閑話 ロニアの冒険譚 ㊼
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男爵令嬢であるロニア・ルオッカが外に出る時には、憲兵隊に務める幼馴染のオルヴォ・マネキンが護衛の役につくのはお約束のことだった。
「近々、ロニアが帝国から戻って来ることになるのだが、王都に居る間の移動には・・」
「自分がついて歩きますよ!」
ロニア護衛と一緒に歩けるようにする為にも、日頃から先輩方々に代わって仕事をすることも多かったのだ。憲兵隊の上司もそこの所は十分に理解をしているので、
「そうか、ルオッカ令嬢に付き添うのであれば、警邏の仕事からは外れても構わない」
と、言ってくれるのだった。
ロニア・ルオッカは常識では測れないほどの観察力と洞察力を秘めた女性である。目利きの力を使って爵位を勝ち取ったと言われるルオッカ男爵家の令嬢だからこそと言っても良いのだろう。
ロニアが本物と言えば本物、偽物と言えば偽物。今のところ外したことがないというその能力を、帝国の皇帝ですら高く評価している。
イブリナ帝国の皇帝陛下は、
「ラハティ王国には鉄の天才と呼ばれるイザベルも居るし、絵画の目利きで一番と呼ばれるロニア・ルオッカ嬢もいる。どちらも年若い女性ということになるが、なんでラハティ王国には特別な才能を持つ者が現れるのだろうか?」
と、疑問に思っているのだが、
「ラハティ王国は冬は長いし、夏は短い国で、生活するには厳しい環境ですし、効率的に動かなければ生きるのもままならないような国なのです。男だから、女だから。貴族だから、平民だからといって区別している余裕はなく、能力があれば誰でも活躍し、のし上がれるようにしているのです。ですから、自然と有能な者たちが王都に集まり、頭角を現していくのだと思うのです」
と、ラハティ王国の国王が言うのだが、皇帝のモヤモヤは大きくなるばかりなのだ。
国が安定していけばいくほど、ある一定の者たちが地位や権力を獲得したままの状態となり決してその手からは離そうとはしない。国が安定している期間が長くなるほど、そういった輩が増えることになり、新しい力を踏み潰すことにばかり終始する。
イブリナ帝国の皇帝が文芸復興に力を入れているのも、ある程度の地位を獲得した貴族たちの腹から溜め込んだ金を吐き出させるためであり、新しい芸術、新しい文化を広げていく中で、新しい事業に対しても金を投じるような土壌作りをしたかったからなのだ。
イブリナ帝国でラハティ王国のやり方を踏襲し、女だろうが平民だろうが関係なく、その才に価値を見出せばすぐさま採用をし、己の利益となるように皇帝自らが動いていったとしたら、即座に争いが巻き起こり、既得権益を守りたいという人々によって若き才能は即座に潰されることになるだろう。
ラハティ王国ではそうならないのは、彼の国の環境が厳しいからだ。北の果てにあるような国で、効率的に何事も考えていかなければ先行きは暗いことになるだろう。血筋云々は確かに自分の今ある地位を維持するためにも大事なことではあるが、生きて行くためにはもっと大切なものが他にある。それが何かというのなら、金、金、金、まずは金がなければ始まらない。
王国が大金を獲得して国として繁栄していくのであれば、女でも子供でも、平民でも年寄りでも、誰でも良いからどうぞ活躍してくれという土壌が、ラハティ王国にはあるのだろう。
他国であれば僅か八歳の子供が贋作を見抜いたと言ったって、
「ああ、そうですか。それは凄いね〜」
という話で終わるところを、
「え?それじゃあ、王宮にも贋作とか紛れ込んでいるかもしれないから、時間がある時に連れて来てくれない?」
と、言い出すのがラハティの王家であり、
「ええ〜?本当に贋作が紛れていたの〜?それが君に分かっちゃったの〜?それはもう凄い才能だから!王家で資金なんかは負担をするから一旦、帝国まで行って本物という本物をその目で見て頭の中に刻みこんで来てよ〜!」
と、八歳の女の子に言ってしまうのがラハティの王家なのだ。
