閑話 ロニアの冒険譚 (65)
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「敵国のスパイを勝手に拷問したのは悪かったが、それにはそれなりの理由というものがあるからさ」
全く悪びれる様子のないシグリーズルばあさんは、花柄のトートバッグに入れられた書類をオリヴェルに向かって差し出した。
「十年前の事件から我々北の民族はオムクス人を警戒しているし、そいつらの住処を徹底的にマークしているんだ。そこにある資料はそいつらの住所と肩書き、名前の横にある線はラハティ人の偉そうに見える人間と接触している回数を示している。名前の横に線が多い人間ほどスパイとして活動している可能性が大きい。つまりは偉い人間に取り入って得た情報を本国に流している可能性が高いということを意味しているのさ」
ばあさんは短い足を偉そうに組み直すと前のめりになって言い出した。
「我々が動いたからこそ誘拐の拠点として使われた敵のアジトを摘発出来たのだし、被害者を救出することに繋がったと思うんだ。ロニアお嬢様がカエルの餌食にならなかったのも我々の働きがあったからと言えるだろう?」
「ばあさんはこれで北の民族に対する捜査は手打ちにして欲しいと言っている」
ヨアキムがそう言ってニコリと笑うと、男爵がモジモジしながら言い出した。
「我々ルオッカ家は王家に忠誠を誓っておりますし、セヴェリの情報があったからこそ、ケテイル・サンドヴィクが経営する賭博場の摘発も出来たのだと思います。画家のセヴェリはとにかく顔が良いだけの間抜けな男なのでご温情を頂きたいということと、私の娘についてなのですが・・結婚相手の斡旋だけはやめて頂きたいんです」
「ほら、王家によってカステヘルミ嬢には君が斡旋されただろう?」
ヨアキムは熊みたいな顔をニコニコさせながら言い出した。
「自分の娘が同じようなことにはなって欲しくないという親心という奴だよ」
非常に失礼なことを言われているのだが、寝不足のオリヴェルはちっとも気が付かない。
「とにかく、娘には仲が良い幼馴染が居るんです!」
「オルヴォ君のことだね」
「公爵家の寄子とか、軍部の将校とか、斡旋したい人が色々と居るかも知れませんが、娘には必要ありません。国王陛下にもその旨伝えておりますが、中尉殿にも改めてお伝えしておきたかったんです」
オリヴェルは今まで他人の結婚相手の斡旋などしたこともないので、何でそんなことを言われているのか分からない。ただ、ただ、カステヘルミの悲惨な結婚式を見て、この男には関わりたくない!と、男爵に思われていることにも気が付いていない。
「分かりました」
気の抜けたオリヴェルの返事を聞いて男爵は心の奥底から安堵した様子だし、隣に座るヨアキムは吹き出して笑い出したのだが、
「いや・・すまん・・ちょっと何かが喉に引っかかっただけだ」
と、苦し紛れなことを言いながら体勢を整える。
「彼らも軍部の闇については口を硬く閉ざしてくれること約束してくれたので、彼らの要望については我々も応じたいと考えている。そこでラウタヴァーラ中尉、帝国の地下に広がる地下道についてなんだが、とりあえず今は君の胸の中だけに留めておいてもらいたい」
ヨアキムは突き刺すような鋭い瞳を向けながら、
「軍部の上層部に裏切り者が紛れ込み過ぎている状態なんだ、それについては我々情報部も手を焼いているような状況でね」
ヨアキムはオリヴェルの耳元に囁くようにして言い出した。
「君の結婚式でリンデレフ大佐を殺したのは、間違いなく、王国軍所属の人間だ」
「軍部は信用できない、だからこそ地下道の全貌は明かせない」
と、ばあさんは言い、
「祖父の遺言を守るためにも争いには使わせません」
男爵は真面目な顔で言い出した。
「軍部から敵国に地下道の情報が流れることで、祖父の遺産を傷つけることにはしたくないのです」
