閑話 ロニアの冒険譚 (59)
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シグリーズルばあさんが火薬を使って倉庫の壁に大穴を開けたお陰で、煉瓦の破片が飛び散り、もうもうとした煙が倉庫中に広がっているような状態だった。
煙の中から現れたばあさんは、ロニアの顔をべろりと舐めたケティル・サンドヴィクを連れて再び煙の中へと消えてしまったのだが、残されたロニアは問答無用で担ぎ上げられながら、倉庫の中を飛ぶように移動をしていく。
荷物のように肩に担がれたまま移動することになったロニアは、
「キャーッ!嫌よ!嫌!離して!離して!離して!」
と、叫んでいる間に倉庫の外へと飛び出し、
「揺れる!揺れる!気持ち悪い!気持ち悪い!」
男の肩の上に自分のお腹がなん度もバウンドするため、吐き気が込み上げて来た。
倉庫の前には車が停車されているようで、その後部座席へ放り込まれたロニアは、
「キャアッ!」
強かに頭を打ち付けたものの、彼女はここまで、ばあさんから手渡された銃をしっかりと持ち続けて来たのだ。
ロニアを車に押し込めたのがオムクスのスパイであるグスタフ・レミングだったら、ここで銃口を突きつけて脅すしかない。本物のスパイ相手に小娘であるロニアが脅せるかどうかは分からないけれど、やるだけやってみなければ己の破滅へと繋がることになる。
ロニアはミーハー気分でスパイがどんなものかとちょっと見てみたかっただけで、スパイ相手に命のやり取りまでしたいとは思ってはいなかった。想像もしていなかった展開が続き過ぎて、何度も心臓が口から飛び出しそうになっていたのだが、
「その場で止まりなさい!」
拳銃を構えたロニアは、自分を後部座席に放り込んだ男に向かって言い出した。
「本気で撃つわよ!私は本気よ!」
ロニアを車の後部座席に放り込んだ男は車の外に立っているような状態だったため、胸から上を見ることが出来ない。
ラハティ王国で走る車は全て輸入車であり、王家の許しがなければ購入することが出来ないことから、王家や軍部、高位の貴族のみが利用している超高級品となるのだが、その車をスパイのケティル・サンドヴィクが乗り回していたことからも分かる通り、自分が放り込まれることになったこの車だって、誰が所有しているのか分かったものではない。
運転席や助手席には誰も居ない状態で、ロニアはここまで自分を運んで来た男に向かって拳銃を構え続けていたのだが、
「ロニア、拳銃なんて危ないからこっちに渡してくれ!」
車のドアから中を覗き込んだオルヴォが、驚き慌てた様子でロニアに手を差し伸べたのだった。
「お・・お・・オルヴォなの?」
緊張が一気に解けた所為で、ロニアの頬を涙がこぼれ落ちた。
「ああ、俺だよ」
オルヴォは拳銃を取り上げると、震えるロニアを引き寄せるようにして抱き締めた。
「オルヴォ!オルヴォ!私は呼んだのよ!オルヴォに助けてって叫んだのよ!」
「ごめん、ごめん。助けに来るのが遅過ぎた」
「遅いにも程があるわよ!本当の本当に!大変なことになるところだったんだから!」
オルヴォの腕の中でロニアがわんわん泣いていると、やがて、車の運転席と助手席に軍部の人間と思しき男たちが乗り込んで来たのだ。
助手席に座り込んだ男は、泣いているロニアを見ると、
「御令嬢、何故、勝手な行動に出たんだ?」
と、非難がましい声で言い出した。
運転席に座ったのがベンジャミン・ラシムス、助手席に座ったのが今回の事件の総責任者にもなるオリヴェル・ラウタヴァーラ中尉だったのだが、
「ふざけたことを言わないでくれます〜?」
二人が誰かを知らないロニアの血管が、プツンと音を立てて切れたのだ。
