閑話 ロニアの冒険譚 ⑳
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王宮に勤めながら実家の画廊の手伝いもするロニアは、当初、手足が短くて樽のようにお腹が突き出ている、頭髪が非常に薄くなったアバタ顔の男。アンティラ伯爵の肖像画作製に行き詰まりを感じた画家のセヴェリが逃亡を図ったと考えていたのだが、
「セヴェリ!貴方バカじゃないの!」
赤毛の男がアトリエを去ったことを確認をしたロニアは、掃除が進んだアトリエで意気消沈をしているセヴェリの胸ぐらを掴んで言い出した。
「模写の一つもまともに出来ない貴方に贋作の作成なんか出来るわけがないでしょう!何を安請け合いなんてしちゃっているのよ!このバカ!バカ!バカ!バカ!」
「でも・・でも・・」
前後に乱暴に揺り動かされながら、セヴェリは涙をポロポロ溢しながら言い出した。
「そうしないとサファイアと結婚させてくれないって、サファイアと幸せにはなれないって言われて!」
セヴェリは怪しい男たちから、踊り子サファイアは実はオムクスの貴族の落とし胤であり、平民身分のセヴェリが彼女と結婚をするには金と名声が必要になるだろうと言われたのだという。
金は贋作を売って手に入れるとして、名声は画家として大成をすれば何の問題もないと言われたのだが、
「奴らの言う通りにしないとサファイアの身が危ないと思ったんです!だから必死になって描いたというのに結局全てが!全てが無駄だったんだ!」
そう言ってセヴェリが備え付けのクローゼットを開けると、山のような失敗作が床にぶちまけられたのだった。
ロニアはセヴェリの肩を掴むと、彼の腹に強烈な拳を叩き込んだ。
「急にゴミ屋敷になったと思ったら、描き損じを隠していたからなのね!肖像画の期限が近づいて来てうちの者がやって来ると考えた貴方は贋作の作り損ねを隠して!伯爵の肖像画を作製していると偽造していたってことじゃない!」
腹を抱えてうずくまるセヴェリの頭に拳骨を叩き込んだロニアは、
「出来ないことはできないって言え!このお馬鹿!」
と、大声をあげた。
顰めっ面のオルヴォは足元に転がった絵を開きながら声を漏らした。
「宗教画?」
幾何学模様が幾つも描かれた中央に、光の塊のような人の姿が描かれている、素人目で見れば素晴らしい絵のようにも見えるのだが、ロニアは大きなため息を吐き出しながら疑問の声を上げた。
「帝国神話を描いているの?だとすると、帝国画家の贋作を作成しようとしているってことよね?」
「そ!そうなんです!模写を預かっていて、これと似たものを作成しろと言われているんですが、全くうまくいかなくて!」
そう言ってセヴェリはクローゼットの裏から一枚の絵を引っ張り出して来たのだが、その絵を見たロニアは驚きを隠せない様子で大声を上げた。
「マドックス・パニュの『聖女の微笑み』じゃないのよ!なんでそんな物の模写がここにあるのよ!」
「えーっと・・マドックス・パニュ?」
「帝国の巨匠と言われる画家の一人よ!」
「なんでオムクスの間諜がこんな絵をここに持ち込んでいるんだ?」
「ちょっと待って、ちょっと待って!」
オルヴォの言葉を遮るようにしてロニアはしばらく考え込んだ後に言い出した。
「ラハティ王国はダビト・ハークご夫妻の伝手を使って、帝国で最も価値があると判断された絵を購入することになったのよ。その中には勿論、マドックス・パニュの絵も含まれるんだけど・・」
「王家が購入予定の絵を事前に調べ上げて、その贋作の作成依頼をしたってことか?」
オルヴォは自分の髪の毛を掻き回しながら言い出した。
「あのさあ、巨匠が描いたみたいな絵の模写を、どうやってオムクスは用意出来たんだろうか?」
「それは簡単に手に入れられるわよ」
帝国では絵画の鑑賞会が盛んであり、皇室や大貴族など、身分が高い人々ほど、平民身分の者でも見られるような形で展示会を催すことが度々ある。『聖女の微笑み』は皇室が所有しているのだが、若手の画家が模写をすることを許しているため、展示会では年若い画家がパニュの絵の前で模写をしているのは当たり前の光景だったりするのだ。
「それにしたって、この模写、出来があんまり良くないわね〜」
ロニアはため息を吐き出して、
「オルヴォ、悪いんだけどエギル・コルマウクルを呼んで来てくれるかしら?」
と、オルヴォの方を振り返りながら言い出すと、今まで黙って話を聞いていたシグリーズルが不服そうな声をあげた。
「なんでエギルを呼ぶのだね?」
「だって、エギルの方がこういった絵は得意だもの!」
北の民族出身のエギルは民族の間で語られる神話をモチーフとした絵を描いているのだが、その結果、イブリナ帝国の皇帝にも気に入られて、彼が描く絵には高額の値段がつけられるようになっている。
「帝国に何度も行き来しているエギルは本物の作品も見ているし、贋作を作らせるのならセヴェリじゃなくてエギルの方が適しているわよ」
「だから、何でエギルに贋作を作らせるのだね?」
北の民族が絡むことになると神経質になるシグリーズルが不機嫌な口調で問いかけると、ロニアは小さく肩をすくめながら答えたのだった。
「お求めの贋作を利用して、敵国が何を仕掛けようとしているのか知りたいからよ!」
ロニアはプリプリ怒りながら言い出した。
「私は王宮で学芸員として働いているけれど、万が一にも、帝国から購入した絵画が損壊させられたり、贋作と入れ替えられたりするようになっては困るのよ!マドックス・パニュの絵を仕入れるためにうちがどれだけ皇帝にグアラテム王の遺品を譲り渡したか知っているの?知らないでしょう!」
「いや、そんなもんは知らないが・・」
シグリーズルはしわしわの口をむにゃむにゃ動かすと、
「それじゃあ、エギルを連れて来る帰りに鶏肉を買って来ておくれ」
と、オルヴォに向かって言い出した。
「大勢で食事をするには、うちにある食材じゃ足りないように感じるからね」
「ええ?食事?」
おばあちゃんというものは、年若い人間が大勢集まると手料理を振る舞いたくなる生き物なのだ。
「セヴェリ、お前もきちんと食べなくちゃいけないよ?恋人の敵討ちをする機会が巡って来たみたいだから力をつけないと、まともに動くことも出来ないよ?」
そこでようやっと顔を上げた画家セヴェリの目に、確かな光が戻って来たのだった。
殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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