閑話 ロニアの冒険譚 ㊳
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贋作が横行するのは、結局のところ金になるからだ。
「考えてもみなさいよ?これらの作品を本物として売り払った末に得られる金額と、偽物だと言って売って得られた金額の差がどれほどのものになるのかを。帝国の路地で売られるお土産程度の作品を売り捌いていた貴方だって、すぐに想像がつくと思うのだけれど?」
ロニアの言葉にティール・シハヌークは生唾をごくりと呑み込んだ。
「しかもこの贋作はそんじょそこらの贋作とは格が違うのよ。ここにある『聖なる大地』は天才贋作画家と言われるピエール・ヴァディムが作り出した世界で三つだけある贋作のうちの一つだし『神に祈る手』は、作りが精巧すぎて何年も本物と間違われたままラハティの王宮に飾られていたものなのよ?」
ロニアの言葉にティール・シハヌークは、ごくり、ごくりと生唾を二度呑み込んだ。
「ちなみに『神に祈る手』は小都市の一年分の収益額と同等の額で取引されるのだけれど、これが偽物だと判明した場合の値段となれば・・」
その金額の差にシハヌークが軽い目眩を起こしていると、
「本物ってことでオムクスの貴族に売り捌くことが出来れば、貴方の懐には一体どれくらいのお金が入り込むことになるのかしら?」
駄目押しの一撃を受けて、シハヌークは頭を抱えて項垂れた。
「大陸の北端に位置するラハティやオムクスの貴族が、どれだけ帝国のことを理解しているのか分かる?」
船を使って移動をすれば時間を短縮出来るものの、結局、陸路にしろ、航路にしろ、帝国までの道中には金と時間がかかるものなのだ。
憧れの帝国へ訪れることが出来るほど裕福であり、時間にもゆとりがある貴族などそれほど多くないというのが両国の実情であり、憧ればかりが大きくなるからこそ詐欺事件が驚くほど横行するようなご時世なのだ。
「オムクスの貴族なんかに本物の絵画かどうかの真偽を測れるわけがないの。それにこの絵画はルオッカ男爵が経営する画廊から持ち出された物なのよ?誰だって本物だろうと考えるでしょうよ?」
自分の髪の毛をバリバリと掻き毟ったシハヌークは、虚な眼差しでロニアを見上げながら問いかけた。
「本当に偽物だってことが分からないほどの逸品なんですよね?」
「それはそうよ!」
ロニアは胸を張って答えた後に、
「だけど、これらを本物として売り捌くのなら、貴方はそのことを自分の胸にだけ留めなさい」
ロニアは真剣な眼差しとなって言い出した。
「これが偽物だってことは誰にも言わないの。それこそ貴方の上司や、愛する家族にすら言っては駄目よ。貴方はエギル・コウマルクルが持ってきたこの絵画が本物だと信じて受け取った、貴方は最初からこれを本物だと思っているのよ」
人の口には戸は立てられぬとはよく言ったもので、一番重要だと思うことは親兄弟、職場の上司に対しても言ってはならないということはシハヌークも十分に理解している。
帝国の大富豪が購入した『聖なる大地』が実は偽物であり、本物はここにあるのだと言ったならば、オムクス本国の偉い人たちはよだれを垂らして喜ぶのに違いない。絵については全く理解出来ないシハヌークだが、これが金になる事業だというのはよく分かる。
帝国の富豪が偽物を掴まされている間に本物が遥か遠くにある北の国オムクスに到着したのだというエピソードが伝われば、多くの貴族が我先に手に入れようとするだろう。
それなりの金が手に入るだろうし、シハヌークの評価は上がるだろう。上層部の覚えもめでたいことになるだろうが、
「本当にバレないんですよね?」
シハヌークに小声で問いかけられたロニアは、意地の悪い笑みを浮かべながら、
「貴方が下手な欲さえかかなければ、かなりの金額を儲けられることになるわよ」
と、言い出したのだった。
