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たそがれに、恋  作者: 晴なつちくわ


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花に嵐 4-1



「なあ、香村! 山川さんと付き合ってるってガチ!?」


 座席についた途端、名前も覚えていない同級生が寄ってきて、もう何回聞かれたかわからない質問を投げ掛けられる。

 内心溜息が出そうになるのをこらえながら、あぁうんまあね、と笑う。

 一体この質問は何回目だろうか。大体お前は誰だ。何で俺の名前を知っているのか。というか質問するくらいならまずお前の名前を名乗れ。何で勝手に友だちみたいに声掛けてきてんだ。

 そう言ってやりたい気持ちをぐっと腹の底まで沈めて、当たり障りないように答えるのが、最近の日課になった。璃空が隣にいる時は来ないのに、璃空がいない講義の時を狙って声を掛けてくるから、なお質が悪い。


「どうやってあの高嶺の山川さんと!? もしかして香村が告ったのか!?」


 ただ確かめたいだけで、多分悪気はないんだろう。

 でもこういう場合、それがかえって疲れる。

 そもそもだ。どっちが告ったかなんて第三者には関係ないことだし、それを知ったからといって利点があるわけでもない。なのに、どうしてみんな同じようなことを聞いてくるのだろう。いや、まあそれを話のネタとして持っていたい、という野次馬精神なんだろうが。

 山川さんが告って来たと言えば、また何か言われるような気がしているから、とりあえず自分が告ったことを否定しないことにしている。そうすれば大抵、お前も隅に置けないやつだな~、なんて言われてその話題は終了する。

 これでどうにか乗り切っているが、もうそろそろ限界だ。


「あ、先生来たぞ~」

「やべっ! また詳しく教えてくれよな!」


 講義の教授が入ってこりゃ幸いと教えてやれば、名前も知らない同級生はさっさと自分の席に戻っていってくれる。

 誰が教えるかよ! 友達でもなんでもないだろ、俺たちは! 大体お前は誰だ!

 そう叫んでやりたい。

 こういう事態になってから、出入口に一番近い席に座っている。こうすれば講義が終わった途端に、姿をくらませられるからだ。璃空が一緒の講義では、お気に入りの窓際の席に座れるが。


 ふーっと息を吐きながら、リュックの中から筆記具とルーズリーフ、提出予定のレポートを取り出す。

 あと三日で夏休みだ。本当にこの時期でよかったと心底思う。


 結論から言えば、俺は山川さんと恋人になった。

 そろそろ一か月が経とうというところだ。


 今の自分には山川さんに対する恋愛感情はないこと。

 それでも良ければ恋人になってもいいこと。

 でも好きになる努力はすること。嫌がることはしないこと。


 それらを彼女に隠すことなくあの日に伝えた。こんなことを言えばさすがの山川さんも冷めるかもな、と思った俺とは裏腹に彼女は、それでも構わない、と言った。

 なので晴れて恋人になったわけだが。

 これと言って恋人らしいことはしていない。

 メッセージのやり取りもほとんどしないし、デートなんてしたこともない。キスなんてもってのほかだ。二、三回くらいは一緒に帰ったことがあるが、手をつなぎもしなかった。

 果たしてこれで付き合っている、と言えるのか。

 何もかも初めてで、恋人らしい付き合い方がよくわからない。


 それよりも、と講義を聞きながら思う。


 様子が少し変な璃空の方が気になる。

 きちんと言葉にしようと思うと難しいのだが、少しだけ距離を感じるのだ。

 物理的な意味でも、友だち的な意味でも。

 横並びで座っている時に、前はほとんどなかった隙間が、拳二つ分くらい開くようになった。遊びに誘うと、断られる。なのに縁も一緒だ、と言うと、了承してくれたりする。

 最初は俺に遠慮しているのかと思ったが、二人きりになるのを意図的に避けているような気がしてきた。璃空自身がバイだと公言しているから、山川さんに気を遣っているのかもしれない、と考えもしたが、本当のところはよくわからない。

 そういう話をしようとすると、何故だかいつも話を逸らされているから。


 ヴヴ、と太ももに伝わってきた振動。

 もしかして璃空だろうか。

 教授に見つからないように、こっそりポケットからスマホを取り出した。画面のポップアップには、山川想実、と表示されている。なんだ山川さんか。そう思いながら開くと、一緒に帰らないか、というお誘いだった。お伺いを立てるような可愛い犬のイラストのスタンプも添えられている。この犬ちょっと璃空に似てるなぁ。小さく漏れた笑いを零して、了解の旨を伝えるスタンプを送り返しておく。

 先月まではあんなに稼働していた璃空とのトーク画面は、今ではほとんど動かない。通知だって璃空が埋め尽くしていたのに、今ではすっかり沈黙している。それが淋しいと思うのは、俺の我儘だろうか。


 もう一度スマホをポケットに入れなおして、窓の外を見る。

 今日も晴天だ。天気予報によれば、最高気温は人の体温とほぼ同じの36℃。空には入道雲もある。

 なのに、俺の胸の内は梅雨空になったみたいにすっきりしない。


 いつも通りの夏、なんて思っていた梅雨頃の俺に、教えてやりたい。

 お前は今年恋人が出来たのに、何となくどんよりした夏休みを送ることになりそうだぞ、と。





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