閑話 ロニアの冒険譚 ㊹
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帝国を中心にして文芸復興の波が大陸中に広がりだし、二百年前に全盛期を迎えた神秘主義の絵画から人間中心主義へ。巨匠と呼ばれる人々が過去に作り出した絵画から現代絵画に至るまで、多くの貴族がこぞって大金を投じるようになったのだ。
大陸の北端に位置するラハティ王国でも流行に乗り遅れまいと考えて、王家が中心となってこれはと思うような絵画を何点も購入することになったのだが、
「お祖父様、これは贋作です」
「これも贋作ですね」
「ああ、これも贋作ですわね」
と、当時八歳だったロニア・ルオッカ令嬢が、鋭い洞察力や観察力を使って贋作を見つけ出して行ったのだ。
「我々王家が購入を決めたところでこのような事態となってしまうのだ。流行に倣って多くの貴族が帝国絵画の購入に走れば、どれほどの偽物を掴まされ、どれほどの被害が出ることになるだろうか・・」
と、言い出したのがラハティ王国の国王陛下だ。
「君でも騙されるほどの精密な贋作が出回っているとは由々しき事態だと言えるだろう」
この時点でルオッカ男爵は大いに面目を潰すことになったのだが、
「お言葉ですが陛下、私が思うにですよ?」
ロニアの祖父は冷や汗を拭き拭き言い出した。
「現在、贋作ビジネスは金を産む卵と言っても良いような状況なのです。とりあえずは帝国絵画の仕入れは王家の独占とする形とし、購入する作品についてはロニアに逐一、確認させるように致しましょう」
こうして、ラハティ王国では帝国絵画は王家の許可がなければ売買出来ない状態になったのだ。
贋作は本物と違って何枚も作り出すことが出来る上、大陸の辺境と呼ばれるような国々ではそれが仮に偽物であったとしても、喜んで大金を投じることがままある。
贋作ビジネスは金になる。そんなことは絵画についてはズブのど素人であるオリヴェルだって知っていることなのだが、
「わざわざ敵国オムクスに贋作を売りつけに行くのか・・」
オリヴェルは軽いめまいを再び感じた。
「とにかく晩餐会をやっている暇がないようだ」
ロニア嬢やシグリーズル女史を放置していたら何が起こるか分からない。
これは自分が現場で指揮をしなければまずいだろうと考えたオリヴェルは、とりあえず家族の元へ一旦戻ることにしたのだが、
「まあ!晩餐会を中止にするですって?それは無理よお〜!」
オリヴェルの母はコロコロと笑いながら言い出した。
「あちらの親族は一通り帰ってしまったのだけれど、うちの親族は一通り残っているのだもの。普通、聖堂で結婚式を挙げた後に招待客を招いて披露宴を行い、披露宴を終わった後には改めて親族一同に挨拶をするために晩餐会を開くわけでしょう?」
パウラ夫人はふっくらした頬を緩めてニコニコ笑いながらオリヴェルを見上げる。
「それでは・・俺は花嫁と共に親族に対して挨拶だけでもして、途中で席を外すことになると思うのですが・・」
オリヴェルは悩ましげな表情を浮かべながら執事のグレンの方を見ると、グレンはグレンで何か物言いたげな表情を浮かべながら、口髭の下に隠れた口をモゴモゴ動かしている。
本来なら披露宴は花嫁と共に挨拶回りをするはずなのに、途中で部下からの報告が入ったり、馬鹿なユリアナが碌でもないことをやらかしたりで、花嫁は放置されたままの状態となっていたのだ。
せめて晩餐会では夫婦揃って挨拶だけでもしなければならないのだが、
「中尉!敵に動きがありました!」
部下の一人が慌てた様子で公爵邸の応接室に飛び込んで来たのだ。
オルヴォ・マネキンからスパイであるグスタフ・レミングの話を聞いたオリヴェルは、すぐさま人を派遣することにしたのだが、どうやら監視対象となったグスタフに動きがあったらしい。
