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第4話 地獄の義実家、モラハラダンジョン!

 兄弟とそれぞれの妻たちのやり取りには慣れているのか、それとも気にしていないのか、すすり泣くフェリシアを無視したステファンが姑に話しかけた。


 「ねえママ、アレはどうしたの?」


 「いぎたなく二度寝しましたよ。あんな嫁、ステフにふさわしくないわね」


 ステファンがゆっくりと紅茶を飲む横で、姑は息子のためにイチゴジャムをビスケットへたっぷり塗りながら答えた。


 そうか、てめえの中ではあたしはアレか。名前を呼ぶ価値もないというか。


 そうかそうか……と半眼になりつつ、ティナはあえて音を立ててリビングへと足を踏み入れた。


 「まあああ! アナタ生きていたのね! 起きてこないから死んだのかと思いましたよ!」


 ティナが最低限の礼儀を守ろうとして朝の挨拶をする前に、わざとらしく目を見張った姑が大きくのけ反りながら言った。


 「お前のような怠惰な嫁を貰ってステフが可哀想だわ!」


 「いいんだよママ。僕は、大丈夫……」


 まるで使用人の致命的な失敗を寛大な心で許す主人のような、謎に深みのあるセンチメンタルな声で母親をなだめるステファンへ、ティナは冷めた視線を送った。


 「おはようございます。お義母さんたら朝四時からお玉とフライパンを持って大騒ぎしてましたけど、年取ると朝が早くなるとはいえ、ちょっとお元気過ぎません? 水汲みもその勢いでしたらよかったのに!」


 ビスケットに塗ったイチゴジャムより真っ赤になった姑と、おそろいで真っ赤になったステファンをハッと鼻で笑い飛ばしていると、こちらを睨みつけてくるジェロームの視線を感じた。


 なんだお前も何か文句があるのか。


 こちとら切った張ったが生業(なりわい)の冒険者である。

 少し前にもAクラスの危険度であるワイバーンを〝威圧〟というスキルを使いひと睨みで行動不能に陥れたティナに、メンチの切り合いを挑むなど百億年早い。


 スキルを使わなくともただ睨んだだけで、案の定ジェロームはさっと視線を外した。その後ろで、彼の妻であるリラが菫色の目をぱちぱちさせている。

 驚いているのは嫁であるティナが姑や夫に口答えをしたからか、それともさっきまで自分やフェリシアを偉そうに見下していた夫が弟嫁のひと睨みに負けたからか。


 ティナの態度に眉を(ひそ)めるブルーノに対しても、ついでのように視線を送る。

 睨むというほどのものではないただの視線に、ブルーノも目頭を揉むふりをしてティナから目をそらした。


 そんな夫二人の様子を見て、リラとフェリシアが素早く視線を交わしている。

 この二人、さっきは双方の夫に比較されながら貶められていたから、もしかしたらお互いにあまりいい感情を持っていないかもしれないと思ったが、そういうことはないようだ。


 濃紺色のおかっぱ頭を少しも揺らすことなくフェリシアへと視線を送るリラ。床に膝をついたまま金色の目だけを動かし、目線と瞬きだけで応えるフェリシア。

 まるで戦闘中に目で会話をする冒険者パーティーのような、慣れたアイコンタクトだった。


 敵に見つからぬように意思の疎通を図る兄嫁二人の様子に、やはりここは敵地なのだとティナは気を引き締める。

 男尊女卑と嫁いびりのスキルを持ったネームドモンスターが跋扈(ばっこ)する、義実家ダンジョンなのだ。


 「あ、あなたねえ!」


 キイっとハンカチでも噛みしめそうな顔をしながら、姑が声を張り上げた。


 「寝坊をしてしまい怠惰な嫁で申し訳ありませんでしたと頭を下げるのならいざ知らず、目上の人間を敬うどころか睨みつけるなど許されることではありませんよ! まったく……ご両親はどんな躾をしたのかしら。これはモルレンデ家の嫁として一から鍛えなおす必要があるみたいね!」


 姑の言葉に乗っかって、うんうんと腕を組んでうなずくステファン。その小鼻の広がった得意そうな顔を見ていたら、どうして自分はこんな男の顔面に見惚れていたのかと情けなくなった。

