閑話 ロニアの冒険譚 ㊾
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エギルのアトリエに置かれたゆり椅子の下には小さな引き戸が付いていて、これを開いてみると深い穴が現れた。薄暗い縦穴にはハシゴがかけられており、
「我ら北の民族が大陸を唯一統一をしたというグアラテム王の子孫だというのは知っているとは思うのだが」
シグリーズル婆さんはハシゴに足をかけながら言い出した。
「これは我々の先祖が地下に作り出した『アリの巣』に通じる抜け穴の一つなんだよ」
「えーっと・・」
ロニアはスルスルとハシゴを器用に降りていくシグリーズルばあさんを見下ろしながら言い出した。
「数年前に王宮にある教会の地下から多くの石板が発見されましたけど、あれと同じように石板が地下に山積みされているということでしょうか?」
「あああ、違う、違う」
地下に到着した様子のシグリーズルが上に向かって言い出した。
「それでだね、ロニアのお嬢様、私と一緒に行くのか行かないのか?」
「ああ!行きます!行きます!」
「行きますって、本当に行くんですか?」
ギョッとした様子で問いかけて来たエギルを見上げながら、
「そりゃあ行くわよ!」
ロニアは興奮しながら言い出した。
「私たちの王都に知らぬ間にこんな抜け道があったのよ?これをグアラテム王の子孫たちが作り出したというのも興味深いし、何よりこの展開よ!」
推理小説が大好きなロニアは好奇心が勝り過ぎて、本物のスパイとやらを見物に行ってしまうほどなのだ。今日はスパイだけでなく、ギャングの抗争シーンで出て来るような抜け穴らしきものまで出て来てしまったのだ。
「行かないわけにはいかないでしょう!」
この好奇心と探究心があるからこそ、皇帝にも認められるほどの鑑定士にロニアが成長をしたことは理解できるけれど、
「なんでオルヴォさんは帰って来ないのかなあ?」
さっきからエギルはオルヴォの帰還を待ち侘びているのだが、ちっともオルヴォは帰って来ない。
エギルのアトリエは外から監視をされているので、エギルだけアトリエに残り、シグリーズルばあさんとロニアは地下道へと移動をすることになったのだが、
「エギルの家と私の家は、この地下道で繋がっているんだよ」
と、カンテラに明かりを灯しながらばあさんは言い出した。
「ここのアパートには抜け穴が三つあってね、それぞれが別の場所に繋がっているんだよ」
「んまあっ!スペクタクル!」
なんだか秘密の匂いがプンプンする地下道なのだが、
「おばさま、そんな事実を私に教えても問題ないのですか?」
少しだけ不安になったロニアが問いかけると、背が低いシグリーズルは胸を張って言い出した。
「ルオッカ家だけは特別だから、お嬢様に言っても何の問題もないのさ」
「え?我が家だけ?」
「ああ、我らはルオッカ男爵家には大きな恩があるんだよ」
ロニアの曽祖父の時代、先祖が作り出した抜け道が縦横に繋がる地区をルオッカ家が購入をして、
「歴史的文化遺産になるのは間違いないから、現状維持のまま保存をしよう」
と、言い出した。地下道が繋がるのは王都の郊外に位置するため、ルオッカ男爵が土地を購入していっても何かを疑われることはなかったし、
「君たち北の民族の先祖が作り出した遺産なのだから、これらの保護を君たちに手伝って貰いたい」
王都で迫害される北の民族に対してルオッカは安全地帯を用意してくれたのだ。
「お嬢様のお父上やお祖父様はもちろん知っているし、今でも我らに管理を任せてくれる。だからこそ、我ら北の民族はルオッカ家には頭が上がらないのだよ」
「んまあ!」
絵画の目利きで国王陛下に重用されるようになったルオッカ家だけれど、元々は貿易で儲けていたような家である。郊外に幾つか土地を持っているし、その一つがエギルやセヴェリのような画家が住み暮らす下町の区画であり、ルオッカ家が芸術家相手にアパートを安く貸し出すことから、芸術家の町と呼ばれるまでに変化したのだ。
「まさかその地下に道があるとは思いもしませんでしたけど・・」
手で掘って作ったようにも見える地下道は、二人程度なら並んで歩ける程度の幅がある。
「帝国にある地下墓地に少し似ているような・・」
「あちらは墓地だが、こちらは敵の襲撃に備えて作られたものだからね」
「どれだけ地下道があるかは分かりませんけど、本当にしっかりとした作りですわね」
真四角状に作られた通路は何処かが崩れているわけでもなく、途中、途中で酸欠にならないように空気穴まで設けられていた。
「そりゃあ、大陸を唯一統一したグアラテム王の子孫たちが作り出したものだからね」
シグリーズルばあさんはため息を吐き出しながら言い出した。
「過去の為政者が巨大な建造物を作って己の権力を誇示するのと同じように、グアラテム王も各所に神殿を建てるようなことをしていたし、そんな王様の下で働いていたような民族なのだから、これくらいの通路を作るのは至極簡単なことだったんだろう」
途中の分かれ道で右へと進んだシグリーズルは、突き当たりに置かれたハシゴを登りだす。ハシゴを登った先はアパートの倉庫の中であり、倉庫の扉を開けた向かい側の部屋がシグリーズルが住むアパートメントだ。
相変わらずシグリーズルばあさんのアパートの天井にはポプリがぶら下がり、北の民族の伝統的刺繍が施されたパッチワークが部屋のあちこちに飾られている。物語に出てくる小人が住み暮らすような可愛らしい部屋には、人相が悪い男たちが八人ほど集まっており、
「ナヌーク(熊)は結局、何人用意出来るって?」
ばあさんの質問に熊のような大男のヨウンおじさんが、
「今すぐにということだったら十二人だよ」
と、答えている。
男たちはばあさんのアパートのリビングに敷かれていたウィルトン織のカーペットをはがすと、隠されていた地下の収納庫から幾つもの木箱を取り出した。緑にペイントされたシードルの木箱を男たちが無造作に開けているのだが、その箱の中身を見てロニアはめまいを起こしそうになっていた。
「あの、おばさま?」
「なんだい?」
「それは・・一体・・何なのでしょうか?」
男たちが木箱から取り出している物を指差しながら問いかけると、
「ああ、ウィットエイト製だね」
シグリーズルばあさんは男から箱の中身を受け取りながら、
「ウィットエイト製の管打式小型リボルバー銃、ロニアお嬢様も持って行ったらいいよ」
近所で買ったシナモンロールを渡すような気軽さで、リボルバーを一丁、シグリーズルばあさんはロニアに渡して来たのだった。
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