閑話 ロニアの冒険譚 (62)
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ロニアの父であるトーマス・ルオッカ男爵は、頬骨から下が焦茶色の髭で覆われていて、背も高く、貫禄を備えた鋭い眼差しの男なのだが、
「トーマス君、今度のカステヘルミの結婚式だけど、君の娘は連れて来ない方が良いと思うよ」
一ヶ月ほど前に、男爵に向かってカルコスキ伯爵が言い出したのだった。
気が強くて有名なトルステンソン侯爵家の令嬢を妻として娶った伯爵はとにかく柔和で、何でも受け入れてくれるような懐の深さを持っている。伯爵は人の良さが滲み出ている顔に憂いを滲ませながら言い出した。
「きっとね、ロニア嬢が結婚式に参加をしたら、ロニア嬢も結婚したかったんだ〜と王家が言い出して、即座に結婚相手を見繕って目の前に持って来ると思うんだよ」
夏が短く冬が長いラハティ王国は効率を重視するお国柄なのだが、効率を重視するからこそ、有能な人間であれば子供だろうが女性だろうが、どんどんと起用していくのが王家のやり口でもある。
カステヘルミとロニアが生まれた年は『豊作の年』とも言われ、驚くほどに優秀な女児が次から次へと誕生した。女性だろうが、子供だろうが、老人だろうが何だろうが、使えるものは何でも使うのがラハティ王国のポリシーでもあるので、優秀な女性政治家、優秀な女性科学者、優秀な女性経営者が多いのも王国の特徴の一つだろう。
カステヘルミもロニアも帝国と王国を行き来していたこともあり、カルコスキ伯爵家とルオッカ男爵家は互いに協力態勢をとっていた。
だからこそ父親同士も仲が良いし、忖度なく話が出来るのだが、
「王家を甘く見てはいけないよ」
カルコスキ伯爵は首をふりふり言い出した。
「効率重視の王家だよ?」
「効率重視?」
「そう、効率重視だよ。一石で二鳥も三鳥も狙うのが王家のやり方だろう?」
優秀な人間であれば、子供のうちから他国で学ばせることを推奨する。子供の柔軟性と吸収力を見込んでのことであり、王国内では学びきれないものを外国で学んで自国に取り入れたいと考える。それが女性であれば、才能を開花させたところですぐさま結婚相手を見繕う。
恋仲である相手がラハティ人であれば、身分に関係なくその結婚を応援するし、目ぼしい相手がいない場合は即座に王家が斡旋をする。鉄の天才と呼ばれるイザベル嬢が護衛と恋仲になった時には、その護衛に爵位を与えた上で結婚をさせたのは有名な話だ。他国に流れないようにする為にラハティ王家は何でもやるし、だからこそ優秀なカステヘルミには公爵家の次男があてがわれたのだと思っていたのだが・・
「うちのカステヘルミは鉄道事業を問題なく進めるための政略結婚と世間一般では言われているが、王家はラウタヴァーラ公爵家にうちの娘を投じることで、腐り切った膿を吐き出せようと考えているのだよ」
「腐り切った膿って・・相手はラウタヴァーラ公爵家ですよねえ?」
今回、鉄道の終着駅を勝ち取ったラウタヴァーラは資産も豊富だし、息子たちも優秀だし、二人とも容姿が優れていると評判だし、これから鉄道事業でガッポガッポ儲けるのは目に見えているしで、優良物件中の優良物件をあてがわれたと思うのだが、
「君は結婚式に来るだろう?」
伯爵はうんざりした様子で言い出したのだ。
「結婚式に参加をすれば君ならすぐに理解するだろう」
話題に上がったカステヘルミ嬢の結婚式なのだが、本当の本当に酷いものだった。
新婦のカステヘルミはお古のウェディングドレスを着ているし、新郎新婦は目も合わさないとか、新郎はとにかく心ここに在らずとか・・
「「「やっぱりオリヴェル様はユリアナ様と結婚したかったのよ!」」」
と、公爵家に連なる令嬢たちが命知らずの恐ろしいことを言っているのだが、とりあえず披露宴まで参加をした男爵は、
「公爵家の癌はパウラ夫人とその養い子なのだな」
と、ワインを片手に呟くことになったのだ。