八歳の時点で贋作を見抜いた時から、ロニア・ルオッカの後ろ盾はラハティ王家が勤めているのだが、帝国だって、周辺諸国の王侯貴族だって、ロニア・ルオッカを手に入れたかったのだ。王侯貴族だけでなく裏社会の悪い人々の中にも、稀有なる才能を持つロニアを欲する者は山ほどいる。
ロニア・ルオッカを他には奪われたくないラハティ王家は、彼女を学芸員として王宮内で働かせるようにしているし、外に出る時には必ず護衛をつけるようにとルオッカ男爵に命じている。
そんなロニアの護衛を買って出ているのが幼馴染のオルヴォ・マネキンなのだが、
「おばさま、オルヴォが帰って来ません!」
画家のエギル・コウマルクルのアトリエで、誰をオムクスのスパイとの顔合わせに使おうかと考えあぐねているシグリーズルばあさんに対して、
「いつまで待ってもまだ帰って来ないなんて!何でオルヴォは帰って来ないのかしら!」
と、ロニアが慌てながら声を上げていると、
「オルヴォはこのまま帰って来ないのかもしれないねえ」
シグリーズルばあさんは胸の前で腕を組み、しわしわの口をモゴモゴさせながら言い出した。
「オルヴォが帰らない?」
そんなことがある訳がない。
「ええ?本当にオルヴォは帰って来ないのでしょうか?」
オルヴォは絶対に帰って来ると思っているのに、不安が大きく膨らんでいく。
「だって今日はラウタヴァーラ公爵家の結婚式だったし、あちらの方には偉い貴族の方々が集まるだろう?そちらの方に人手を割かれているのは間違いない状態だし、こっちの状況を報告したところで、人手不足だからこちらを手伝えということになってしまったのかもしれないしねえ」
シグリーズルばあさんは、しわしわの口をムニュムニュ動かしながら言い出した。
「そもそもあの兄さんは、ロニアお嬢様が前に出て行くのが気に食わないようだったし」
小心者の画家のエギルに代わってスパイ相手にロニアが交渉をしていたことに驚いていたし、この後のスパイの幹部との交渉にもロニアが率先して前に出ていくと言い出した時にも、絶対に納得していないような表情を浮かべていたのだ。
「えええ?それじゃあ、気に食わないから職場に戻ってしまったのかしら?」
愕然とするロニアの顔を見上げたシグリーズルばあさんは、そうじゃないだろうとは思ったものの、
「さあねえ、ラハティ人の男の中には女が前に出るのが気に食わないという男も多いのは確かな話だからねえ」
と、とぼけた様子で言い出した。
憲兵隊に所属するオルヴォがロニアに対して好意を抱いているのは誰もが知っていることなのだが、肝心のロニアが鈍感すぎて全く気が付いていない状態なのだ。
人手不足が理由でロニアが画廊まで絵画を運ぶことを許してしまったオルヴォだが、ロニアが想像以上に踏み込んだやり取りを敵国のスパイ相手にしていることに仰天をしていたし、早急に愛する人を撤退させるために裏で動いているのに違いないのだが、
「ラハティ人の男は仕事が第一で出来ているから」
ゆり椅子に腰掛けたシグリーズルばあさんは、ゆらゆらと椅子の上で揺られながら、
「このまま帰って来ないんじゃないのかねえ」
と、意地悪なことを言っていると、
「確かに・・カステヘルミ様の結婚式だもの・・そっちの方が重要と言えば重要よね・・」
頭を抱えたロニアがブツブツと独り言を言っている。
「いや、そんなことはないと思うんですが・・」
シグリーズルばあさんは余計なことを言い出しそうになっている画家のエギルをひと睨みした後に、
「スパイと顔合わせをしても問題ない強面の奴らを集めようとしているんだが、取りやめにした方が良いってことなのかねえ」
シグリーズルが悩ましげな声でそんなことを言うと、
「おばさま!これは敵国に贋作を売り飛ばす大チャンスなのですわよ!」
拳を握ったロニアが鼻息も荒く言い出したのだった。
「我が家に今、どれだけの贋作が倉庫に眠っていると思いますの?それを一掃セールするチャンスが転がっているというのに!指を咥えて見逃している暇なんかありませんわよ!」
「そうだよねえ」
シグリーズルばあさんはニンマリと笑うと、
「一掃セールのチャンスを見逃している場合じゃないよねえ?」
と言って、ゆり椅子から立ち上がったのだった。
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