「本日、うちが後援をしている画家がオムクスのスパイの幹部と顔合わせをするという話を聞いて、軍部に協力をするのは良いけれど彼が無事で居られるのか我々は心配をしていたのです。そうしましたら、突然、うちの画廊からオムクスの貴族向けに絵画を用意しろという話になったではないですか?」
真っ赤な顔で怒りを露わにしたロニアは、ギロリと前に居る男たちを睨みながら言い出した。
「絵画の保証は王太子殿下がしてくれるという話でしたよね?であるのなら当家としても、オムクス人が納得いく作品を用意しなければならないのです。取引相手が作品の素晴らしさを十分に理解するにはこちらの手助けが必要となるのは想像できますわよね?」
ロニアの瞳は怒りのあまりギラギラと輝き出すほどだった。
「貴方たちはルオッカ家に対して、オムクスが渇望するような絵画を用意しろとおっしゃりました。ですから私は画家と同道をして、敵のスパイが運営するギャラリーへと絵画を持って行ったのです!」
ロニアのあまりの剣幕に車内の男たちは呆然としていたのだが、ロニアは構わず言い続けた。
「私だって今日がラウタヴァーラ公爵家の結婚式だって知っていますよ!あの美しくって素晴らしい!才知溢れるカステヘルミ様の結婚式なのですから!私だって彼女の結婚式の邪魔をするつもりはありませんよ!ですがね!今回の軍部のやり方はあまりにも酷いんじゃないですか?」
公爵家の結婚式にトラブルがあったということで、オムクスのスパイの摘発に割り当てられた人員が次から次へと公爵家の結婚式に当てられることになったのは勿論のこと、
「上司に報告に行ったまま全くオルヴォが帰って来ないんですもの!きっとオルヴォも上司の結婚式の護衛要員として連れて行かれたんだろうなって思うじゃないですか!」
激昂したロニアは、自分の歯をギリギリ鳴らしながら言い出した。
「公爵家の結婚式!王命によって決まった結婚式!だというのに、新郎は結婚前に花嫁に一度として挨拶にも行っていない!完全に形ばかり、体裁だけを整えただけの結婚式に、次から次へと人員を補充されて行ったんです!ただ、ただ、オムクスのスパイを捕まえるために巻き込まれた私と画家は、どうすれば良かったんですか?敵のスパイは今すぐ重要な幹部に会わせてやると言い出しているのですよ?」
八歳の時に絵画の目利きとして王家に見出されることになったロニアは、海千山千の経験を持つバイヤーたちと直接交渉をしてきた経験と誇りがあるのだ。
「結婚式を執り行う時点でオムクスのスパイ摘発を取りやめるなり、結婚式を延期するなりすれば良かったじゃないですか!そういったことが何故!出来なかったのですか?」
時には帝国の皇帝相手に物申すこともあるロニアは、何の忖度もせずに言い出した。
「一つ、お尋ねしたいのですけれど、貴方たち軍部は、本気でオムクスのスパイを捕まえる気があるのですか?ないですよね?だって、スパイとの交渉はどんどん進んで行くというのに軍部の人間が誰一人そば近くに居なかったですものね?」
交渉中には、相手の痛いところを突いていくのがロニアの得意技でもあるのだが、
「途中からの私たちに対する放置具合があまりにも酷くって・・」
ロニアは鼻で笑いながら言い出した。
「国王陛下の御為にも、私が本気になってやらなくちゃスパイの一人も捕まえられないんじゃないかって?本気で思うような事態でしたもの!」
そこで助手席に座っていたオリヴェル・ラウタヴァーラは車の扉を開けると、車の外に飛び出し、後ろ手にバンッと思いっきり閉めたのだ。
後部座席に座っていたロニアは思わずため息を吐き出した。
とりあえず、この中で一番偉そうな人間を外に追い出すことは出来たらしい。
今現在、ロニアは抱えている秘密が大き過ぎて、自分だけでは判断がつかないような状況に陥っている。
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