閑話 ロニアの冒険譚 (55)
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マドックス・パニュは約二百年前に活躍をした天才画家である。宮廷画家の父を持ちウルヴァン大公の庇護を受けた、雄大な人間性を表現することに取り組んだプランナ主義の先駆者として高く評価されている人物でもある。
中央国家の一つでもあるウルヴァン公国の姫君を母に持つイブリナ帝国の皇帝は、公国を中心に発展した古典文化を学び直し、現代に取り入れようと働きかけているのだが、マドックス・パニュの作品については特別な感情を抱いているというのは有名な話だった。
皇帝が気に入る作品は誰もが欲するところでもあり、マドックス・パニュの作品は特別視されることになったのだ。ラハティ王国でも天才画家が描いた絵画を手に入れるために、グアラテム王の子孫が記したされる石板を何枚も皇帝陛下に献上しているほどなのだ。
誰もが喉から手が出るほど欲するマドックス・パニュの作品に幾ら出すのかと問われたケティル・サンドヴィクは、
「ゲコ!ゲコ!ゲコ!ゴホゴホッ・・ゴホッ」
と、途中で咳こみながら喉を詰まらせ、
「ゲコ、ゲコ、とにかくご令嬢、中に入ってお茶でも飲みませんか?」
と、言い出した。
八歳の時に目利きとして見出されることになったロニアは、絵画の売買に携わってきた経験と誇りがあるので、
「我がラハティ王国の国王陛下も手に入れるのに苦労をすることになった作品も、私ならオムクスの国王陛下のために用意することも可能です」
まずは初手で完全なるハッタリをかますことにしたのだが、そんな話をロニアがするとは思いもしなかったおじさんたちも、ここまでロニアを連れて来たティール・シハヌークも、目を白黒させながらその場で黙り込むことを決めたようだ。
倉庫の中は意外なほど何も置かれていないような状態であり、中央に近い場所にソファやテーブルなどの応接セットが設えてあった。ソファに座ったロニアは、目の前に座るガマガエルのような顔を見上げると、
「マドックス・パニュの真作、どれだけの金額を用意出来そうかしら?」
と、畳み掛けるようにして問いかけた。
パニュの絵画は誰もが手に入れたい一枚でもあるし、たとえそれが贋作であったとしても、
「もしかしたら本物かもしれないから・・」
と言って買ってしまう貴族は山のようにいる。
まずは自分が主導権を握るために、秘密の倉庫へと連れて来られたロニアは大博打を売ったのだが、
「うーん・・絵画も良いんだが・・」
ケティルは葉巻に火をつけながら、
「我々は、グアラテム王の遺産が欲しいのだよ」
ロニアの後ろに立つ、北の民族の男たちを見上げながら言い出したのだ。
「イブリナ帝国の皇帝陛下は、大陸統一を唯一果たしたグアラテム王の大ファンだというのは周知の事実だとは思うのだが、そのグアラテム王の子孫が北の民族だということを帝国の学者が発表した」
ケティルは葉巻の煙を吐き出しながら、でっぷりとした腹を揺するようにして言い出した。
「ラハティの王都にはグアラテム王の遺産が隠されているというのだろう?是非とも手に入れたいと我々は考えているのだが?北の民族の男たちよ、どうか私に売ってはくれないだろうか?」
「「「「「えーっと?」」」」」
誰もが欲しがるマドックス・パニュの絵画をチラつかせたというのに、ガマガエルのような顔の男ケティルはそんな物よりもグアラテム王の遺産を手に入れたいと言う。
絵画については膨大な情報が頭の中に入っているし、山積みの贋作が現在、男爵家の倉庫に眠っている。これらを使って話の主導権を握ろうと考えていたロニアは、
「グアラテム王の遺産ですって?」
思わずポカーンと口を開けてしまったのだった。
流石は歴戦のスパイ、年若いロニアの思惑にも乗らずに話の主導権をあっさりと勝ち取ることに成功をしているのだが、
「グアラテム王の遺産?」
聞いたこともない単語が出て来たため、ロニアは顔をくちゃくちゃにしながら考え込んでしまったのだ。
「グアラテム王は随分昔の人ですし、子孫に残したとなると金塊とか?そういった物になるのでしょうか?」
「うちの人間で踊り子をしていたサファイアという娘がいたんだがね」
ケティルはずいっと前に乗り出すようにして言い出した。
「その娘が言うには、グアラテム王の遺産はラハティの王都に必ずあるし、もしもそれが手に入れられたら、ラハティを転覆させることも可能だと言うんだよ」
踊り子のサファイアと言えば、画家のセヴェリが夢中になっていた女性である。
「それが金なのか何なのかは分からないが、肝心のサファイアが殺されて、瓶詰めにされて、劇場近くのアパートの地下から発見されることになったからね」
ケティルが葉巻の煙を吐き出したので、
「石板ですかね?」
と、ロニアはとぼけながら言い出した。
「数年前に、王宮の敷地内にある教会の地下から多数の石板が発見されました。これこそがグアラテム王の子孫と言われる人々が作成した物であり、皇帝陛下との取引にも利用されることになった物になるのですけど、そのことを言われているのでは?」
「そう言い出す者も居たから、石板を幾つか盗み出させてみたんだがね」
ケティルは納得いかない様子で言い出した。
「皇帝相手になら売り捌くことも出来そうだが、それ以外だったらゴミクズ同然の代物だったな」
「そんなこともないと思うんですけど〜」
歴史学者だって飛び上がって喜ぶ代物だと言えるだろう。
王宮では石板を解読するために特別チームを編成しているし、石板は厳重に保管をされているはずだったのだが、そのうちの数枚を紛失していることが判明をして大騒ぎになっていたのをロニアは知っている。
「もしかして、王宮に保管されている石板を盗み出したのは貴方だったのですか?」
真犯人がこんな場所に居たとは、事実は小説よりも奇なりを実践しているのではないだろうか?
ケティルは愉快にゲコゲコ笑うと、
「ラハティ人が今も昔も間抜けなのは変わらぬことでもあるのさ」
と言って、拳銃をホルスターから引き抜いた。
「それで、ルオッカ男爵のお嬢ちゃん。君はグアラテム王の遺産が何なのか、その賢い頭をフル回転させれば、何となくでも察することが出来るのかな?」
そう言った後に、ロニアの後ろに立つ北の民族の男たちに銃口を向けながら、
「お前たちはその遺産というものが何なのか分かるのか?もしもそれが金だったら、お前たちの生活もそこまで困窮しているはずもないから、金ではなく別の物ということになるのかな?」
と、問いかける。
グアラテム王の遺産。
正確に言うのなら、グアラテム王の子孫が作り出した遺産と言った方が良いのかもしれない。今日までロニアもそんな物があることを知らなかったし、シグリーズルばあさんが案内をしてくれなければ実際に歩くこともなかっただろう。
「踊り子サファイアって、セヴェリの恋人だったものねえ・・」
画家のセヴェリはシグリーズルのアパートの隣にアトリエを構えている。シグリーズルの家の向かい側にある小さな倉庫は秘密の地下道への出入り口にもなっているから、セヴェリのアパートを出入りしていたサファイアは、偶然、秘密の地下道への入り口を知ることになったのかもしれない。
地下道はアリの巣と言われるほど王都の地下に広がっているらしいから、万が一にもオムクスのスパイが知ることにでもなれば、あらゆる場所で爆弾テロが企てられるに違いない。隣国オムクスはラハティ王国がとにもかくにも大嫌いだし、ラハティ王国を転覆出来るのなら何でもやってやろうと考えるような国なのだから。
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