閑話 ロニアの冒険譚 ㉞
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多忙な日々を送ってきたカステヘルミは今まで自分の結婚について、具体的に想像をしたこともなかったのだが、まさか、王命で決められた自分の結婚がここまで悲惨なものになるとは思いもしなかった。
結婚式当日まで花嫁のためにウェディングドレスすら用意されることはなく、結婚式当日に始めて顔を合わせた花婿はカステヘルミと視線を合わせようともしなかった。
視線を合わせないどころか、誓いのキスは唇に触れることもないまま終わらせ、肝心の披露宴パーティーでは花嫁そっちのけで家族と共に挨拶に回っているような状態なのだ。
本来であれば、どんなに仲が悪いカップルであっても揃って親族一同に挨拶をするものなのだろうが、カステヘルミの夫となった人物はそういう一般常識にも欠ける、物事の優先順位もきちんと考えられないような究極のアホなのだろう。
「「「どうせこの結婚はうまくいかない」」」
「「「今年中には離婚をするのじゃないかしら?」」」
有象無象の参加者が言う通り、近日中に離婚が成立しそうである。
「ハアー・・時間とお金の無駄使いだわ・・」
カステヘルミがため息を吐き出しながら豪華なパーティー会場を歩いている最中に、ある男を見つけて背筋に悪寒が走り抜けたのだった。
背中まで伸びる漆黒の髪を一つに束ねたその男は中央大陸の人間の特徴でもある、鼻が高くて彫りが深い顔立ちをしているのだが、パッと目を引くその容姿で招待客である令嬢たちの視線を集めていた。
「グスタフ・レミング・・なんであの男がこんな所にいるのかしら?」
カステヘルミはここ数年、帝国で活動をする実業家に投資をして周囲の人間が驚くほど儲けていた。失敗知らずのカステヘルミが大失敗をしたのがサーレム・バロシュ卿への投資であり、カステヘルミと同じように大損をしたのがグスタフ・レミングという男だった。
蒸気船の開発資金を募っていたバロシュ卿の活動は最初でこそ順調だったのだが、その後、バロシュ卿は結婚詐欺に引っかかり、開発資金まで持ち逃げされることになって破滅の道に進むことになったのだ。
「事業の失敗ではなく・・詐欺に引っ掛かったですって?」
当時、カステヘルミは怒り心頭となってバロシュ卿の家まで押しかけたのだが、その時に顔を合わせることになったのがグスタフ・レミングだったのだ。
結局、バロシュ卿に投資をした人間で集団訴訟を起こすことになり、バロシュ卿は手元に残った全てのものを売り払うことで『解決金』なるものを支払うことになったのだ。
もちろんその解決金が微々たるものであるのは間違いなく、カステヘルミも含めた投資家たちは泣き寝入りをすることになったのだが、
「カステヘルミ様、貴女様が投資されていた案件なのですが、グスタフ・レミングという男も絡んでいたというんでしょう?」
と、後日になって仲の良い帝国貴族が言い出した。
「グスタフ・レミングはアドレア公国の元貴族なだけあって巨額の資金を用意することで有名なんですけどね?」
カステヘルミの友人は人が悪そうな笑みを浮かべながら言い出した。
「彼が関わる案件は大概、途中で問題が生じるんですよ」
誰もがグスタフのことを悪い人ではないんだけど、と言いながら・・
「運がないのは間違いない」
「いつだって大損こいている」
「成功することもたまにあるみたいですけど」
「明らかに失敗する数の方が多いんですよ」
と、カステヘルミの知人、友人たちは言い出した。
投資家として活動を続けるカステヘルミはグスタフ・レミングという男を要注意人物として扱うことにしたのだが、そのグスタフ・レミングがカステヘルミの結婚式に参加をしているではないか。
「まあ!随分と珍しい方がいらっしゃること!」
カステヘルミは驚きを隠しもせずに、コロコロと楽しそうに笑いながらグスタフに声をかけた。
「没落したバロシュ卿をみんなで締め上げに行った日以来かしら?何でラハティ王国にいらっしゃるの?」