「とりあえず俺たち、物凄く信用がないってことなんだよね!」
ヨアキムは茶化すように、
「だけど俺は君を信用しているよ?だからこそ、君をこの二人に会わせたんだしね!」
ニコニコ笑いながら言い出した。
オリヴェルはシグリーズルが渡してきた手製のトートバッグから書類を取り出しながら、名前の横に線が多く書き込まれている書類を見下ろして、大きなため息を吐き出した。
北の民族は軍部の人間が誰かなんてことは分からないながらも、偉そうな人間かそうじゃないかは鋭い観察力で判断する。
ケティル・サンドヴィクは女性を斡旋する役割を担っていたようだから、ケティルの手先となったスパイの名前もここには記されているのに違いない。
「オムクス人は敵国認定で入国拒否とか出来ませんかね?」
オリヴェルの意見に、ヨアキムは首を横に振って瞳を伏せた。
「それは無理だし、隣国同士で我々は顔も似ているし、国境沿い行くほど混血も多くなるんだから手に負えないよ」
入国をたとえ拒否したところで敵のスパイは入り込む。
「信用が出来るのは君くらいだし、君だからこそばあさんの情報を渡したんだよ」
ヨアキムは微笑みを浮かべながら、
「他の人間に渡したら、この情報が握り潰されるのが目に見えているからね!」
と、言い出したので、オリヴェルは自分の髪の毛をバリバリと掻きむしった。
「自分は新婚のはずなのですが」
「そうだねえ」
「花嫁の顔を見に行くことも出来ないですよ」
「そうだねえ」
そこでまじまじとオリヴェルの整いすぎた顔を見つめたルオッカ男爵は、
「娘は絶対に軍人とは結婚させないぞ!」
と、独り言を呟いたのだが、
「「それじゃあ、憲兵のオルヴォは良いのだろうか?」」
と、軍部所属の二人は同じことを言い出し、
「やれやれ」
シグリーズルばあさんは、
「女を甘く見ているとやがては袋叩きにあうことになるんだからね」
と、予言めいたことを言いながら、席から立ち上がったのだった。
ちなみに男爵から長説教を食らうことになったロニアは、
「しばらくの間は画廊の仕事は一切手伝わせない!」
と、男爵から豪語され、王宮の上級女性職員用に用意された萌葱荘へと強制送還されることになったのだ。しばらくの間は王宮から外には出られないという状況に追い込まれることになったのだが、
「あっ!そうだ!マリアーナのところに行こう!」
と、荷物を解くのもそこそこにして自分の職場には向かわずに、解読チームが居る石板が安置された倉庫へと移動することにしたのだった。
石板が数枚盗まれたということで倉庫内は大騒ぎになっていたそうなのだが、
「そろそろマリアーナのお休みも終わりになっているはずだもの!」
盗み出すように指示したのがオムクスのスパイだったということが判明したことにより、出勤を停止されていた職員も職場に戻って来ているはずなのだ。
「マリアーナはカステヘルミ様の結婚式に参加をしているもの!カステヘルミ様の結婚式がどんなものだったか、直接話を聞かなくちゃ!」
ロニアはすぐさま寮から飛び出して行ってしまったのだが、まさか友人のマリアーナまでナイフで刺された遺体を発見しているとは思いもしない。
ロニアの小説展開というものはこの後もドンドン続いていくことになるのだが、さてさて、結末は何処に繋がっていくことになるのだろうか?
閑話 ロニアの冒険譚 了
ロニアの冒険譚はもっと短くするつもりだったのですが、伸びに伸びてここまで長くなってしまいましたが、カステヘルミの結婚とリンクしながら裏でこんなことがあったのか〜を楽しんで頂けたらとっても嬉しいです。
ここで一旦、諸事情あって一週間ほどお休みするのですが、次はマリアーナとロニアの話が続いていくことになりますので、しばしの間、お待ち頂けたら幸いです!!
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