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学者を多く輩出するリンドホルム伯爵家の令嬢であるマリアーナは、王都にある屋敷と王宮内にある宿舎に自分の部屋を構えていた。
本来、古代文字を取り扱う学芸員はそれほど多忙になることなどなかったのだが、
「おそらくラハティ王国に住んでいた土着の民こそ、グアラテム王の子孫に違いない!」
と、帝国の高名な学者が言い出したものだから、
「古代文字を使っていたのは、グアラテム王の血筋の者たちになる!」
ということで、仕事への重圧が加速度的に増して来るようになったのだ。皇帝の案件が回されてくると徹夜仕事になるのが当たり前となり、仕方なく、マリアーナは寮にも自分の部屋を借りることにしたのだった。
広大な大陸を統一したのは後にも先にもグアラテム王ただ一人と言われているのだが、そんな王様が帝国の皇帝は大好き過ぎて仕方がない。
だからこそ、蒸気機関車をラハティ王国で購入するという話になった時にも、神殿の地下から発見された古文書の一部が皇帝に献上されることになったのだ。羊皮紙に記された内容はかなり年代が新しいものであるのだが、
「皇帝陛下は何でも大好きだから」
という理由で、それじゃあ今度はお土産として発掘された羊皮紙を修復して渡したら良いのではないのかな?ということで、選りすぐりの美品を皇帝陛下のために選別しているところだったのだ。
最近、作業部屋から盗まれることになった羊皮紙は三枚になるのだが、その三枚の羊皮紙のうちの一枚は、サマルカンドブルーで描かれた北の部族の神話が描かれているものだった。
大陸の何処の国に移動をしても、春は喜びの季節になる。春の神は女神として描かれていることも多く、ラハティ王国では春の女神アヘトラーゼが主神となるし、帝国では女神フローディアの誕生には春の訪れを知らせる花々や虹が描かれる。
盗まれた羊皮紙のうちの一枚がサマルカンドブルーで描かれていたのは、氷の山に生まれる太陽の雫が描かれていたからだった。それは氷に閉ざされた山々の合間から生まれる太陽の神から落ちた雫の神であり、あの雫の神は一体何の名前だったのか・・
「マリアーナ!マリアーナ!」
突然、扉がノックされて、ベッドの上で飛び上がったマリアーナは、窓から差し込む太陽の光の高さを見て自分の胃がすくみ上がったことに気が付いた。
今日は王家も通ったと噂されるカリチューリソフィアホテルでランチを楽しむ予定だったのだ。昨日、ロニアが教えてくれたところによると、カリチューリソフィアホテルのランチは予約を取るのが大変なことでも有名だが、それなりに結構なお値段であるらしい。
「マリアーナったらやっぱり眠っていたのね!早めに職場を上がらせてもらって本当に良かったわ!」
扉を開けると、プンプンと怒りながら小柄でふっくら体型のロニアが立っていたのだが、顔色が悪いマリアーナを見上げて、
「よっぽど疲れていたのね!それでも大丈夫よ!まだホテルのランチに行くまでには時間があるから!」
と、言い出したのだった。考えてみればメゾンのマダムの刺殺体に出会して以降、全く休む暇がなかったマリアーナなのだ。
「そういえばさっきあなたの職場の近くを通りかかった際に、司書のファレスさんにたまたま会ったのだけれど、どうやら彼、マリアーナをランチに誘おうと考えていたみたいなのよ。可哀想だから、マリアーナは今日はお休みだって教えてあげたのだけれど、職場に復帰したら図書館の方に顔を出してくれたら嬉しいとファレスさんは言っていたわ」
ズカズカとマリアーナの部屋へと入って来たロニアは、携帯コンロに火をつけてお湯を沸かしながら言い出した。
「寝起きは珈琲がいい?それとも紅茶派?」
「珈琲がいい」
「私が珈琲を淹れている間に、さっさと着替えるドレスを見繕って来なさいよ」
「分かったけど司書のファレスさん、わざわざ私をランチに誘いに来たって本当の話なの?」
「ええそうよ。それだけでなく、総務のマグナス・ファーガソンさんが私に声をかけて来て、マリアーナは元気そうか?大丈夫そうかって心配そうに尋ねてきたわ!」
総務のマグナスさんは、マリアーナのために寮の手配をしてくれた人だった。彼は非常に気さくでフレンドリーな人なので、元々好感度が高めの人ではあるのだが、わざわざマリアーナが元気かどうかと尋ねて来た理由が分からない。
「それだけじゃなく、あなたの仕事仲間になるビル・デンシックが、あなたが寮で何も食べずに沈没しているかもしれないから持って行ってくれと言って、パン菓子の詰め合わせを私に渡して来たのよ」