披露宴や晩餐会を取り仕切るのは公爵夫人の役割となるため、オリヴェルは応接室で話し合いをしていたところ、執事のグレンが瞳を伏せながら言い出した。
「カステヘルミ様ですが、体調が優れないようで本日の晩餐会は欠席するとのことでございます」
花嫁が晩餐会を辞退、これもまた前代未聞の状況だと言えるだろう。
「オリヴェル、何も気にせずに行ってらっしゃい」
するとパウラ夫人は憤慨するわけでもなく、胸を張るようにして言い出した。
「カステヘルミ様も軍人の妻となったのだから、夫が急に出掛けることになったとしても十分に理解してくれるでしょう」
すると、パウラ夫人の隣に立っていたユリアナが興奮した様子で口を開いた。
「そうよ! そうよ! カステヘルミ様は私が寂しくならないように気を遣うから! オリヴェルお兄様は心配せずに出掛けて来てちょうだい!」
ユリアナはそう言った後にオリヴェルの耳元に囁くようにして、
「お兄様みたいなイケメンと結婚出来て、カステヘルミ様は幸せいっぱいみたいだもの! ちょっとくらい仕事で抜けたって、お兄様のことをうっとりと思い描きながら待っていてくれるわよ!」
と、言った後、
「私、オリヴェルお兄様にとっても迷惑をおかけしたでしょう?」
しおらしく瞳を伏せた後に、懇願するように言い出した。
「ですから、少しでも恩返ししたいと思います!」
「・・・・」
無言となりながらも、オリヴェルの頭の中には無数の考えがくるくると回転するようにして回っていく。確かにユリアナがオリヴェルに迷惑をかけたのは間違いない。
リンデレフ大佐の孫にちょっかいを出し、挙句の果てには結婚式が始まる直前に大佐に呼び出されて説教を受け、危うく大佐を殺害した犯人として捕まるところだったのだ。公爵家に泥を塗るところだったユリアナは殊勝な態度を見せているが、彼女がオリヴェルの結婚式を引っ掻き回したのは事実だ。彼女がオリヴェルに対して恩返しをしたって何の問題もないだろう!
結婚式だというのにまともに一緒に居ることも出来なかった花嫁は体調が優れない。今は無理させずに、ゆっくりと休んで貰った方が良いだろう。
こんな酷い結婚式はオリヴェルにとっても初めてのことだし、結局軍部の仕事が絡んでいる所為でこんな結果になってしまったのだ。
後日、花嫁とは話し合いの場を設けることにして、結婚式や披露宴については改めてやり直しても良いのかもしれない。
本来、結婚式や披露宴は一度きりと決まってはいるものの、女性とは自分が主役となる結婚式なら何度でもやってみたいと思うらしい。違う男と連続してするわけではなく、オリヴェルと別日にもう一度ということになるのだから、世間的にも認められるのではないだろうか?
そもそも女性という女性がラウタヴァーラの息子たちと結婚したいと望んでいるし、結婚さえ出来れば多少の事には目を瞑るのは当たり前のようなところがあるのだから、今、訪れている危機的状況についても説明をすれば、何とか挽回出来るかもしれないし!
「オリヴェル様!このまま移動してしまえば、花嫁は放置、晩餐会にも顔を出さないことになりますけど、本当に大丈夫なんですか!」
公爵邸から移動をする際、部下のベンジャミンが心底心配そうに言い出したのだが、
「母上が大丈夫だと言うのだから大丈夫なんだろう」
と、オリヴェルは投げやりに答えた。ここまで来ると、人間は諦念に至るらしい。
「ああ〜・・それ・・ヤバくないですか〜・・」
車を運転し始めたベンジャミンが声をあげたのだが、オリヴェルは完全に無視をすることにした。
ベンジャミンは経験しているから知っている。
姑が言う大丈夫は大丈夫ではない。それが嫁いで来た嫁が絡んだ案件だとしたら、ほぼ百パーセント大丈夫ではないということを知っている。
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