グスタフ・レミングは朗らかに笑いながら、
「ラハティ王国の鉄道事業に一枚噛むため、遠路はるばる帝国からやって来たのです」
そう言ってカステヘルミの手の甲にキスを落としたのだが、カステヘルミの頭の中では警鐘が激しく鳴り始めている。
鉄道事業に一枚噛むと言っているけれど、本気でグスタフはラハティの鉄道事業に出資するつもりなのだろうか?現在、ラハティ王国は隣国ルーレオからラウタヴァーラの港へ鉄道を通そうとしているところなのだが、この男を少しでも関わらせてしまえば、悪いことが起こる可能性が大きくなる。
みんながみんな『悪い人ではないんだけどね〜』と評価するグスタフの笑顔を見上げたカステヘルミは、話題をくるりと変えるようにして、
「ねえ、あの後はどう?少しでも資金は回収出来たの?」
と、探るように問いかける。
カステヘルミとグスタフは結婚詐欺に引っかかって巨額の資金を失くしてしまったバロシュ卿の被害者ということになるのだが、女性を魅了せずにはいられないエキゾチックなグスタフの顔を見上げているだけで、カステヘルミの冷や汗と胸の動悸が止まらない。
「バロシュ卿は所有する土地と建物を売り払って解決金として我々に渡して来たのが最後ですよ」
グスタフは残念そうに首を横に振りながら大きなため息を吐き出した。
「他の投資で大儲けをしているカステヘルミ様であれば大した損害にもならないでしょうが、私の方はそれはもう散々でした」
確かに、蒸気船の開発に可能性を見出したグスタフは、カステヘルミの数倍の資金を投入していたはずだが、幾ら損をしたとしても余裕を感じさせ続けるのがグスタフという男なのだ。つまりはこの男にとって投資とは単なる暇潰しに他ならず、大損をしようが、たまに儲けようが、そんなことはたいして大きな問題ではないのに違いない。
『いやー!こいつがラハティの鉄道事業に投資をするだなんて!絶対に駄目よー!』
心の中で叫び声を上げたカステヘルミはすかさず言い出した。
「鉄道なんかじゃなくて、絵画の投資なんてどうかしら?」
絵画の投資だったら失敗してもそれほどの損失金額にはならないし!失敗に失敗を重ねる貴方ならそれくらいのことから始めた方がいい!
カステヘルミの言葉にグスタフはにっこりと笑って言い出した。
「実は最近、画廊にも投資を始めたんですよ。ラハティの王都に帝国の銀行家が画廊を開くということで出資してくれないかと頼まれたんです。ほら、今のラハティの貴族は帝国の絵画なら喉から手が出るほど欲しがるでしょう?」
「まあ!画廊に出資されているの?私も友人家族が画廊を経営しておりまして」
ロニア・ルオッカの家が経営する画廊は、ラハティ王家から直接買い付けを頼まれるほどだということまでは言い出さなかったが、
『貴方が出資した画廊は近々潰れるでしょうし、絶対に貴方の出資する画廊に私は出資しません!』
という意思を込めてカステヘルミは瞳を細めた。
そんなカステヘルミを見下ろしたグスタフは、カステヘルミの手を握りながら言い出した。
「カステヘルミ様、もしかしてこの結婚に不満や憤りを感じているのではありませんか?もしもカステヘルミ様がお望みであるのなら、私の持つ最大限の力を使って貴女を救い出すことも出来ますが?」
『冗談でもそんな話は聞きたくない』そんな思いでカステヘルミはグスタフ・レミングを見上げると、完全なる拒絶を思わせるような鋼鉄の笑みを浮かべながら沈黙を貫いた。
帝国式に言うのなら、私は貴方のくだらない話に耳を傾ける気もおきませんというサインの一つとなるのだが『うわーっ、絶対にこの疫病神には関わりたくない〜!』と、心の中でカステヘルミは叫び声を上げていたのだった。
殺人事件も頻発するサスペンスとなります、最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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