そう言ってロニアはパン菓子が詰め込まれた紙袋をテーブルの上に置くと、
「マリアーナったら!モテ期到来じゃな〜い!」
と、はしゃいだ声をあげたのだった。
「昨日の軍人さん?中尉さんだっけ?あの人だって絶対にマリアーナに気があるでしょう!」
ロニアはわざとらしく斜に構えながら、
「俺はあんたがモテないだなんて欠片も思っていやしないさ。それこそ、胸の中がモヤモヤして頭がどうにかなりそうな位には、あんたのことを気にかけているよ」
ヨアキム・エリアソンの口調を真似ながら言い出した後に、
「キャーーッ!マリアーナのことを気にかけているですって!」
と、興奮の声をあげた。
ちなみに、男性経験が豊富そうに見える癖に、今まで浮いた話が何一つ発生することもなかったマリアーナは、レッドカーラントのように顔を真っ赤に染めていくと、
「な・・な・・何かの間違いよ・・そうよ・・これは何かの間違いなのよ・・」
と、小さな声でぶつぶつ言い出したのだが、
「間違いじゃなくって!本当!本当!今日、職場に行っている間に、マリアーナは何処だ?とか、マリアーナは大丈夫か?なんてことを三人の男性から問われることになったのだもの!」
「マリアーナ!勘違いしては駄目よ!駄目!駄目!」
マリアーナは男性経験豊富そうな見た目をしながら、今まで一切、そういった華やかなことが発生しなかった令嬢なのだ。
「みんな、噂を聞いて私の心配をしているだけなのよ」
ラハティ王国の人間は兎にも角にも噂が大好きで仕方がない人種なのだ。何処かの誰かが、マリアーナがメゾンのマダムの刺殺体を発見するに至ったという話を聞きつけて、
「年若い令嬢が死体を発見するなんて只事ではない!マリアーナ嬢は大丈夫だろうか?」
と、心配したのかもしれないし、ジェニーちゃんのお姉さんの遺体に引き合わされたという噂を何処かから聞いてきて、
「うら若き乙女が遺体の確認作業をするだなんて!マリアーナ嬢は大丈夫だろうか?」
と、心配しただけかもしれない。
そこには、ラブとか、ラブとか、そんなものが発生するわけもなく、ただ、ただ、
「マリアーナ嬢は大丈夫だろうか?」
と、心配されているだけなのかもしれないし。
「ああ〜、大分気持ちが落ち着いて来たかも・・」
「それじゃあ、珈琲飲む?」
携帯コンロでお湯を沸かしたロニアが勝手知ったる様子でマグカップに珈琲を淹れると、マリアーナのために砂糖とミルクを追加しながら言い出した。
「それにしたってマリアーナの親友のおじさん、あの方、三十八部隊だって言っていたけれど、三十八部隊って特別な部隊なのかしらね?」
「さあ?私には良く分からないわ。憲兵隊の駐屯地に行った時にも、確かにお偉いさんのような扱いを受けていたのは間違いないけれど」
「うちの上司ってお休みを取る場合には五日も前から申告するのが当たり前という人だから、今日のお昼からお休みします〜なんて言ったら絶対に怒るだろうなと思ったのよ」
昨日、長めのランチを取るために自分の名前を出しても良いとヨアキムから言われたロニアだったけれど、彼女は長めのランチではなく半休申請をしたらしい。
「もちろん、上司は怒り出したんだけど、三十八部隊にお呼ばれしちゃって〜って私が言ったら今すぐ帰って良いって上司が言い出したのよ!」
ロニアはルンルン顔で、
「すっごくラッキーだったわ!」
と、言い出したのだけれど、
「うーん、軍医ってそんなに融通が利くのかな?みんなの病気を治すから的なことかしら」
何となくマリアーナは釈然としないまま言い出した。
「ヨアキムさんはお医者さんだし、三十八部隊って言うけど、おそらくお医者さんの部隊か何かなんでしょう?だとしたら、自分が怪我や病気をした時に診てくれないと困るから的なものがあるのかしら?」
「え?軍医なのに?」
「そうよねえ〜」
軍医というものは一般人の診療は行わずに、軍人の健康と安全を守るものだと思うのだけれど。
「お医者さんって意外に権力があるのね!」
「本当にそうね!カリチューリソフィアホテルのランチの予約も簡単に取れるのかもしれないし!」
憧れで高級なランチとあって、二人がはしゃいだ声をあげたのは間違いない。
こちらの作品、アース・スター大賞 金賞 御礼企画として番外編の連載を開始しております。殺人事件も頻発するサスペンスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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