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御札

 現実に起きた事象を、つい夢に関連付けてしまう事が誰にでもあると思います。

今回は、そんな話です。


「良い御札みふだを、お持ちですね」

その女性は、燃え盛る炎を背に私に、そう問い掛けた。


 何時も、通勤に使っている大通りを、一本入ると、閑静な住宅街に入って行った。

特に用事があった訳ではなく、ただ何となく、そっちに行ってみたくなっただけだった。

そのまま、道なりに歩いて行くと、下り階段があった。

その階段を、下り着いた先は、何ともレトロな通りになっていた。

「へー、たまには寄り道もしてみるもんだな。こんな場所が近くにあったなんて、知らなかったよ」

瓦屋根の民家が、ところ狭しと建ち並び、民家の塀や壁には、私が子供の頃、良く目にした古い広告看板があり、入り組んだ狭い路地は、まるで迷路のような造りになっていた。

これだけ、民家が立ち並ぶわりには、全く人気が無いのは夜だからだろう。

小さな神社の横を通り過ぎると、今どき珍しい引戸の玄関の家がある。

その引戸に『ご自由にお入り下さい』と張り紙がしてある。

「へー、入っていいんだ」

特に躊躇する事無く、玄関を跨ぐと暖簾に『ゆ』の文字が書かれている。

銭湯には見えなかったが、暖簾の先の扉を開けると、そこには確かに風呂がある。

しかし、大人二人が、やっと入れるくらいの、四角く小さ目な風呂だった。

覗いて見ると、水は張られて無く、空なので営業時間外なのだろうと、この日は家から出る事にした。


 朝、目が覚めた。

夢を見ていた様な…思い出せない。

「もう、朝か。会社行かなきゃ」


 数日後、あのレトロな通りが気になって、また仕事帰りに行ってみる事にした。

同じ階段を下りて、今度は逆の方に歩いて行く。

少し歩くと、繁華街に行き当たった。

居酒屋の赤提灯に、スナックやバーの看板が、まるでタイムスリップでもした様な古風な作りの通りをしている。

「へー、中々、味のある感じの場所だな。古めかしい感じが何とも懐かしいね」

そのまま、歩いて行くと、見覚えのある引戸が目に着いた。

「あれ、ここ前に来たよな?」

中を覗いて見ると、これまた見覚えのある『ゆ』の暖簾があった。

風呂に水は張ってあるが、お湯では無いようだった。

「遅い時間なら、沸かしてあるのかな?次は、もう少し遅く来る事にしよう」


 朝、目が覚めた。

昨夜、深夜近くまで会社にいた為、寝不足気味の起床となった。

「何か、夢を見てた様な?思い出せないけど…まっいいか」


 今日は、外回りを済ませて、会社には帰らず直帰する事にした。

アパートに帰る為には、電車を二本乗り継ぐ必要がある。

駅までの道を急いでいると、見覚えのある路地に出た。

「あぁ、ここに繋がっていたのか」 

そこは、この頃、見つけたレトロな通りの路地だった。

相変わらず人通りはない。

しばらく歩くと、角を曲がった先に、小さな神社と、その先に、あの『ゆ』の暖簾が掛かる引戸の家があった。 

「やっぱりあった」

中に入り風呂を覗くと、今日はお湯が沸かしてあった。

「よし、せっかくだから入って帰ろう」

特に番台がある訳では無かったが、無料ただで入るのは気が引けたので、風呂代としてポケットにあった三百円を、風呂の入口にある台の上に置いてから、風呂に入る事にした。

「これでよし」

入ってみると、以外と広い事に気づく。

「全然、広くて快適な風呂じゃないか。これは、入って正確だね」

余裕で、五〜六人は入れそうな湯船に満足して、風呂から出ると、また小さな風呂に戻っていた。

風呂から出て着替えを済ませ、廊下に出ると、先ほど三百円を置いた台の上に、一枚の三つ折りに折られた和紙と、葉書大の『お持ち帰り下さい』と書かれた紙が置かれていた。

和紙の方は、神社に売られている神札に似た作りで十三番札と書かれている。

「持って帰って良いのかな?」

風呂に入っでいる間に、誰かが持って来たのだろうか?

