閑話 ロニアの冒険譚 (64)
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結婚式を挙げた日から家にも帰れず、徹夜続きだったオリヴェル・ラウタヴァーラの目の下の隈は、それは酷いものになっていたのだが、
「ラウタヴァーラ中尉!こっちだ!こっち!」
カフェのテラスで美味しそうに珈琲を飲んでいたヨアキム・エリアソンは輝くような笑みを浮かべながら手を振っている。
「はあー〜―・・」
うんざりした様子でヨアキムの向かい側の席にオリヴェルが座ると、ヨアキムは勝手に珈琲を三杯注文し、項垂れるオリヴェルに向かって、
「中尉はグアラテム王の遺産というものを知っているか?」
と、問いかけて来たのだった。
「グアラテム王の遺産ですって?」
グアラテム王とは唯一大陸を統一した王の名前であり、彼の子孫が北の民族と呼ばれる人々なのだと最近になって帝国の研究者が発表をした。
「それはアレですか?巨大な宝石とかダイヤモンドとか、そういった物で、帝国の皇帝が所有しているような、その物自体に認められなければ皇帝にはなれないとか、そういった逸話が残る伝説の武器か何かですか?」
寝不足で頭が回らないオリヴェルがツラツラと思いつく限りのことを吐き出していると、
「そちらについては専門となる人を呼んだから、直接話を聞いた方が良いと思ってね」
スカーフを首に巻いた小柄なばあさんと、頬骨から下が焦茶色の髭に覆われた強面の男が並んでこちらの方へと歩いてくる。
「シグリーズル女史とルオッカ男爵ですか?」
ルオッカ男爵は、こちらの不手際で御令嬢がスパイに誘拐されることになってしまったということもあって、直接謝罪に行かなければならないと思っていた人だし、シグリーズル女史については現在、指名手配をしようと考えていた人物となる。
「こんにちは」
「ごきげんよう」
ばあさんは悪びれた様子もなく席に座り、ルオッカ男爵は額の汗をハンカチで拭きながら落ち着かない様子を見せている。
ばあさんと男爵が座るのを確認したヨアキムは、オリヴェルに向かって言い出した。
「今回、ロニア嬢に手を出そうとしていたケティル・サンドヴィクだが、彼が探していたグアラテム王の遺産について非常に詳しいのがこの二人になる」
「シグリーズル女史については指名手配を出そうとしていたところなのですが?」
「私が家に居なかったからかい?」
カッカッカとばあさんは笑うと、
「カエル男を拷問するのに忙しくて家に帰る暇もなかったんだよ」
と、言って目の前に置かれたカップを手に取った。
「自宅の倉庫に贋作が山積みとなっていることに頭を悩ませていたロニア嬢は敵国オムクス相手に贋作ビジネスをして儲けようかと考えたんだ。仲介役となったティールという帝国人が令嬢に紹介をした男がケティル・サンドヴィクという男になるわけだ」
ヨアキムは珈琲をおいしそうに飲みながら説明を続けた。
「絵画に全く興味がないガマガエル男は、令嬢が連れて来た北の民族の男たちに『グアラテム王の遺産』が何なのかを問いただすつもりだったし、皇帝陛下にも気に入られているロニア嬢を自分の女にして洗脳しようと企んだわけだ」
両手を握りしめた男爵が俯きブルブルと小刻みに震えているのだが、そんな男爵を丸ごと無視をしたヨアキムがオリヴェルの方へ顔を寄せながら言い出した。
「ちなみに、グアラテム王の遺産はグアラテム王の子孫が作り出したものであり、敵の部族に奇襲をかけるために作られたアリの巣のように広がる王都の地下道のことをいうんだ。このことを知っているのは国王陛下と情報部のトップに位置する人間だけ。何故、そんなことになっているのかというと、これにはルオッカ男爵家が関わってくることになる」
そこでルオッカ男爵は何度か咳払いをすると、自分の祖父の時代に地下道の存在を知り、これは貴重な文化遺産になると考えたこと。地下道がある地域を買い上げ、現在も保全活動に取り組んでいることを説明すると、
「先祖が作り出した物なのだから、子孫である我々が利用しても何の問題もないだろう?」
と、シグリーズルばあさんは胸を張って言い出した。
「王都の主要部に通じる地下道はすでに潰れているし、完全な形で残っているのは下町と呼ばれる地域だけ。ラハティの王宮がある場所から我らの祖先が作り出した石板が何枚も発見されたというが、それが何故かと言うのなら、その場所が神聖なる場所として祀られていたからさ。長老も住み暮らす重要地区は王宮からも離れた下町一帯のことであり、今現在、安い価格帯で我ら北の民族も住んでいる場所ということになるんだね」
