閑話 ロニアの冒険譚 ㉗
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「オムクスの貴族が飛び付きそうな絵画を二十点?」
オムクスのスパイ、それも幹部が集まるかもしれないということで摘発の準備を進めていたミカエル・グドナソンは、
「ゔ―〜ん」
と、考え込んでしまったのだ。
「幹部と接触させると約束した当日に、貴族が飛び付きそうな絵画を二十点用意しろと言い出す真意はなんなのだ?」
北の民族出身の宗教画家、エギル・コウマウクルは画廊を経営するルオッカ男爵の庇護を受けているのだが、相手は男爵のところから盗み出してでも良いから用意しろと言ってきたらしい。
「問題は、これがエギルという画家の力量を見るために言い出したことなのか、それとも我々王国軍が裏にいるのかどうかを判断するために言い出したのか、どちらが理由で言い出したのかが分からないというところだな」
ミカエルがうんざりとした様子でそう言うと、報告のためにミカエルの元まで走って来たオルヴォが汗を拭いながら言い出した。
「ロニアは自分の家で経営する画廊に戻って、二十点の絵については選別をしておくと言ってはいるのですが、男爵家としては用意した絵を敵に奪い取られたとして、その時の損害額を保証してくれるかどうかで絵のランクが決まるとも言っているのです」
今現在、ティールギャラリーでオムクスのスパイが贋作を売り飛ばして荒稼ぎをしているのを見逃しているのは、帝国由来の絵画を一括管理している王家の意向に背く形で絵画を購入する貴族たちにお灸を据える意味もある。
貴族たちの間には購入した絵画が贋作かもしれないという噂を流してはいるのだが、それでも購入してしまうとなれば自業自得と言えるだろう。今現在、売れ行きが滞ることがないため、ギャラリーに居るスパイたちの気も緩み始めているような状況だろう。
そんな中、画家のエギルが敵の幹部との顔合わせを了承された。
そして今日になって絵画二十点を要求されることになったのだが、賠償金も含めて自分では判断出来ないと考えたミカエルは、ラウタヴァーラ公爵家とカルコスキ伯爵家の結婚式が行われる聖教会へと駆けつけることにしたのだった。
直属の上司であるヨアキム・エリアソンは不足の事態に備えて聖教会で待機をしていたのだが、
「俺では判断は無理だから、王太子殿下に判断を仰ぐことにしよう」
一瞬でも考える素振りも見せずに、アドルフ王子に丸投げすることを決意した。
王命によって決められた結婚式は正午から始められるということで、王太子であるアドルフ王子は王家の代表として参加をしているため、話をするために出向いたのだが、
「二十点の絵を用意するべきかどうなのか、そもそも、オムクスの貴族たちが飛び付きそうな絵画といえば、帝国由来の絵画ということになるだろう?」
問題は、注文された絵画を当日のうちに用意して『有能な使える人物』と判断されるのか、それとも『これだけの絵画が用意できたということは、やはり裏にはラハティの王家が居るのに違いない』と判断されるのか、どちらになるのか分からないというところにあるだろう。
「ここは、総指揮官となるオリヴェル・ラウタヴァーラの意見を聞こうじゃないか」
アドルフ王子は覚悟を決めた。
「丁度、総指揮官が同じ敷地内に居るのだから、彼の判断を仰ぐことにしよう」
こうしてボールは総指揮官へと丸投げされることが決定したのだが、流石のヨアキムも熊のような顔をくちゃくちゃにしながら言い出した。
「王命によって行われる結婚式はなるべく邪魔をしないように配慮すると殿下自らが言っておりましたよね?」
「そうだ」
「襲撃をするにしても夜も遅くなってからだと思うから、結婚式に支障はないと判断されておりましたよね?」
「そうだ」
アドルフ王子は何度も咳払いをしながら言い出した。