ラハティの王都にギャラリーを開くことになった時に、
「画家のセヴェリっていう奴を使えば良いわよ!あいつ、私に夢中過ぎて私の言うことだったら何でも良く聞くから、何枚でも帝国画家が描いたみたいな絵?みたいなものを描いてくれるわよ!」
と、言い出したのが踊り子のサファイアであり、その言葉を信じてセヴェリを取り込んだものの、彼は自画像しかまともに描けない使えない画家だったのだ。
そのセヴェリが紹介して来たのが北の民族出身の画家エギル・コウマルクルであり、そのエギルが連れて来たのがロニア・ルオッカ令嬢ということになるのだが、
「御令嬢、正直に言ってください」
ティール・シハヌークは真面目な顔で問いかけた。
「どうして貴方は隣国オムクスに贋作を売り飛ばそうとしているのですか?」
シアヌークはどうしても避けては通れない疑問を直球で投げつけることにしたのだが、
「え?だって、オムクスの貴族に絵画の良し悪しなんて分かるわけがないじゃない?」
と、ロニアは真面目な顔で言い出した。
「帝国からの絵画の輸入は、我が国では王族が独占しているような状況なのよ」
それは絵画に不案内なシハヌークだって知っているのだが、
「王族が独占しているような状況で、我がルオッカ男爵家が贋作を取り扱ったら信用が丸潰れになるでしょう?」
ロニアが言うには、今現在、ラハティの王家は自分の好みの絵画を予め取り分けて置いた上で、残った絵画を購入する権利を高位身分の貴族たちに分け与えているような状態なのだ。
「今現在、我が家が自由に帝国由来の絵画を売買出来ない状態なの。だというのに、流れ込んできた贋作の在庫や、王家に持っていくほどではない絵画が在庫となって積み上がっているのだもの。だったら他のところに売買する手はないかって考えちゃうものじゃないかしら?」
「あー、そうですね。確かにそうなるかもー」
「絵画については不勉強で、帝国への憧れがとっても強い。そんなオムクスの貴族相手に横流しするのは我が家の利益となるわけで・・」
「あー、そうですね。確かにそうですよねー」
オムクス人はティール・シハヌークと同程度にしか絵画のことは分からない。だからこそ杜撰なやり方でラハティにギャラリーをオープンしているし、帝国人が帝国の絵画を売れば信ぴょう性が上がるんだから、それで良いだろうと言い出してしまうのだ。
であるのなら、帝国出身の自分がオムクスの貴族相手に帝国絵画を売り捌けば、オムクスの貴族は喜んで飛びつくのに違いない。
上官のように売り出す絵画は自前で用意しろなどという無茶振りをされるわけでもなく、売る商品はルオッカ男爵家が用意してくれると言うのなら、
「もちろん、分け前の利率も相談しなくちゃならないけどね?」
にこりと笑うロニアに向かって、笑顔でシハヌークは何度も頷いた。
「ええ、それはもちろん、絵画を用意してくださるのなら当たり前の話ですし」
シハヌークは揉み手をしながら言い出した。
「ロニアお嬢様、お紅茶はやはり帝国産のものが宜しいでしょうか?」
「あらまあ!もちろん帝国産を用意してちょうだい!」
意気揚々とロニアは応接用のソファに座ったのだが、その姿を眺めていたエギル・コウマルクルは激しく痛む自分の胃を鎮痛な表情を浮かべながら押さえたのだった。
今日はスパイの幹部との顔合わせということで、夜も満足に眠れぬまま朝を迎えることになったのだが、そこで突然言われたのが幹部に見せる為の絵画を二十点用意しろという要求だったのだ。慌てたエギルはロニアの元まで相談をしに行ったまでは良いものの、エギルが全く想像もしなかった方向に事態は進み始めている。
殺人事件も頻発するサスペンスとなります。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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