パウラ夫人とラハティ王家の仲がすでに断絶しているというのは有名な話ではあるものの、国家をあげて鉄道事業を進めていく中でいつまでも断絶したままではいられない。
王家が爆弾投下の意味で、公爵家の次男とカステヘルミを結婚させたのは間違いない事実のようだし、
「うちのロニアも、こういった使われ方をされてしまう可能性があるのか・・」
と、考えたところで、男爵は心の奥底からゾーッとしたのだった。
パウラ夫人の養い子であるユリアナ嬢の振る舞いがあまりにも無礼であったし、自分の娘も同然と考えているカステヘルミが公爵家から完全に無視されている状況に憤りを感じていた男爵は、カステヘルミの親族が退席するのと同じタイミングで披露宴会場を後にすることになったのだが、
「「「本当に信じられない!」」」
「「「公爵家は一体どうなっているのかしら!」」」
「「「あのユリアナっていう女は一体なんなの?自分こそ花嫁なんだ、本当はオリヴェル様と結婚するのは自分だったんだみたいな顔で隣に寄り添い続けて、挨拶回りに花嫁じゃなく養い子を同道させているあの人たちのやり口は一体なんなの!」」」
というマダムたちの怒りに、
「本当にそうですよねー!信じられませんよ!カステヘルミ様は決してあんな扱いを受けて良いよう貴婦人ではないのに!公爵家のやり方は本当に信じられないものでしたよー!」
男爵も乗っかってしまったので文句と不満に花が咲き、自宅に帰るのがすっかり遅くなってしまったのだ。
大切な親友でもあるカステヘルミの結婚式ということもあって、ロニアも参加をしようかどうするかを最後まで悩んでいたのだが、つくづく参加をしなくて良かったものだ。結婚式には新郎の友人知人も参加をしているようだったのだが、その中の誰かをロニアの夫として見繕われて、ラウタヴァーラ公爵家と縁続きになってしまったら目も当てられない。
とにかく、今日の結婚式で分かったのは、ラウタヴァーラ公爵家の異常性と、公爵夫人の言うことなら何でも聞いてしまう公爵本人と、二人の息子たちの危うさだ。
「ウタヴァーラ公爵家には関わりたくない、関わりたくない。絶対に関わらないようにしなければ・・」
そんなことを男爵が考えていると、
「旦那様!」
画廊経営を手伝う年老いたカレヴィが真っ青な顔で男爵を出迎えたのだ。
何故、画廊にいるはずのカレヴィが屋敷に居るのかといえば、
「お嬢様が『聖なる大地』と『神に祈る手』他、上物と思われる贋作五点を持ち出しました!」
「ハアー〜」
男爵は大きなため息を吐き出した。
贋作を見抜き続けるロニアは、皇帝陛下の好意で贋作を譲り受けることになり、その結果、ルオッカ家の倉庫には贋作が山積み状態となっている。これを何とか処分したいと考えたロニアが、今日はカステヘルミの結婚式で男爵は不在となるので、まずは上物から売却しようと企んだのかもしれない。
「それで?贋作は何処に持って行ったんだ?」
「ティール・ギャラリーです」
テイール・ギャラリーといえば、オムクスのスパイが経営をしている画廊の名前だ。
「敵の中に潜入させるためにエギルを利用させて欲しいとは言われていたが、何でエギルが通っているギャラリーにロニアが贋作を持って行っているんだ?」
「旦那様・・それが王家の意向だったからでございます」
「王家だって?」
カレヴィから話を聞いたルオッカ男爵は崩れ落ちるようにその場でしゃがみ込んだ。
「「「お父様!結婚式どうだった〜?」」」
「「「お父様!お土産!お土産!お土産はどこ〜」」」
子沢山の男爵は五人の子供たちに囲まれながら、お菓子は何処だ、引き出物は何処だ、お土産はなんだと言われながら、娘の安否を思って目の前が真っ暗になっているうちに、男爵の家を訪れた軍部の男が、
「男爵の御令嬢が敵国のスパイに捕まったようです!」
と、幼い兄弟が居るのも構わずに、大声で告げて来たのだった。
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