「敵国オムクスが絡んだ話なのだから、ちょっとくらい意見を聞いたって何の問題があるというのだね?」
「それじゃあ、今すぐに花婿のところに確認をしに行ったほうが良いですよ。確か10分後に聖殿に入場の予定だったはずですよ?」
「うん・・それはまずいな」
ということで、急遽、花婿のところまで出向いて判断を仰ぐことになったのだが、
「絵画二十点を用意するかどうかですか?それを今、俺に決めさせるんですか?」
当然、花婿のオリヴェルが不満を露わにした。
「あと数分で行かなくちゃならないんですよ、だからあれほど結婚式を延期にして欲しいって言ったのに」
「だがな、オリヴェル、すでに事態が動き出してしまったのだから仕方がないことじゃないか!」
「言い切り!ここに来ての言い切り!エリアソン中尉!貴方は情報部を管轄しているわけですし!今は緊急事態なのですから貴方の判断で動いてください!」
「え〜?なんで〜?」
ヨアキムは自分の鼻の脇をぽりぽり掻きながら言い出した。
「指揮官殿が居る状況で俺が命令を出したら、命令系統に齟齬が出ることになるでしょうに」
「はぁああああ?」
問題は、敵国オムクスがエギルという画家のことをラハティ王国が潜入させた者だと判断しているのか、それともラハティの画壇に所属するエギルがどれだけの絵を本気になったら集められるのか?その力量を測りたいから言い出しているのか、どちらなのかわからないということに話は尽きる。
せっかく、王都に潜入したスパイの幹部が集まるという絶好の機会なのだから、敵には絶対に疑われることなく襲撃をしたいし、摘発を行いたいのだが、
「絵画二十点・・」
それを用意して疑われることになってしまえば折角のチャンスを棒に振ることになる。
「あ!もうすぐ結婚式が始まるぞ!」
「急がないと!」
絵画を用意しても用意しなくても、この作戦に失敗すれば我が国としては敵国のスパイの侵入を許したままの状態になってしまうのだ。
「考えろ・・オムクス人になって考えろ・・」
眉を顰めたオリヴェルは口の中で何度か呟いた末に、
「絵画二十点は相手が言う通りに用意してください」
と、宣言をした。
「その代わり、絵画を持っていく際にはルオッカ男爵が所有する画廊の人間を同席させてください。共犯者を作り出せば、敵の思惑がどちらであっても逸らすきっかけとなるでしょう」
「オリヴェル様〜!聖堂の方へお入りください〜!花嫁が入場される前に祭壇の前で待機してもらいます〜!」
神官の呼びかけは時間切れを示していた。ただし、ラウタヴァーラ中尉の指示は的確だ。ヨアキムは王子に向かって言い出した。
「アドルフ王子、ルオッカ男爵は絵画の保証をしてくれるのであればそれなりのものを用意すると言っております」
「そちらの方は王家が請け負うから、問題ないと男爵に伝えてくれ」
数枚の壁の向こう側からオルガンの神聖なる音色が響きだす、花嫁が入場となれば結婚式を見届けに来たアドルフ王子は聖殿まで出向かなければならない。
王子を見送ったヨアキムがミカエルと合流すると、真っ青な顔をしたミカエルがヨアキムに向かって小声で囁くように言い出した。
「今さっき、聖堂裏にある雑木林の中からリンデレフ大佐の遺体が発見されました」
「リンデレフ大佐だって?」
ヒューゴ・リンデレフ大佐は叩き上げの軍人であり、続け様に起こっている殺人事件は北の民族が行っているのだと吹聴する軍人たちに罰を与えた人でもある。
「聖殿で新婚の夫婦に祝辞をあげるのはリンデレフ大佐だったはずなのだが?」
「そうなんですよ、どうしましょうか?」
いずれにしろ大佐が殺されたのだ。これについては、只今、結婚式の真っ最中である総指揮官殿に報告しないわけにはいかないだろう。
殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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