ピッカピカー
夢の中で笑ったり、泣いたりしながら目覚める事たまにあります。
時は、昭和初期だろうか…。
俺は、ダチの亀五郎と和之助と一緒に小路を歩いていた。
「いやぁ~久しぶりだな。亀ちゃん、和ちゃんと、こうして飲みに行くのも」
「本当にそうだな。あそこの大将、歳は若いけど、料理の腕は確かだから楽しみにしてな」
今から行く居酒屋の常連客の亀五郎が自慢気に鼻を鳴らす。
「俺は飯もだが、麦酒を腹一杯飲めるのが楽しみだな」
酔い潰れた姿を、未だ見た事が無い酒豪和之助が、既に飲みたそうに呟く。
三人三様、それぞれの思いを吐露しつつ居酒屋へと歩いて行く。
辺りは暗くなりだし、街灯が灯り始める。
程なくして店に到着したが開店していない。
「あれ店開いてないな」
開店時間は、とうに過ぎているが店の中は暗いままだった。
「大将の家、近くだから行ってみるか」
亀五郎が言うに、大将の家が近くと言う事で、迎えに行く事となった。
「おう、大将居るかい」
今まさに、起きましたと言わんばかりに、敷きっぱなしの布団の上で、慌てている大将がいた。
「申し訳ない。今から仕度するから待っていてくれ」
人気の店だけあって、毎日忙しくしていれば疲れて遅くなる事もあるのだろうと、責める者は誰もいない。
「大丈夫かい。今日くらい休んでもいいんじゃないかい」
和之助が咎めるも、それでも店は休めないと仕度を済ませると大将は店へと歩き始める。
「取り敢えず、俺と和之助は、先に店の準備すっから朝次は大将頼むわ」
(朝次…どっかで訊いた気が?)
どうやら朝次は、今は自分らしいと理解はするに留まった。
大将と一緒に歩き始めて店まで、あともう少しと言う所で、大将が座り込んでしまった。
「ほら、言わんこっちゃない。大丈夫かい」
取り敢えず店まで、あと少しなので大将を抱き抱え店まで連れて行く事にした。
「しょうがねえなぁ。俺が連れて行ってやるからな」
「忝ない。頼む」
石段を上がり、入口の戸を開けると既に店の中は客で一杯になっていた。
大将を抱えた俺を見て、客の中から野次が飛ぶ。
「おい兄ちゃん、男を抱っこして楽しいかい」
全く、呑気な客もいたもんで、大将不在で一杯引っ掛けていやがる。
「うるせぇ。お前達に美味い飯を食わせる大将連れて来たんだ。黙って座って待っていろ」
大将を抱えたまま、高い敷居に上がり厨房へと進む。
「大将、厨房は何処だい」
大将の指差す方へと進むと、何故かそこには、石段があった。
「この石段行けばいいんだな。よし、じゃあ行くぞ」
意を決して、一体何段あるのか分からない石段を駆け上がった。
一体、この店の厨房は何処にあるのだろうか…?
大将を抱えたまま歩き続けていると、如何にも私は高僧ですと、言わんばかりの、豪奢な袈裟を着けた住職が手招きしている。
「さぁこちらへ、ここを上がって下さい」
見るとそこは、とても大将を抱えたままでは上がれない高さの台座があった。
「ささっ、これに乗って上がって下さい」
差し出された大きな木魚の様な物に乗ってみたが、まだ胸の高さ程まで上がる必要があった。
「大将、ちょっと先に降ろすから、そこで待っていてくれ」
台座の上に大将を降ろして、自分も這い上がろうと藻掻いていると、目の前が金色に光り始めた。
大将がいたはずの場所に座位の仏像が鎮座している。
その仏像が朝日に照らされ、赤みを帯びた金色に輝く様子に魅了される。
「うわっ眩しい。でも何て神々しい光りなんだ」
何とか這い上がり、もっと近くで神々しい光りに肖りたいと思った瞬間だった。
「ピッカピカー」そんな声が聞こえてきた。
「ピッカピカー」そして誰かが叫んだ。
「ピッカピカー」みんなも叫んだ。
「ピッカピカー」俺も叫んだ。
「ピッカピカー」何なんだか凄く楽しくなったと同時に、可笑しくて、可笑しくて、笑わずには、いられなくなってきた。
「ピッカピカーって、何て楽しいんだ」
笑いながら、神々しい光りを浴びながら、手を併せ、拝みながら笑っていた。
何が、そんなに楽しかったのか、そして可笑しかったのか解る事無く、笑いながら目が覚めた。
「ピッカピカーって。ハハハ」
笑いながら目覚めた自分自身にも、笑いが込み上げ、起き抜けにも関わらず、その後も、しばらくの間、笑っていた。
一頻り笑った後、しばらくして「ピッカピカー」で、思い出した事があった。
朝次と言うのは、私の曽祖父の名前だった。
自分の名前も、曽祖父から一文字貰って朝緒と名付けられたと訊いている。
亀五郎と和之助については良く分からないが、多分、曽祖父の友人か何かだろう?
それと同時に子供の自分に、祖母に聞かされていた話で、曽祖父が亡くなる直前に、何かピカピカ言っていたが、何が言いたかったのか解らなかったのが心残りだと言っていたのを思い出す。
「曽祖父さんが死ぬ前に、言ってたピカピカって、この夢の事だったりするのかねぇ」
真実は闇の中ならぬ、夢の中と言ったところだろうか。
仏法真理に言うところの、極楽浄土があるならば、少なくとも曾祖父達は天国で、今でも仲良く酒を酌み交わしている…のかも知れない。
そう思うと、また笑いが込み上げてきた。
「ピッカピカー」呪文の様に、その夢を見た一日だけは、口にしたら幸せな気持ちになれる様な気がして「ピッカピカー」を意味も無く、ただ連呼していた。
「ピッカピカー」
もしかしたらら幸せの呪文なのかもしれない。