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首が無い

 東北三大祭り当日の、夏の夜の出来事でした。

怖いですねぇ。

 私がまだ二十代の頃、東北方面に、急遽出張を命じられて、泊まった旅館での、出来事を話そうと思う。

 

 出張当日、その町では、有名な祭りがあるらしく、最寄り駅に近い宿は、軒並み満室で断られ続け、已む無く郊外の旅館に宿泊した時の話だ。


 行くはずだった同僚が、トラブルの後処理で行けなくなったと、私に白羽の矢が立ったのだった。

必要な物だけ持って、着の身着のまま、東北新幹線に飛び乗り、現地に向かう事となった。

駅に到着すると、雨が降っていた為、少しタクシー待ちの列に並びはしたが、夜七時過ぎには予約してあった旅館に到着した。

それほど大きい旅館ではなかったが、何となく東北らしい名前の、二階建てで綺麗な旅館だったと記憶している。


「こんばんは」

少し間をおいて「はーい、ただいま」と声がした。

奥から、五十代くらいだろうか?女将さんらしき女性が姿を現した。

「電話した朔田です」

「いらっしゃいませ少々お待ち下さい。すぐに、ご案内します」

女将の案内で通された部屋は、一階の一番奥、六畳一間の和室だった。

部屋自体は、古さは全く感じない綺麗な部屋で、窓も大きく、開放感のある和室だった。

窓を開けると、遠くで花火の音が小さく響いていた。

花火自体は見え無かったが、きっと祭りの花火だろうと思ったのを、微かにに記憶している。


 風呂から帰って来ると、布団が敷いてあったが、まだ何も食べていなかったので、部屋に備え付けの、内線電話でビールを注文して、駅で買った弁当と串焼きで夕食を済ませた。

仕事とは言え、折角、東北来たのだからと、いつもは飲まない日本酒と、酒のツマミにと頂いた乾物で、日本酒二合程を飲んだ。

満腹になり酒を飲んで、良い感じに酔ったのだろう。

布団に入るとすぐに眠りに落ちていた。


 十二時は過ぎていただろうか?夜中、廊下を歩く音で目が醒めた。


トン、トン、トン、トン。


「こんな夜中に、客が来たのか?」

今日の客は、私一人と聞いていたが、きっと他に客が来たのだろうと、その時は気にも止めていなかった。


トン、トン、トン、トン。


足音は徐々に、私のいる部屋へと近づいて来る。


トン、トン、トン、トン。


その足音は、私の泊まっている部屋の前で止まった。

「もしかして、同僚が後処理を終わらせて来たのだろうか」

そう思い部屋の明かりを点けようと、体を起こそうとした瞬間、金縛りに罹ってしまった。

「こんな時に金縛りなんて、タイミング悪過ぎだろ」

そう思いながらも、身動き取れず、どうしたものかと考えていると、部屋の蛍光灯の明りも点けずに、服を脱ぎ、浴衣に着替え始めた。

私が寝ていると思い、きっと気を使ったのだろう…と、その時は思った。

「すまない。金縛り罹ったばかりに」


 常夜灯の明りだけでは、見えづらいはずなのに、不自由させる事に申し訳なくは思ったが、ガッツリ罹っている為、解ける気配がない。

せめて同僚の姿を確認しようと、少しだけ動く首を左に傾け、足りない分は、眼球を動かす事で、何とか確認する事は出来たのだが、少しの違和感を感じた。

もう少し、しっかり確認する為に、更に上方向に視線を動かす。

「あれ、誰だ?人か?いや違う!あれは顔が無い」

顔と言うより、首から上が全く無い。

俗に言う幽霊なのだろうか?この世の者ではない何者かが、浴衣に着替える最中だった。

薄暗さから、見間違いではと再度確認したが、やはり首から上は無かった。

「やばい、そんな感じのする旅館じゃ無かったのに…」

この世の者ではない存在も、こちらには気付いているらしく、様子を伺っているようだが、我関せずと近付いて来る事も無く、雰囲気的に危害を加えるつもりが、無いのだけは分かった。

どうやら着替えが終わったらしく、押入れの方へと向かって行く、この世の者ではない存在。

「もしかしてだけど、布団敷いて隣で寝るとか勘弁してくれよ」

まぁ、それに関しては、杞憂だったが、この世の者ではない存在は、押入れの開いている数センチの隙間に、そのまま入って行き、消えてしまった。

消えたのと、ほぼ同時に金縛りも解け自由になったところで、起き上がり蛍光灯の明りを点けた。

この世の者ではない存在が、消えた押入れに視線を向けると、僅かな隙間が開いていた。しかし、その隙間を覗く勇気は、流石に無かった。

もし、まだ中に居たらと思うと…。

「一体、あれは何だったんだ?」

明かりを点けたまま、布団に入っていたら、いつの間にか寝たらしく気付くと朝になっていた。


 朝、目を覚ましても、昨夜の出来事が、しっかりと記憶として残っている。

六畳一間の部屋の中には、当然だが同僚の姿は、何処にも無かった。

あれが、霊的な存在だとしても、私の前に現れた理由に心当たりは無い。


 後日、出張先の方に訊いた話によると、旅館があった辺りは、昔、合戦場だったらしいと言う事だったが、それが原因かは定かでは無い。

 そして、当日のキャンセル料を払い、市内のホテルに変更したのは言うまでもなかった。



 

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