「伝承では王宮があった場所に北の民族の長が住み暮らしていたとされているけれど、当時、その地区に巨大な石の神殿が建っていた関係で、我らラハティ人が誤解したということになるんだな」
ヨアキムは真っ直ぐにオリヴェルを見つめながら言い出した。
「今回、敵と直接対面をしたロニア嬢が言っていたんだが、敵国オムクスのスパイはグアラテム王の遺産が何なのかは分かっていないような状況だったらしい。もしもそれが王都の地下に広がる地下道であると奴らが知れば、大量の火薬を地下道に仕掛けてテロ行為を行うに違いない」
「私らもそれは考えて監視の目を強めてはいるんだが、責任者であるあんたにこれだけは言っておきたいと思ったからわざわざここまで出て来たんだ」
ばあさんは一気に珈琲を喉に流し込むと言い出した。
「軍部は全く信用出来ない、だからこそ、我らは貴様らに協力などせぬわ」
ヨアキムが三人を招いたカフェは軍部の管轄下にあるもので、話し声など外には聞こえないように設計をされているのだが、その場の空気が凍りついた様子を見て、
「何があったんだろうか?」
と、警護についている軍部の者は思ったし、
「ばあさん、また何か言い出したな」
ばあさんを見守るために来ていたナヌークのおじさんたちは冷や汗をかいていた。
「ケティル・サンドヴィクが車に乗っていたんだが、その車を斡旋したのはアンティラ伯爵というアバタ顔の、軍の幹部の男だったのさ」
ばあさんが投下した情報をオリヴェルはまだ知らなかったので、ギロリとヨアキムの方を睨みつけると、ヨアキムは肩をすくめながら言い出した。
「丁度、アンティラ伯爵のところに肖像画を描きに行っていたのがセヴィルという画家で、詳しく話を聞かせて貰ったところ、アンティラ伯爵は闇賭博にハマっていたらしい。画家もその賭博場に伯爵と一緒に行ったのだそうだが、その闇賭博場の元締めをしていたのがケティル・サンドヴィクということになるわけだ。車は借金のカタとして持っていかれたみたいだな」
「うちの画家なのですが〜・・」
男爵は小さく手を挙げながら恐縮した様子で言い出した。
「彼が交際していた踊り子のサファイアという女性がオムクスのスパイで、彼女の誘導でグスタフというスパイの幹部に脅迫されることになり、贋作製作を依頼されることになったのですが・・」
「このセヴィルっていう画家はとにかく顔だけは良い男だから、アンティラ伯爵はケティルと画家を面通しさせて、ケティルが気に入れば男娼として売り払うつもりでいたらしい」
二人のスパイから同時に声をかけられたという画家の姿を思い浮かべたオリヴェルは、
「ロニア嬢が庇護下に置いている画家ですよね?俺も一度顔だけは見たことがありますが、確かに顔立ちが整っているようには見えました」
と、淑女が興奮して鼻血を噴き出すほど美丈夫であるオリヴェルが言うと、
「あんたに比べたらセヴェリはまだまだだね」
と、シグリーズルは言い、
「その問題の画家が私の家の隣にアトリエを構えているんだよ」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「うちのアパートにも地下道へと通じる入り口があるんだが、おそらく画家の家に遊びに来たところで、踊り子がたまたま見つけてしまったんだろうねえ」
「その踊り子はすでに遺体で発見されている」
ヨアキムは眉間を指先で揉みながら言い出した。
「その踊り子を殺したのは軍部の人間ではないかと周辺に住む住人は言っている」
「もう、訳が分かりませんよ」
男爵がうんざりした様子で自分の顔を両手で覆うと、
「だけどこれだけは言えるんだ」
ばあさんはニンマリと笑いながら言い出した。
「ケティル・サンドヴィクはグアラテム王の遺産が地下道だとは理解していなかった。踊り子のサファイアは地下道のことをガマガエル男には話していなかったようなんだ」
ケティル・サンドヴィクは北の民族に拉致されてしまったのだが、どれだけ彼を拷問したのだろうかとオリヴェルがぼんやり考えていると、
「とりあえず生きている」
と、ヨアキムが言い出した。
「生きている状態で回収はしている」
オリヴェルは大きなため息を吐き出した。それは長くて途切れることのないため息だったので、同席していたルオッカ男爵は生唾をごくりと呑み込んだ。
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