを言う事もあれば、こういう子どもっぽいところもあるのが見ていて飽きない。胸の奥の温度を上げてくれる洸希を、なんとなく抱き締めたくなって。流れるように抱き着く。僅かに揺れた肩。喉で笑った璃空に、不満そうな声が飛んでくる。


「なんだよ。子どもっぽいって?」

「んーん、なんとなく抱き締めたくなった」

「カー! 未だにモテる男は言う事が違うね!」

「モテるのは洸のお陰だけど」

「はぁ? なんでそうなるんだよ。意味わからん」


 ものすごく不服そうだ。でも、一生分からなくていい。

 帰ってきたら洸がいる。全部ではなくても自分を理解してくれて、傍にいてくれる。

 ただそれだけで、どれだけ支えになっているか、なんて。

 叶わない想いだと思っていた。洸希の恋愛対象ではなかったし、当時洸希には恋人もいた。別に寝取ったわけじゃない。だが、別れたあとの飲みで、いい人だけじゃダメなんだって思った、と見ている方が苦しくなるような笑みを浮かべていた彼に、付け入った自覚はある。それでも洸希は手を取ってくれた。それに胡坐をかいて、己が起こした失態も今でも時々思い出す。

 だからこそ、洸希に愛想をつかされないように出来る限りのことをしているつもりだ。もう二度と去っていく背中を、ただ見送るだけしかできないことなんて、起こしたくないから。

 それに、洸希にも手を離すには惜しい奴だと思われたいから。

 いい加減にしろ、と言わんばかりにまたレンジがチンと鳴る。

 真夜中、午前二時。

 日中は出来ないティータイムを大好きな人と楽しむために、名残惜しさを引きずりながらも、璃空は体を離したのだった。


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