第5話 冒険者ギルドで死亡説を払拭す
「あー……モルレンデ商会ですかぁ……」
ピンク色のまつ毛を震わせてカウンターに頬杖をついたポムが、口角をぎゅっと下げて嫌悪感をあらわにした。
肩にかかったピンクの巻き毛を気だるげに払ってため息を吐く彼女は、冒険者ギルドの受付嬢である。
離婚は決意したけれど、隣国シスル出身のティナはこの国の法律知識の乏しさを自覚しているし、何より資金がなければ何もできない。
そのため情報収集がてら依頼を受けようと冒険者ギルドへ顔を出し、対応してくれたのがこのポムだった。
ポムはティナの冒険者証を見るや否や、「生きてたんですぅ⁈」と絶叫した。
その様子に驚いて話を聞けば、なんとティナには死亡説が出ていたのだった。
ヴォリュビリス王国に入国し、この迷宮都市リュインに至る道中でワイバーンを仕留めたことで〝剛腕のティナ〟と二つ名が付いたティナは、一躍有名になっていたらしい。全く知らなかった。
Aクラスの魔物であるワイバーンは、素材としてとても有用で貴重な魔物だ。
特に軍閥系の貴族が自領の騎士団のための装備強化に常に欲していて、高値で売れる。
そんな魔物を倒したのに、買取のためにどこにもギルドに顔を出していない。
もしかしたら冒険者ティナは、ワイバーンとの戦闘の怪我が原因でひっそりと命を落としたのでは……と、冒険者たちの間で囁かれていたという。
「最後の目撃情報から来るならうちのギルドかなって準備してたのにぃ、全然来ないんですも~ん。もう噂は本当なのかなって思ってましたぁ。実際のところなにしてたんですぅ?」
ピンクの羽ペンでサラサラとワイバーンの鑑定申請書、神殿に申請するべき長期遠征のための散髪免許証の延長申請書などの書類に記入しながら、ポムは好奇心たっぷりの視線を向けてくる。
誰かに愚痴を言いたい気分だったこともあって、ティナはリュインにたどり着いてからのことを素直に話した。
結果、ポムの第一声はというと、犬のうんこを踏んでしまった運の悪い人を見るような目で発した「あー……」と、「モルレンデ商会ですかぁ……。やばやばな話ばっかでいい話聞きませんねぇ」であった。
「ティナさんのお舅さんにあたる先代さんが亡くなってご長男さんが継いでから商売もざっつくなってますしぃ、街の人たちにはともかく冒険者たちにはめちゃめちゃ評判悪いですぅ」
「やっぱり⁈ あたしもやっべーなこいつらって思った!」
「できれば三男さんにナンパされた時点で察してほしかったですぅ。ギルド的にはシスルの冒険者養成学校卒業の冒険者がダンジョンにも潜らずやばやば一家のお守りで一生を終えるとかぁ、ほんっとーに損失以外の何ものでもないですしぃ」
バンッ! と大きな音を立ててダンジョンの入場許可証にスタンプを押しながら、ポムが唇を尖らせた。
「たしか首席卒業だったらその時点でBランクの冒険者証がもらえますよねぇ? ダンジョンでの一定期間の活動記録と人柄もAランクになる条件ですけどぉ、モルレンデ家とかかわってて〝人柄〟って条件が満たされるとは思いませんよぉ」
頬を膨らませて押したスタンプにふーっと風を送りつつ、ポムが続ける。
「なにせ数代前に貴族の血が入ってるってだけで、他人を見下しまくりの人たちですしぃ」
「あ、それであんな王子サマっぽい見た目だったんだ……」
ステファンや義兄二人の金髪碧眼と整ったキラキラ顔を思い出し、なるほどね、とティナは納得した。
「えぇ? まさかそれに騙されちゃったとかぁ? 顔で人生棒に振っちゃった感じですぅ?」
ポムの言葉に、ティナは目頭と目頭の間をつまんで上を向いた。
照明の魔道具の光が目を刺してじんわり痛む。
「あたしの結婚、他人から見るとやっぱり人生棒に振った感じかあ……」
「初夜に結婚前から浮気してます宣言されたあげくに、お前は愛さないけどマッマのために奴隷よろ、って言われるのが幸せな結婚ってゆうなら頭腐ってますぅ」
「だよねー。あたしって脳内お花畑だったんだなあ……」
「狂い咲きですぅ」
大きな紅茶色の目を瞬かせたポムが、「でもまぁ相手も強かってゆぅかぁ」と続けた。
いわく、モルレンデ商会はジェロームに代替わりしてしばらくしてから荷運びの何人かを解雇し、その代わりに戦士職の冒険者へ荷運びの仕事を依頼していたという。
「でも偉そうだし依頼料安いしで全然人気なくってぇ。だから外国人で商会のことなんにも知らなくて、お顔とあま~い言葉にころっと騙されるうぶうぶなティナさんを狙ったんだと思いますぅ」
ピンク色の羽ペンをフリフリしながら言うポムに、とどめを刺された気分のティナは顔を覆って絶叫した。
「もう今すぐにも離婚したい! なんとかなりませんかね⁉」
「ティナさん外国人なんでぇ、永住権とか入国許可証とかいろいろありますしぃ。離婚は手続的に結構かかると思いますぅ。てゆぅかもしかしてぇ、結婚のときにそうゆう手続きをモルレンデ商会がしたんじゃないですかぁ?」
「うっ……」
「やっぱり相手に任せちゃったんですぅ? だとするとぉ、一生離婚できない可能性もあるかもですぅ」
丸めた背中にポムの言葉が突き刺さる。
下手を打った。冒険者としてあるまじき油断である。ダンジョンでいうと罠を疑わず宝箱に飛びつき蓋を開け、中から毒煙を噴射されたあげくに犬のうんこすら入ってなかったようなものだ。
「でも期待の冒険者〝剛腕のティナ〟さんのためならぁ、うちもできるかぎり力を貸しますよぉ!」
「あ、ありがとう……!」
「冒険者の基本理念は自由と勝利ですしぃ、足枷はさっさとぶっちぎって、れっつ離婚離婚!」
「ポムさんたのもし……っ!」
「わたしバツニだからぁ。力になれると思うよぉ!」
にーっと指を二本出して微笑むポムの唇は、ピンク色のラメでキラキラと輝いていた。