閑話 ロニアの冒険譚 ㉙
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オルヴォがロニアの画廊に到着する少し前のこと。
フューゴ・リンデレフ大佐の死亡の事実をオリヴェル・ラウタヴァーラが知ったのは、今まさに、神の御前で夫婦の誓いをするという時のことだった。
『何故、今、この時に!そんなことを知らせるんだ!』
祭殿を支えるエンタシスという名の柱の影から大佐の死亡を紙に書いて知らせる部下のベンジャミンに向かって怒鳴りたい気持ちでいっぱいになったのだった。
だからこそ、オリヴェルは花嫁にキスをするのも忘れてしまったのだった。オリヴェルは花嫁に誓いのキスをしているつもりではあったのだが、彼の視線が祭殿の柱の影に集中してしまったため、花婿の唇が花嫁の唇に接触をすることもなく、残念なことにキスのふりだけで終わってしまったのだ。
そもそも、何故、今この時に大佐の死亡を知らせるんだ?
そういえばリンデレフ大佐は式の最後に軍部の代表として祝辞をあげる予定だったか?
だからこそ、至急知らせなければならないと考えたのか?
フューゴ・リンデレフ大佐は叩き上げの軍人であり、とっくに引退してもおかしくない年齢だというのに、
「このような事態を招いたのは誰の所為なのだ!腐った若造どもが!こんな状態で引退など考えていられるか!」
と言って、最近はずーっと怒り続けているような状態だったのだ。
軍部の人間が、敵国オムクスが用意した年齢も若い女性たちに夢中になり、ついうっかりと軍部の情報を寝物語として漏らしているということが明るみとなり、
「最近の若い者はどうなっているんだ!軍人としての規律や誇りは何処に行ったのだ!」
と言って大佐は激怒。
高潔なリンデレフ大佐があと二十歳若ければ、身辺が身綺麗だからという理由でオリヴェルが捜査の指揮を任されることもなかっただろうに、リンデレフ大佐が高齢すぎるが故に、アドルフ王子はオリヴェルのことを指名することになったのだ。
『だから!結婚式をあれほど延期にして欲しいと言ったんだ!』
リンデレフ大佐死亡の知らせを部下が掲げる紙で知って以降、オリヴェルの怒りは増幅するばかりだ。結婚式を延期していれば、こんな形で高齢の大佐が死んだことを知ることもなかっただろうし、大佐だって、部下の祝辞を上げられなかったことを苦にしながら死ぬこともなかっただろう。
高齢のリンデレフ大佐は辛いものと酒が好きだったから、心臓をやられたのか、脳の血管が切れたのか。大佐は高血圧だったしなあ。代理で祝辞をあげることになったアドルフ殿下の言葉なんか耳にも入らず、そんなことをオリヴェルがクルクル考えていると、ようやっと、聖殿での結婚の誓いの儀式は終了したらしい。
新郎と花嫁はここで別室に移動をして、化粧を直したり、軽く休憩を入れた後に披露宴会場へと移動することになるのだが、
「オリヴェル、落ち着いて聞いてくれ。ヒューゴ・リンデレフ大佐が殺されたんだ」
新郎の控室へと一緒に移動をしてきたアドルフ殿下が神妙な様子で言い出したのだ。
「大佐の遺体が祭殿裏の雑木林の中から発見されたんだ」
「心臓発作や脳血管疾患ではなく?」
「心臓をナイフでひと突きだそうだ」
「・・・」
新郎の控室にはアドルフ殿下の他には軍部の人間しか居なかったのだが、
「だから俺は、結婚式を延期にした方が良いと言いましたよね?」
オリヴェルの怒りは爆発寸前になっている。
「凶器となったナイフはそこら辺の金物屋で売っているようなものだったが、肋骨の間から直接心臓を貫くやり方はプロの仕業だと言えるだろう」
結婚式には参列せずに大佐の遺体を検体していたヨアキム・エリアソンが水で濡れた手を拭いながら言い出した。
