閑話 ロニアの冒険譚 (61)
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オリヴェル・ラウタヴァーラは、ロニアの鋭い発言に心抉られ、自分の思い通りにはならない今の状況に怒り心頭となりながら車を降りて行ってしまったのだが、オリヴェルは早々にこの場から退散をして良かったのかもしれない。
幸いなことにロニア・ルオッカ嬢はカステヘルミの夫となったオリヴェルのことを知らなかったようで、今日行われた結婚式の花婿が助手席に座っていた男と結びつくようなことはなかったようだ。
花婿が花嫁を放置して現場に到着している事実を彼女が知れば、
「はあ?カステヘルミ様からクソみたいなクズ男だとは聞いていましたけれど、何の偽りもなく本当のことだったみたいですわね!」
と、何の忖度もなくズバッと言い出すに違いない。
貴族の令嬢とは、親や家族に守られて大事に育てられるものだから世間知らずな箱入り娘であることが多く、軍人が前に出て来ただけで顔を真っ青にしながら失神寸前となることも多いのだが、
『あなた方は本気で敵のスパイを捕まえる気があったのでしょうか?』
ということを、言葉にはせずに血走った目で訴えてくるような令嬢なのだ。
流石は八歳の時に国王陛下に見出されることになり、祖父や父親について帝国と王国を行き来しながら絵画の鑑定に情熱を傾けて来ただけはある。帝国や諸外国の商人との交渉に令嬢自らが前へ出て行うことは聞いていたのだが、ここまで破天荒な令嬢だとは思いもしなかったのだ。
見た目は平凡な容姿をしているというのに、何をやらかすか分からない恐ろしさが全身から滲み出ている男爵令嬢は、
「オムクスのスパイの幹部で、ケティル・サンドヴィクというガマガエル男が居たのですけど、その人、我が王国で車を乗り回しておりましたのよ?」
容赦無く爆弾を投下していったのだ。
「我が国で車を乗り回せるのは、王家か、軍部か、高位の貴族のみと判断していたのですけど、そんな中で敵国の幹部が乗り回しているのですもの!」
ロニアは嘲笑うように言い出した。
「我が国はいつの間にか敵国の支配下になっていたということでしょうか?」
上司は車から飛び出して行ってしまったが、運転席に残った自分までもが飛び出して行くわけには行かない。オリヴェルの直属の部下であるベンジャミンは、
「むぐぐぐぐっ」
と、唸り声をあげたのだが、次の言葉が出てこない。
現在、スパイの幹部が乗り回していた車を誰が斡旋したのか調べ上げているところではあるのだが、ラハティ人の誰かがスパイに渡したというのは紛れもない事実なのだ。
「ご令嬢の仰るとおりです」
家では嫁と姑に頭が上がらないベンジャミンは、意気軒昂すぎる男爵令嬢を相手に、即座に白旗を上げることにした。
「我々が素早く対処をしていれば、ご令嬢が誘拐されるようなこともありませんでしたし、敵のアジトに連れ込まれることもなかったでしょう。決してご令嬢の不名誉な噂が流れるようなことはしないと約束させて頂きます!」
ベンジャミンは運転席で深く頭を下げながら、
「ですが、我々にも事情というものがあったのです!」
恨みがましい声で言い出した。
確かに、オリヴェルが言う通りに大佐が殺害された時点で、結婚式は中止にするべきだったのだ。あの時に強行する方へ舵切りをしたからこそ、全てがおかしな方向に進んでしまったのだ。
すると、ロニアははっきりキッパリと言い出した。
「それではカステヘルミ様を結婚するまで放置したというのも、我々の事情というものなのですか?」
普通、敵のスパイに捕えられていたのなら、失神して目を覚さないくらいのダメージを受けているはずなのに、ロニア・ルオッカ令嬢はベンジャミン相手にグイグイと前に出て来る。
「本日、このような事態になったのも、カステヘルミ様の結婚を軽視しているから。我々民間人がスパイを摘発するために協力しているという事実を軽視しているから、こんなことになったのではございませんか?」
