閑話 ロニアの冒険譚 ㉟
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「グスタフさん、どうでした?悲劇の花嫁は気丈に振る舞っているようでしたけど、まさか自分の結婚式がこんな扱われ方をするだなんて思いもしなかったんじゃないですか?」
侍従のアロルドに問いかけられたグスタフは、
「王命で決まった結婚式ではあるが、御令嬢は離婚をする気満々のようだなあ」
半ば呆れたような声を上げながら、颯爽と立ち去るカステヘルミの背中を見つめ続けていたのだった。
ラウタヴァーラ公爵家の兄弟はその顔立ちが美しいということでも有名なのだが、結婚をしないということでも有名で、公爵家の子息を結婚相手として狙っていた多くの令嬢たちが、涙を呑んで他の男性との結婚を決めていったという歴史がある。
そんなラウタヴァーラ公爵家の次男が王命によって遂に結婚をすることになったのだ。お相手はカステヘルミ・カルコスキ伯爵令嬢であり、帝国にカステヘルミを取られまいと考える王家の苦肉の策だというのが良く分かる。
後継者争いを避けるために成人になる前から軍部に所属したオリヴェルは、滅多に社交に顔を出さないということでも有名だ。そんなオリヴェルが参加をした舞踏会では、彼の顔立ちの美しさと凛々しい立ち姿に興奮した令嬢の何人かが鼻血を噴き出して倒れたという話もあるほどで、淑女に鼻血を噴かせるほどの顔とはどんな顔なのだと面白いおかしく語られながら、噂はあっという間に駆け巡ることになったのだ。
世間一般の令嬢であればあっという間に夢中になってしまうオリヴェルに対して、どうやらカステヘルミは顔だけで惚れるということにはならなかったようだ。
ラウタヴァーラ公爵家の子息と結婚が出来るのならどんなことだって我慢をするし、妻となれるのであればどんなことでも許してしまうとみんながみんな言い出す中で、
「ハンッ」
花嫁そっちのけで挨拶にまわる自分の夫の姿を遠目に見て、鼻で笑っているカステヘルミの姿をこっそりと確認をしたグスタフは呟いた。
「悲劇の花嫁に付け入る隙はないようだな」
先ほど、帝国式の拒絶反応を喰らうことになったグスタフは、どうも自分は異様なほどの警戒感をカステヘルミに持たれているということに気が付いた。警戒をされているのであれば、無理に接触を試みる必要はない。
「我々が取り込むのはカステヘルミ嬢ではなく、養い子の方にしよう」
「そうですね、その方が良いように僕も思います」
ユリアナが公爵家の問題児であることは間違いない。今もラハティ一の女たらしとして有名なミカエル・グドナソンに腕を回して、しなだれ掛かるようにして笑みを浮かべているのだ。
さっきまで花婿であるオリヴェル・ラウタヴァーラの隣で自分こそが花嫁なのだというような表情を浮かべていたというのに、ちょっと毛色が違う美丈夫を見つけただけで飛びつくように自分の居る場所を変えてしまう。
「グスタフさんがピンクの令嬢のお相手をされますか?」
侍従のアロルドの言葉に、
「暇であればそうしたんだがなあ〜」
と、グスタフは残念そうな声をあげる。
鼻っ柱が空に浮かぶ雲を突き抜ける形で伸びているような女がグスタフは好きだ。そんな女を夢中にさせた上で洗脳するように依存させ、最後には破滅へと追いやっていくことがグスタフの喜びでもあるのだが、そんな暇が今のグスタフには欠片もない。
「そろそろ帝国から開発されたばかりの爆薬が運ばれてくる予定だからな。とても、とても、バカな女を相手にしている暇がないんだよ」
「それじゃあヘンリックの奴を使いますか?奴は最近、王都の郵便局に採用されましたから、そっちの方面から仕掛けていきましょうか?」
「そうだな、ヘンリックを使おうか」
ヘンリックは平民の中では飛び抜けて良く見える容姿をしているのだが、貴族の中に交じってしまえば埋もれてしまうという程度の男であり、郵便局内で情報を収集することを目的として潜入をしている。
「郵便配達にかこつけて令嬢を取り込むにはちょうど良いかもしれないな」
ユリアナが貴族、平民に関わらず、顔が良い男に目がないという話はすでに聞いているし、公爵邸に潜入させている侍女たちに格好良い郵便配達員がいるのだと大騒ぎをさせれば、すぐさま興味を持つに違いない。
「それじゃあそのように進めるとして、そろそろ移動をするか」
ペン型爆弾を会場で爆発させることは出来なかったが、王命で決まった結婚式が滅茶苦茶になっているということをこの目で確認出来たのだ。
「やはり、ラウタヴァーラ公爵家は面白いな」
「本当にそうですね」
仕事にかけては何の文句もない働きをする公爵家なのだが、そこに公爵夫人や養い子が絡んでくると、途端におかしなことになってくる。
その部分を気にして、才女としても有名なカステヘルミをラハティ王家は送り込んだのだろうが、初手からこんな状態なのだからうまくいくわけがない。
普段、公爵夫人もその養い子も、公爵邸の奥深くに隠されて、交流をするのも寄子となる貴族のみということになるので、二人がどういった人物であるのかということはあまり明らかにされていない状態だったのだが、
「公爵夫人もアホなら、その養い子も相当なアホだな」
というのが、グスタフ・レミングの意見だ。
プライドが山よりも高く、伸び切った鼻は空に浮かぶ雲を突き抜けていくくらいに高く、世界は自分を中心にして回っていると考えている女ほど、男にコロッと騙されやすい。付け入る隙が山のようにあるのは間違いなく、そこに活路を見出していくのがオムクスのスパイのやり方なのだ。
「確かラウタヴァーラ公爵家が所有している領地に飛地になっているものが国境沿いにあったと思うんだが」
グスタフの頭の中は、クルクルと回転していく。
「まずはその飛地を公爵夫人に売らせよう」
「どうやって売らせるんですか?」
「たとえば、あのピンクの頭の令嬢を妊娠させたとして・・」
今まで公爵家で隠して来た養い子は、この結婚式で公に顔を出したということになるし、花婿の愛しい思い人として招待客に強烈な印象を与えることになっただろう。
醜聞を嫌う貴族たちにとって、自分こそが女王だと勘違いしている令嬢は頭を悩ませる種にしかならないのだが、ラウタヴァーラ公爵家ではピンクの紙でラッピングされた、甘い甘いキャンディーみたいな存在になるのだろう。
「利用するだけ利用して、また捨てるつもりですね?」
非難するつもりではないその言葉を聞いて、グスタフは侍従のアロルドの額を指先で弾いた。
「お前も早いところ、使える上質の飴玉を沢山用意できるだけの技量を身につけて欲しいものなんだが」
「いや、僕には無理ですよ!」
平民色とも言われる栗色の髪に褐色の瞳のアロルドは、無害そのものの顔に笑みを浮かべながら胸を張って言い出した。
「お貴族様は無理ですけど、針子程度だったら何人でも転がせますけどね!」
今回、ラハティ王国に潜入をしたアロルドは、見た目も可愛らしい針子として働く女性相手に巧みに近づき、舌先三寸で丸め込むようにして借金を作らせて、身売りにまで持っていくという悪行をなん度も繰り返し行っている。
無害そのもの、誠実にしか見えない地味な容姿のアロルドは、オムクスの間諜としてそれなりの働きをしている男なのだ。
殺人事件も頻発するサスペンスとなります、最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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