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第9話 ロリ先輩、秘密のフェアウェル(後編)

 私と同じグループで同学年の先輩、コマチ・ツブオリーがなぜかこの日は妙に暗い。いつもニッコニコの人なのに。そこで私とリンコ先輩はその真相を探るべく貴重なオフ日を使ってコマチパイセンを尾行することになったのだった。


 オフ日の朝、皆は寮で朝食を取っていた。今日の朝食はパンとベーコンエッグにそら豆のスープ。皆これを食べたら出かけるのだろう、早くも浮かれ気分なのがわかる。


ノリ「で? ジャコは今日は結局どーすんだ?」


 テーブルの向かいからメンバーのノリが話しかけてきた。この子は同期で同学年、それも前グループからの付き合いである。元ヤンというキャラを与えられているがキャラどころかどう見ても普通に現役ヤンキーだ。悪そうな友達も多いらしく、口も悪い。


ジャコ「私は…リンコ先輩と出かけることにした」


チズル「え? 二人で??」


 横から口を挟んでくるチズルリーダー。毎日一緒にいるのにオフ日にまでメンバーと遊ぶのが珍しく感じられるようだ。


リンコ「そ。王都の旨いものを無制限に食べるツアーをやるんだ」


ノリ「へー」


チズル「凄いツアーやるね。アイドルなんだから体型維持気をつけてよ」


リンコ「いまリーダーの方にブーメラン飛んでったよ」


チズル「るさい」


 チズルリーダーは羨ましいくらいのナイスバディだが気を抜くと腹が出るらしく、よく愚痴をこぼしている。


ノリ「ぶっ、ブーメラン! ブーメラン!」


チズル「笑い過ぎでしょ、ノリ!」


 みんな朝はテンション低いので普段はこんな盛り上がることはないのだが、これから出かけるので浮き足立っているのだろう。だがやはりコマチパイセンだけはまったく笑わずにひとり真剣な表情で黙々と食事をしている。これはいよいよだな…。


 食事が終わり、コマチパイセンが部屋に戻って外出の準備をし始めたので私たちも行動を開始する。パイセンの地元はアカミティ市と聞いている。ここ王都フルマティから馬車で北へ半刻間(※地球でいう1時間)ほどの距離にある中規模都市だ。彼女が乗り合い馬車に乗ったのを確認して私たちはタク馬車(※タクシーのような小型馬車のこと)をつかまえてパイセンの馬車を追ってもらう。結構な出費だが仕方がない。追っていくうちに2台の馬車は閑静な住宅街、それも豪邸ばかりの地域に入っていった。


リンコ「えっここ、高級住宅街じゃない?」


ジャコ「親の借金説、早くも弱くなってきましたね…」


 しばらく走るとコマチパイセンの乗る乗り合い馬車が停留所で停まり、パイセンが降りた。


ジャコ「コマチパイセン降りました!」


リンコ「じゃうちらも降りよ。御者さん、ここでいいです。お会計」


 結構な額の馬車代を払い、私たちふたりもタク馬車を降りた。コマチパイセンはてくてくと歩いてひときわ大きな豪邸に入っていく。豪勢な門には門番が立っており、ただの金持ちという感じでもなさそうだ。コマチパイセンが門番に挨拶して敷地内に入るとすぐに白ひげの壮年男性がやってきた。


執事「コマチお嬢様、お帰りなさいませ」


コマチ「ありがと。お父様とお母様は?」


執事「出かけております。なにせ急な御帰宅でご連絡を頂いておりませんでしたので…」


コマチ「ちょうどいいわ。着替えて出掛けます。馬車を呼んでおいて」


執事「せっかくお帰りになられたのに、またすぐお出掛けになるのですか? せめて伯爵様がお帰りになるまで待たれては…」


コマチ「いいから」


 門の外で物陰に隠れながら聞こえてくる会話に私たちは混乱していた。


ジャコ「えっ、えっえっ、コマチパイセンて貴族の家の娘だったんですか?!」


リンコ「うわー、あたしあいつの頬っぺた持ってうりゃうりゃとかやってたぞ…」


ジャコ「全然ダメじゃないですか、女の勘」


 私たちが言い合っていると数分もしないうちにコマチパイセンが門から出てきた。いつもの高い位置で結ぶツインテールをおろしてストローハットをかぶり、真っ白なワンピースを着ている。普段とはまるで別人だ。小柄だけど清楚なお嬢様という感じ。透き通った白い肌にプラチナブロンドの髪、コマチパイセンってこんな綺麗な人だったのか。とても『バナナの妖精』と自称している人とは思えない。