 謝るのならこんな男の甘い言葉に騙されて結婚してしまったことを、自分の両親に謝りたい。


 ちなみにティナの両親は元冒険者で、祖国シスルで肉屋を営んでいる。

 ティナも冒険者で十分活躍した後は引退し、実家の肉屋を継ごうと思っていた。


 武者修行のつもりで多くのダンジョンの入り口を有する迷宮都市リュインがあるヴォリュビリス王国へやってきて、うっかり王子様マスクと甘い言葉に騙されて結婚してしまったのは本当に後悔している。

 結婚報告は新婚旅行がてら結婚後にすればいいのよ、なんて結婚前の上品で優しい姑の言葉にも騙された。

 この調子ではおそらく新婚旅行など行われないに違いない。


 すまない両親よ、娘はしくじった。


 「何をぼんやりしているのです! お前のような愚鈍で怠惰な嫁はこれから三日間、食事抜きですよ。働かざるもの食うべからずというでしょう? 反省なさい!」


 勝ち誇った顔をティナに向けてくる姑の背中をさすりながら、ステファンがやれやれとため息を吐きつつ口を開いた。


 「なあ、ママはべつに意地悪で言っているわけじゃないんだよ? お前がちゃんとママの言うことを聞いていたら、ママだってこんな厳しいことは言わないんだから。ママにこんなことを言わせるお前が悪い」


 ビシッと言い切るステファンを、姑がうっとりした顔で見上げている。

 ティナとのメンチの切り合いに負けた長男次男も、胸を張る弟によく言ったとでも言いたげな表情だ。

 視線を交わし合った兄嫁たちは、さっきまでさんざん言われていた「お前が悪い」という言葉を聞き、自分たちのことではないのにうつむいた。


 「でもママは優しいから、お前が謝ったらきっと許してくれるよ。僕も一緒にママに謝ってあげるから、素直に……って、何してるんだい?」


 何やらほざいていたステファンが、言葉の途中でティナへと驚愕の視線を向けてくる。


 「干し肉を食べてますが何か?」


 冒険者といえば、一度ダンジョンに潜れば一日三食食事がとれるような職ではない。

 結界石があるとはいえ、炊事の匂いで居所がバレたら休憩どころではないため気安くできない。


 そこで活躍するのが干し肉のような携帯食である。

 冒険者は常に数日分のレーションを準備してダンジョンや旅に挑む。


 ティナは時を止めるアビリティがついた収納の魔道具を持っているので、干し肉だけでなくパンや野菜を常時そこに入れてある。使用後の補充も忘れていない。

 結界石と同じくエピック級の魔道具で、ペンダント型のそれは昔冒険者をしていた父から餞別でもらった大切なものだから、常に身に着けていた。


 そこから干し肉を出して、朝食代わりに食べている。

 立って食べるのだって慣れたものだ。家での食事であれば行儀が悪いが、この家は家の形はしているが敵意に満ちたダンジョンである。問題ない。


 「な、なん……」


 全員そろって口をパクパクさせる義実家の面々に、この人たち冒険者相手に商売をしているって言ってなかったっけ? と、冒険者にとっては普通の行動に驚いていることに、ティナは首を傾げた。


 そんな義実家の面々に対して、兄嫁二人は目を細めてティナのことを見ていた。

 彼女たちも食事抜きを言い渡されていて空腹なのかもしれないし、もしかしたら、姑や三兄弟の横暴な態度を蹴り飛ばすようにやり返すティナの自由さが、彼女たちには眩かったのかもしれない。


 そう思ったら、ティナはなんだかせつなくなってしまった。


 魔物の討伐や旅人を護衛など、冒険者は人を助ける職業だ。

 ダンジョンから生活に役立つ資源を持ち帰ったり、時には魔物に捕らわれた人々を救出するために巣へ突撃することもある。


 だからきっと、ティナがこの家に嫁いできたのは、捕らわれ虐げられた兄嫁二人をダンジョンより最悪なこの義実家から救い出すためだったのだ。

 ――というか、そういう意味のあることをしなければ、ステファンの甘い言葉と面の皮の良さにうっかり騙された自分の愚かさを呪いたくなるではないか。


 すでに元のように表情を消してしまったリラとフェリシアを見ながら、ティナは二人を救い出してステファンと離婚し、モルレンデ家から脱出することを考え始めたのだった。

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