「遺体には争った形跡などは残されていない。つまりは顔見知りの犯行かもしれないし、聖殿にいてもおかしくないような、神官や司祭に偽装した敵国オムクスの間諜に殺されたかもしれないということだ」
「だから、俺はあれほどこの結婚は延期にした方が良いと言ったのに!」
オリヴェルが控室に用意されていた小卓を乱暴に叩くと、
「まあ!まあ!過ぎたことを今からどうのこうのと言っても仕方がないでしょう?」
と、ヨアキムは言い出した。
「リンデレフ大佐は心臓をひと突きにされた状態で、遺体となって発見された。大佐には争った形跡はないため顔見知りの犯行か、それとも大佐が油断をして対応すると思われる神官や司祭に偽装した敵による犯行なのか、どちらなのかが分からない」
「披露宴パーティーは中止にした方が良いのでしょうか?」
そこでオリヴェルの部下であるベンジャミンが言い出した。
「それとも中尉が以前から仰っている通り、延期にした方が良いのでしょうか?」
「延期じゃなく、続行が良いでしょう」
そこでヨアキムが問答無用で言い出したのだ。
「本日、画家のエギル・コウマウクルが敵の幹部と接触する予定でおりました。早朝から絵画を二十点用意するようになど、敵はこちらの出方を見ているのかもしれません。リンデルフ大佐が殺された今の状況を敵が作り出しているのであれば、絶対に彼らはラウタヴァーラ中尉の披露宴パーティーを注視しているでしょう」
「どうして披露宴パーティーを注視するんだ?」
アドルフ王子の質問に、熊のような顔のヨアキムは胸を張って言い出した。
「敵は画家のエギルが、こちらが回している手の者であるのかどうかを確認したいところでしょう。ラウタヴァーラ中尉の結婚は王命で決められたものであり、結婚式や披露宴パーティーには、王国の有力貴族が大勢参加しています。そのような状況でリンデレフ大佐が殺されたわけですが、我々は大佐の死亡を秘密裡に隠し、王命によって進められる結婚がつつがなく終わるように尽力を尽くさなければなりません」
ヨアキムは前のめりになりながら、意地悪そうな笑みを浮かべて言い出した。
「ここで披露宴会場の警備の輪が厚くならなければ、人材を他の場所に使っている。つまりは、我々が本日、敵を摘発するために兵士を集めているのだろうと敵は判断するでしょう」
「それでは・・こんな状況だというのに、披露宴はこのまま?」
「仕方がないことだ」
アドルフ王子は新郎の控室の中をクルクルと歩きながら言い出した。
「本来なら披露宴には私も参加の予定だったが、王宮に戻っていつでも報告を受け取る体制を整えよう」
「それでは私は残って殺害現場の調査をするとして、部下のミカエルに中尉の披露宴パーティーへ潜入させましょう」
「ミカエル・グドナソン少尉を披露宴に?彼は現場の指揮を任されていたと思うんだが」
「ミカエルが居なくても現場は回るので大丈夫ですよ!」
ヨアキムはガハハッと笑うと、
「だって敵はリンデレフ大佐を刺殺しているんですよ?」
目だけは針のようにギラギラさせながら言い出した。
「姪っ子のリューディアちゃんだっている会場で、何をやらかすか分かったものじゃないですもんね!」
そこは偽りでも高位の貴族たちに何かあったらたまったものではないと言って欲しいところなのだが、こういうところで嘘をつけないのがヨアキムという男なのだ。
「殿下、本当に披露宴パーティーを取りやめなくて良いのですか!」
怒気を含んだ声でオリヴェルはアドルフ王子に問いかけたのだが、
「大丈夫!大丈夫!」
王子は胸を張って、
「君の不在を私の方でフォローして置くから!」
完全に安請け合い状態で言い出したのだった。
殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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