お持ち帰り下さいと書いてあるので、遠慮なく十三番札を貰う事にした。


 そして朝、目が覚めた。

「なんか、良く寝たなぁ。さぁ、起きて会社行くか」


 また別の日、あの風呂がある近のく小さな神社にいた。

「あれ、いつの間に…まっいいか」

折角なので、風呂のある家に行ってみる。

中に入ろうとすると、引戸が開かない。

「あれ?鍵は掛かって無いみたいだけど…」

幾度か開けようと試みたが、引戸は故障でもしているのか、手が入るくらいの隙間以上に開く事はなかった。

「仕方ない。今日は諦めて、また来よう」

その場を離れ、神社の前まで来ると、爆音と共に風呂のあった家が炎に包まれた。

「な、何だ!?何が起きた」

何故、爆発したかは分からないが、燃え盛る家の方に駆け寄り、爆発に巻き込まれた人はいないかと大声で叫ぶ。

「大丈夫ですか。誰かいませんか」

何も出来ず立ち尽くす。

この現状に、辺りを見渡しながら、あたふたしていると、後ろから声を掛けられた。


「良い御札みふだをお持ちですね」


 振り返ると三十代くらいだろうか?白い無地の和服を着た、一人の女性が立っていた。

「御札ですか?」

そんな物は持っていないと思ったが、前に風呂に入った時に、持ち帰った和紙を思い出した。

「その十三番札は、貴方を守ってくれますから、決して無くしてはいけませんよ」


 そして、目が覚めた。

家が爆発する夢だったからなのか?心臓の鼓動が、いつもより速い気がする。

夢を覚えている。

しかも、鮮明に覚えている。

以前、見た夢も朧気だが思い出していた。

「続き夢だったのか…前にも行った場所の夢だったよな」

爆発した家の夢も気になったが、あの夢の中の、女性の言葉が引っ掛かった。

御札みふだって何だ?」

初めて訊く単語だったので、辞書で調べると『おふだの事、神社に売られている神札等』と書かれていた。

たかが夢の中の出来事だが、知らない単語を夢で知るのは、何とも不思議な体験ではある。

まぁ、理屈としては、以前に聴いたり、見た事はあったが、深層記憶に残っていたものが夢の中で再生されたと考えるのが、妥当だろう。

「御札を無くすなと言われも、夢の話だもんなぁ」

所詮、夢の中の話だと、この時点で御札の事は、気に止める事は無かった。

 

 そんな夢も、忘れたかけた翌年の、一月二日に、雪山登山にソロで向かった。

山頂付近の気温は−4℃と、まあまあの寒さだったが、下山始めると寒さが気にならない程度に暖かくなっていった。

雪も少なくなり、所々に地面が見える登山道を歩いている時だった。

気を付けているつもりだったが、足元の岩にアイゼンを引っ掛けてバランスを崩し、滑落してしまった。

「あっ」

落ちるのは一瞬だった。

気付いたら落ちていた…と、言うくらい一瞬の出来事だった。

「痛え、落ちたのか…」

落ちた衝撃で、少しの間だが起き上がれなかった。

左足の脛と右の肋骨、そして右腕が痛い。

何とか体を起こし四肢は動くのか、怪我をしていないか、まず確認した。

骨折は無く、少し手足に痺れはあるものの、問題無く動かす事は出来た。

しかし、時間が経つに連れて、体のあちらこちらに痛みが出始める。

「痛いけど、動けるだけましか」

何とか数分後には、立ち上がる事が出来たのは幸いだった。

落ちた崖を見上げて、この高さを落ちて、この程度で済んだのは、奇跡なのかもしれない。

死んでいても、おかしくない高さだ。

途中の木と背負ったザックが、クッションの役割を果たしたのだろう。

10メートル程滑落が、打撲傷だけで大きな怪我は、見当たらなかった。

骨は折れなかったが、代わりにストックが真っ二つに折れていた。

右腕に鈍い痛みがあるが、幸い歩けるので、兎に角、下山する事を優先して、右腕の痛みは二の次にした。

無事に下山出来た事に安堵し、気になる右腕の袖を捲ると、パックリと裂けた皮膚が見えた。

「わっ、これは酷いな。皮膚が裂けてるよ」

酷い傷にの割には、出血は止まり大事には至らなかったが、そのまま、救急病院に駆け込むと、七針縫う羽目になった。

滑落して、この程度の怪我で済んで良かったと安堵した。


 そして、その夜、あの風呂のある近くの神社の側にいた。

鳥居の横には、白い和服姿の女性か立っていた。

「あの御札は、貴方を守ってくれた様ですね。身代わりに、貴方の…」

最後は、聞き取れ無かったが、私の何が身代わりになったのだろうか?

折れたストックならいいなと思っていると「以前に、お渡しした八番札は、今もお持ちでしょうか?」

以前渡した八番札に付いては、全く記憶に無い。

「いえ、持っていないと思います」

「そうですか。では既に、お使いになったのでしょう。今も生きているのが、ご存命なのが、何よりの証拠です」


 ここで目が覚めた。

右腕の傷が、少し疼く…。

全く関係ないとは思うが、こんな夢を見てしまうと関連付けて考えてしまうのは致し方ない。

滑落して骨折も無く助かったのは、御札のお陰ではないかと、つい思ってしまう。

「まさかね」

寝起き直後の、冴えない頭で考えたところで、冴えた頭であっても解るはずも無く、仕事に行く準備をしなくては…と、思うのだが時間だけが過ぎていく。

「あと、八番札って言ってたな。そんな夢は見ていないと思うが…以前も死にかけたって事か?」

心当たりはあるが、あり過ぎるくらいだが、これも結局のところ、夢の中の御札で助かったなんて、後付けの発想に過ぎない。

そう考えると、これ以上は夢で貰った御札について、考える事を止めるしかなかった。

やっと布団から這い出して、仕事に行く準備に取り掛かる。

「もしかして…十三番札は、今回使ったから無くなったとか?」

そんな事が、ふと頭を過ぎる…。

きっと、考え過ぎだ。

「また、夢の中で、御札貰う事あるのかな?」


 あれから、五年以上経っているが、夢の中で御札を貰った記憶は未だに無い。


 知らなかった言葉や単語を夢で知るなんて、そんな経験ありませんか。

初めて行った場所なのに、前に来たと感じる時も、夢で行った場所なんて事が…あるかもですね?



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