ジャコ「…あれってコマチパイセンでいいんですよね?」


リンコ「だと思うけど…なんであんな大きなキャリーバッグ引きずってんだろ、旅行でもするのかな」


ジャコ「まさか。明日はうちらコンサートあるんですよ」


 そうこうしているうちにハイヤー馬車が門の前にやってきた。コマチパイセンは重そうなキャリーバッグを馬車に積み、御者に行き先を告げた。


コマチ「東埠頭のフェリー乗り場まで」


御者「かしこまりました」


ジャコ「聞きました? フェリー乗り場だって」


リンコ「うちらも追おう。貴族の娘が身分を隠してアイドルやって、しかも地元に帰るなり思い詰めた表情で埠頭に行くって変すぎだよ。もしかしたら悪いやつにひと気の無い場所に呼び出されてるのかもしれない」


ジャコ「出た、女の勘」


 とは言え私もコマチパイセンのこの行動は理解できない。真相を突き止めて、もしコマチパイセンが悪人と関わっているんなら全力で止めなければ。急いで私たちもタク馬車を拾って東埠頭のフェリー乗り場まで移動した。


 こっちの馬車が着くと、既にコマチパイセンはひとり埠頭に来ていた。船の発着時刻ではないらしくあたりは静かで人は歩いていない。パイセンは海風にさらわれそうなストローハットを手でおさえ、いつになく大人びた表情で歌を口ずさんでいた。自身のソロ曲、『秘密のフェアウェル』だ。



秘密のフェアウェル

作詞:ムーブメント・フロム・アキラ

作曲:ジューゼン・ナッス

歌:コマチfromイセカイ☆ベリーキュート


秘密のフェアウェル

不安もあるけど もう迷わない

秘密のフェアウェル


朝日のビーム 小鳥のモーニングコール 

わたし焦って飛び起きて

ふたり出逢ったアベニューを駆ける

約束の場所までもうすぐ 夢見てたFaraway

気持ちは決まってる こう見えてもメンタル強いの

子供だと思ってるんでしょ

火傷しても知らないから


秘密のフェアウェル

ママへの言い訳はエアメール

Darlin' my love ずっと一緒ね

この世界のエンディングまで

不安もあるけど もう迷わない

秘密のフェアウェル


オフショアはブルー 港に汽笛が鳴る

わたしの胸は高鳴って

高波に濡れたデッキを歩く

憧れの海が待ってる 一目散Runaway

気持ちはわかってる こう見えても経験豊富よ

ウブな子と思ってるんでしょ

泣くのはそっちなんだから


秘密のフェアウェル

ふたりの愛は信じ合える

Catch my heart ゆびきりしてね

あの南のアイランドまで

不満もあるけど もう愚図らない

秘密のフェアウェル


あの日あなたと出逢って すべてが始まった

ママの顔は浮かぶけど きっとうまくいくわ


秘密のフェアウェル

ママへの言い訳はエアメール

Darlin' my love ずっと一緒ね

この世界のエンディングまで

あなたとなら大丈夫

秘密のフェアウェル




 この曲は童顔のコマチパイセンにあえて大人っぽい恋愛ソングを歌わせるというギャップ狙いのコンセプトで作ったものなのだが、今日のパイセンにはよく似合っている。なんだこれ…。


リンコ「ムードあるなあ…」


ジャコ「私、夢でも見てるんですかね…」


リンコ「あっ、誰か来たよ!」


 かつかつと歩いて迷わずコマチパイセンに近づいていったのは背の高い青年男性だ。顔は良く見えないが肩幅もあり、さっぱりした服装もあっていい男の雰囲気を漂わせている。手には黄色い薔薇の花束を持っており、会うなりコマチパイセンに渡された。


