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第1話 ネームドモンスター:ステファン

 「お前を愛することはない!」

 ――と、突然言われ、ティナの眉間が深い溝を刻んだ。


 ……

  ……

   ……


 今日、ティナは人妻になった。


 隣国シスルからヴォリュビリス王国の迷宮都市リュインに来てすぐに知り合ったステファンとの結婚式を終え、婚姻届けを提出して夫婦になったのだ。


 ステファンの母や兄二人、彼らの営むモルレンデ商会の関係者たちに祝福されて幸せだった。


 ティナの関係者は両親を含めて隣国にいるということもあり……そしてステファンと出会ってからたった一ヶ月という短い交際期間で結婚したということもあって、リュインにまだ友人がいないティナ側の参列者はゼロだった。

 それにもかかわらず、温かい言葉を参列者からいただいてティナは本当に嬉しかったのだ。


 夫も従業員として働くモルレンデ商会も全員心優しい人たちの集まりだった。

 これならステファンに頼まれて冒険者としての活動をいったんお休みし、義実家となったモルレンデ家の面々と同居することにも不安はないと思った。


 だというのに。


 「そもそも愛してなどいなかった。僕の真実の愛を捧げる相手は別にいる! だから僕の愛を得ようとして、見苦しい真似はしないでくれよ」


 幸せの絶頂にいていいはずの花嫁が耳にするにはあまりに酷い言葉を聞いて、ティナは呆然と緑色の目を見開いた。


 シスルの冒険者養成学校戦士科を首席で卒業し、リュインに来るまでの間にもワイバーンを一撃で倒したティナをここまで無力化させたのは、今日から夫となったステファン・モルレンデだった。


 結婚式を終えて初夜である。

 どう考えても神の前で花嫁に永遠の愛を誓っていた花婿が言っていい言葉ではなかった。


 ベッドの上で女の子座りをしたティナは、防御力皆無のスケスケ下着を着た体をシーツで隠しながら仁王立ちになった夫を見上げた。


 今までティナに甘い言葉だけを囁いていた唇は右端だけがニヤリと上がって歪み、紳士的だった彼の背は偉そうに反り返っている。

 そのせいで今まで見る機会がなかった彼の鼻の穴から、彼の頭髪と同じ金色の鼻毛が生えているのがよく見えた。


 「……ん? え?」


 思考停止したティナの口から、かすれた声が漏れ出る。

 その戸惑った声に反応したステファンが、ふんぞり返りながらティナを見下して口を開いた。


 「ママが無料で使える働き手が欲しいというから、僕はママのために一肌脱いだんだ。お前みたいなちんちくりんでぺったんこの女、この僕にはふさわしくないし、好みじゃない」


 「――ほう」


 ティナは枕を取り上げて腹に抱え、女の子座りをしていた足を崩してベッドの上で胡坐(あぐら)を組んだ。


 「だけどママがいうには、お前みたいな貧相な小娘でも、一応は冒険者なんだろう? 体力だけはありそうだから、ブルーノ兄さんのあの浮気性で使えない嫁が外に行けない代わりに、日用品の買い物くらいはできるだろう」


 スケスケ下着を着てときめきながら待っていた自分に怒りを覚え……いや、そのもっと前に、この国にきてすぐにこの男の王子様みたいな容姿と甘い言葉にころっと騙されてしまった自分に憤怒しながら、ティナは胡坐を組んだ膝に頬杖をついて、鼻の穴しか見えないステファンの顔を見上げた。


 「うん、まあ……続けて?」


 「井戸から水を汲んでくるのもお前の仕事だ。明日から朝四時に起きて水を汲めってママが言ってたぞ」


 「水汲みねえ。この家って水生成の魔道具ないの? リュインでも指折りの商家って自慢された気がするんだけど……まあいいや、それで?」


 ティナの反応が予想外だったのか、ステファンは少したじろいで咳払いをした。


 「とにかく、僕はお前を一生涯愛することはない。俺の愛はフィルミーヌのためにあるからな。だけどお前はうちの嫁になったんだから、ママ(うち)のために一生懸命尽くす義務がある!」


 「ほぉん……健全な夫婦でも嫁に姑へ尽くす義務はないと思うし、何よりてめぇが浮気してるのゲロった時点で夫婦としては終わりだが? ……で、まだなんかある?」


 ママママうっさいなあ……。と、ティナは咳払いのし過ぎで震えるステファンの喉ぼとけを見ながら思った。


 明日朝イチで離婚届をもらってこなきゃ。


 「まあいいや。眠いからどっか行ってくれる?」


 (はえ)を追い払うように手を振ると、ステファンは「嫁の寝場所は屋根裏だ!」と吠えた。


 「え? じゃあんたのママも屋根裏で寝てるわけ?」


 「そんなわけないだろう! ママだぞ!」


 「ほー……これはこれは……」


 平凡だが愛のある家庭に生まれ育ち、強さこそ偉大なりというシスルの名門国立冒険者養成学校の戦士科を首席で卒業し、順風満帆。ティナはこれまでこれといった挫折なく生きてきた。


 優しくて紳士でイケメンなステファンに熱心に口説かれ、冒険者と同時に王子様との幸せを味わってみるのもいいかと結婚したら……。


 この夫、思った以上のアレだった。

確かにアレだなー……と思った方は★を入れて同意してくださると、やっぱりそうだよねーとティナがしみじみとその星を噛みしめます

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