閑話 ロニアの冒険譚 ㊱
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子沢山のルオッカ男爵家の娘であるロニアが画廊の仕事に携わるようになったのは、絵画についてちょっとした情報から重要な情報まで、事細かく覚える才能があったからだ。
「おじいさま、先ほど仕入れたこの絵だけれど贋作だと思うわ!」
と、ロニアが絵画を指さしたのが八歳の時のことだった。
精緻に作られた贋作は、目利きと言われる祖父の目をも騙せるほどの代物だったのだが、
「この画家は晩年に愛人と一緒にミコノラ島へ旅行に行っているんだけど、この絵はそこで描いたと言われる絵になるの。後から愛人との旅行がバレて、奥さんに大きく傷つけられることになったのがこの絵なんだけど、その傷痕が残るのはキャンパスの左下ではなく、右下よ?」
画家というものは大概、モデルとの痴情のもつれや、浮気やら、横恋慕やら、様々な問題が浮上してくる生き物なのだが、晩年になると大概、自分の子供ほどの年齢の女性を溺愛してしまうものなのだ。
この絵を描いた有名画家も結局浮気が正妻にばれて離婚してしまうのだ。その正妻が付けた傷は巧妙に隠されてはいるものの、誰もが知っているようなネタでもある。
「え?傷が残っているのは別の場所だったっけ?」
「そうよ!それも画家自らが修復しているからとっても分かりづらいの!遂に正妻の堪忍袋の緒がきれたという激アツエピソード付きの絵だから、何処の贋作画家もわざと傷痕を残そうとしちゃうのよね!」
実際に傷痕が残る場所は左下ではなく右下であり、
「それにこの場所を見て!微妙にタッチが違うでしょう?この画家はこの碧を描き出す時にこんな筆使いはしないのよ!」
と、ロニアは胸を張って言い出した。この時、ロニアはわずか八歳だったのだ。
画家という生き物は、女性をモデルにして絵画を描くことが非常に多い。貴族相手では宗教画と風景画ばかりが売れていくラハティの画壇であっても、
「貴女の美しい姿を私のキャンパスに是非とも残したいんだ!」
と、言われてしまえばコロリと転がされてしまう。そんな女性はいつの時代でも山のように居るものなのだ。
画家の私生活を追っているだけで破廉恥な話題が山ほど降ってくるようなこの業界に、どっぷりと浸かってしまったロニア・ルオッカ嬢が、
「是非とも、君の力を王宮でも発揮して欲しい!」
と、言われることになったのは、ラハティの王宮に飾られる絵画が偽物に入れ替えられるという事件が発覚した時のことだった。
祖父と共に王宮に上がったロニアが本物と贋作の入れ替えに気がつくことになったのだが、王宮で働く使用人の一人が小さな絵だったら問題にもならないだろうと考えて、贋作と入れ替えて本物を持ち出していたのだ。
その小さな絵が小都市の一年分の収益額と同じ金額になるとは考えもしなかった使用人は驚くほどの安値で売り払っているのだが、後にこのことが皮切りとなって他国の犯罪組織が一つ潰されることになったのだ。
帝国を中心に文芸の復興に力を入れるようになり、周辺諸国も帝国に習って文化運動に力を入れていく中で、一流と呼ばれる人々に認められた絵画は驚くほどの高値で取引されるようになっていく。
絵画が活発に取引されるようになるからこそ本物が盗み出される事件が頻発し、それに追随するように多くの贋作が出回るようになっていく。
特にラハティ王国のような大陸の北端に位置する国であれば、中央大陸や帝国周辺の諸国から馬鹿にされることも多くなり、自然と贋作が流れ込んで来ることにもなるのだが、
「シハヌークさん?エギルから今までのことは話に聞きましたけれど、画家のセヴェリに贋作作成を依頼するなんてお門違いにも程がありますし、画家なら誰でも似たような絵を作れるだろうと考えていること自体が烏滸がましいですわよ」
絵画五点を梱包してティール・ギャラリーへとやって来たロニアは、オーナ相手に激怒をしていた。
「今まで様々な贋作を見てきたけれど、貴方が作り出そうとしているのは帝国の路上で販売しているお土産屋程度のレベルでしかないわ!いや、それ以下かもしれないわよね!だというのにそんな物を使って荒稼ぎをしようだなんて!呆れちゃうにも程がありますわよ!」
本日、オムクスのスパイの幹部との顔合わせをする前にオムクスの貴族が泣いて喜びそうな絵画を二十点用意しろという無茶振りをされることになった画家のエギルは、早速、ロニア・ルオッカに相談をして自分の絵画をまずは十点用意したのだが、
「お嬢様!お願いだから落ち着いて!落ち着いて!」
オムクスのスパイが経営するギャラリーに到着するなりロニアがブチギレし始めたため、見かけは盗賊、心は子うさぎ状態のエギルは紙よりも白い顔色となって止めに入ったのだが、
「うるっさいわよ!あんたは黙ってなさい!」
怒り心頭のロニアに怒られることになったのだった。
結局、夕刻までに用意出来たのが、エギルが用意した失敗作と、ロニアが自分の画廊から持ち出した五点ということになるのだが、二人を迎え入れたティール・シハヌークはロニアの怒りに動じる様子もなく、
「ですがね、レディ?ラハティの貴族は帝国絵画に強い憧れを持っているのもまた事実なんですよ。帝国の絵画なのだとこちらが言えば、いくらでもお金を払ってくれるんですよ」
そう言って肩をすくめて見せると、ロニアはつくづくと呆れ果てた声を上げたのだった。
「あらまあ、呆れちゃうわね〜」
ロニアはかぶっていた帽子を外しながら言い出した。
「貴族を相手にして贋作を取り扱うというのなら覚悟を持っておやりなさいよ。こんな素人みたいなやり方をしていて、恥ずかしいとは思わないのかしら?」
そこで振り返ったロニアは、エギルに合図を送る。
「贋作を使って商売をすると言うのなら、これくらいの物を用意出来なければプロとは到底言えないわよ!」
エギルが梱包を外してシハヌークの目の前まで持って来たのは、帝国の南方に浮かぶミコノラ島の住民を明確な輪郭で描いた大胆な構図の鮮やかな絵画であり、
「聖なる大地、画家ジャメル・ピコリの作品・・・」
そう呟いたシハヌークは生唾を呑み込んだ。
ロニアは驚きを隠そうともしないシハヌークを見上げながら、
「の、贋作よ?」
と、ニコリと笑って言い出した。
かつて、目利きとして有名な祖父が摑まされた偽物であり、贋作の天才と呼ばれるようになったピエール・ヴァディムの作品となる。
「僕は聖なる大地を皇室のギャラリーで拝見したことがありますし、富豪のサレー・アルハムダンが皇帝から買い取ったという噂を聞いてはおりましたが、その聖なる大地の贋作がこれですか?」
「ちなみにアルハムダンが所有しているのも贋作よ?」
ロニアはティール・シハヌークを見上げると、
「本物の聖なる大地は、皇帝陛下が所有しているのよ」
人が悪そうな笑みを浮かべたのだった。
殺人事件も頻発するサスペンスとなります。日にちが空いてしまってすみません!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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