リンコ「あれが地元の悪いやつかな」


ジャコ「とてもそうは見えない…」


リンコ「会話が聴けたらなあ」


 ふたりは何やら真剣に話しているようだが、距離があるのでさすがに声は聞こえてこない。10分くらいそうやっていただろうか、コマチパイセンの放った大きな声が一言だけ聴こえてきた。


コマチ「いくじなし」


 その声とともに花束は男性に向かってばしっと投げつけられ、薔薇の黄色い花びらが風に舞った。一瞬の花吹雪。私たちは唖然とするしかなく、凍りついたようになって陰から二人を見ていた。


 男性は数秒ののちに踵を返し、来た方向に帰って行った。ひとり立ち尽くすコマチパイセン。これ、どういう状況なの。普通に考えたら男女の…いやコマチパイセンに限ってそれはないと思うが…。


ジャコ「リンコ先輩、これ、どうなってるんですかね…」


リンコ「わからない。あたしの知らないコマチがそこにいる。あるいは別人説、多元宇宙論、シャッタードグラス…」


ジャコ「女の勘、迷走してるじゃないですか」


コマチ「何してるの」


 あ、やばいやばい見つかった。リンコ先輩が大きな声出すから。高いヒールのサンダルをかつかつ言わせてこっちに歩き寄ってくるコマチパイセン。


リンコ「いや、その、これはあの」


ジャコ「ごめんなさい! 私たち、コマチパイセンのことが心配で」


コマチ「心配って…」


 そう言いながらコマチパイセンはいい女風にくすっと笑った。良かった。どうやら情緒は安定しているようだ。私はパイセンに問いかけた。


ジャコ「あの、今の男の人って、もしかしたらコマチパイセンの彼氏さん…?」


 だがパイセンは答えず、海を見ながら何かのチケットを取り出した。え、これってもしかしてフェリーのチケット…?


リンコ「ね、コマチ、まさかイセキュー辞めて貴族の実家も捨ててあのカレと二人で海外に逃げようとしてたの?!?」


 これにもパイセンは答えない。その代わりに決然とした表情でフェリーのチケットをびりびりに破いて海にばら撒いた。


ジャコ「あ、あ…」


コマチ「心配いらないよ。アイドルの君を応援してるって言われちゃった。腕を引っ張ってでも強引に連れ去って欲しかったんだけどな」


 そう言いながらパイセンは頬に涙をつたわせた。公演の時はあんなに噛み噛みなのに今日は1回も噛まず、いつもより低い声で滔々と話す。貴族の娘、清楚な服装、そして大人のカレとの恋の終わり。私たちの知らない素顔のパイセンは多くを語らず、ただ頬を泣き濡らすのみだった。




コマチ「しっかしさー、コマチが心配だからってここまでちゅけてくる? しゅごい行動力だね!」


 私たち3人はその後、フェリー乗り場の近くにある海の見えるレストランに移動し、遅めのランチを取った。ここの名物はシーフードとほうれん草の炒め物や蟹を使ったパスタなどで、どれも非常に美味しい。


リンコ「それについては本当にごめん。マジで心配だったからさ。でもコマチが辞めなくて本当に良かったよ」


コマチ「にひひ〜。泣きちゅかれたらお腹すいちゃったよ〰。ね、もうちょっと頼んでいーい?」


ジャコ「いやもう何でも頼んでくれていいんで。今回はうちらが奢りますから」


コマチ「ありがと〜。店員さん、茄子とベーコンのパスタひとつ、それに香草のソーセージ1人前ここにお願いしましゅう」


店員「かしこまりました」


リンコ「ね、あのカレとはどこで知り合ったの? やっぱ貴族のパーティーとか?」


コマチ「ひみちゅ」


 言葉の噛みも復活し、パスタのソースを口につけて嬉しそうに笑うコマチパイセン。もうどっちが彼女の素顔なのかわからなくなってきたが、ひとまず私の大好きなパイセンが逃亡しなくて良かった。私は安堵しつつ自分のパスタを食べるのだった。



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