グイーッと痛いところを突かれたベンジャミンが二の句も出ずに黙り込むと、ロニアは大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「私はカステヘルミ様から、自分の結婚式には来なくて良いと言われていたんです」
ベンジャミンはその先の言葉を聞きたいとは思わなかったのだが、ロニアは構わず言い出した。
「私とカステヘルミ様は王国と帝国を行き来する中で友情を深めたのですが、私もカステヘルミ様も皇帝陛下の覚えもめでたく、皇家からは好意を持って接して頂いておりますの」
ベンジャミンはその先を聞きたくはないと思いながらも、黙って拝聴し続けることに決めた。
「そんなカステヘルミ様を帝国に取られては堪らないと考えたラハティ王家は、公爵家とカステヘルミ様との縁談を組んだ訳ですが、カステヘルミ様は私に忠告をされたのです。万が一にも自分の結婚式に私が参加をすれば、王家は碌でもない男を即座に私に当てがうだろうって。結婚前に挨拶にも来ないクズ男をカステヘルミ様の花婿に選んだラハティ王家は見る目がないし、私の伴侶として選ぶ男もきっと碌でもない男だろうから、絶対に気をつけろってカステヘルミ様は仰いましたのよ!」
そのクズ男は自分の結婚式で花嫁を放置し続けた挙句、親族一同が会する晩餐会に花嫁一人を置いて現場に出て来ているのだが、
「「クズ男かあ〜・・」」
思わず、同じ言葉を同時に吐き出したベンジャミンとオルヴォは項垂れたのだ。
誰が悪いって、オリヴェル・ラウタヴァーラだけが悪いわけでは決してない。ラウタヴァーラ中尉に丸投げをしたアドルフ殿下が悪いのか?それとも、可愛い年下のお姉さんたちに夢中になってしまった上層部に属する軍人のおじさんたちが悪いのか?
「オリヴェル様はそれほど悪い人ではないんです」
ロニア嬢が居なくなったと耳にするなり、急遽、現場へと向かうことを決意したオリヴェルは、決して薄情な人ではないのだが、
「情報部の人たちも居たはずですよね?彼らが私たちを見守ってくれるっていう話を聞いてはいたんですけど、結局、見守るだけだったってことですか?私がとっても大変な目に遭っていたというのに彼らは一体何をやっていたんですか?」
ロニアの鋭いツッコミを受けて、ベンジャミンは黙り込む。
本日、オリヴェルの花嫁となったカステヘルミ嬢はロニア嬢の友人だというし、二人とも国王陛下に認められて帝国と王国を行き来する、王家が決して手放したくはないと考えるような才媛なのだが、
「類は友を呼ぶって良く言うよなあ・・」
ベンジャミンの胸に大きな不安が渦となって広がっていく。
普通の令嬢であれば、スパイに拉致された時点で失神すると思うし、解放された直後に軍人相手に文句のオンパレードとはならないだろう。
口が達者すぎるロニア嬢を見て、ベンジャミンは思うのだ。
「カステヘルミ様もこの目の前の令嬢と同類だったらどうしよう」
普通の令嬢であれば・・公爵家の次男と結婚出来るという事実に浮かれて喜び、淑女に鼻血を噴かせるほど美丈夫すぎるオリヴェルの顔さえ見れば、
「私は大丈夫です!」
と言って何でも許してくれるのだろうが、もしもカステヘルミ嬢がロニア嬢と同類だとするのなら、この後、大変なことになるのではないだろうか?
コンッコンッコンッ
車の窓ガラスをノックされたベンジャミンが視線を上げると、ルオッカ男爵がこちらの方を覗き込んでいることに気が付いた。敵国のスパイに令嬢が攫われたと聞いて慌ててここまで迎えに来たのだろうが、
「うちの娘が、何故、敵国のスパイのアジトに居るのでしょうか?」
ルオッカ男爵の顔は怖かった、笑顔だというのに、まるで悪魔のような黒いオーラが溢れ出している。
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