第8話 ロリ先輩、秘密のフェアウェル(前編)
読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。今日も私の優雅なアイドル生活についてお話ししたい。
平日の朝、私たちは起床すると寮のリビングルームに集まることになっている。ここで寮母さんから朝食が提供されるのだ。実のところみんな朝は弱く、1秒でも長く寝ていたいのでだいたいファンにはとても見せられないような不機嫌な顔で起きてくるのだが、1期生の先輩であるコマチパイセンだけは朝から機嫌がいい。
コマチ「ジャコちゃん、おーはよっ」
ジャコ「おはざす…えっコマチパイセン、朝からプリン食べてるの??」
コマチ「コマチのあしゃご飯これー」
嬉しそうにプリンのコップを持ち上げニコニコ笑うコマチパイセン。この人は私と同学年なので17歳の筈なのだが、成人しても幼げなハーフリー族の出であり小学生にしか見えない。顔なんか私の握り拳くらいしかないので(※注:誇張表現)集合の時は横に並びたくないのだ。私たちのプロデューサーのヒッシー氏によれば、ニホンではこういう女性のことを“合法ロリ”と言うらしい。
ジャコ「そんなの食べたらご飯入らなくなるよ?」
この人は1期生、私は2期生なので先輩なのだが呑気で優しく人懐っこい性格なので私はタメ口混じりの敬語で話している。
コマチ「大丈夫、プリンはべちゅ腹!」
あくまでニコニコしながらスプーンでプリンをすくって口に入れるパイセン。今日も絶好調で噛んでいる。可愛いなぁ。そりゃ人気出るよ。私なんて地顔もブサいのにブスっとしてるんだからそりゃ人気出ないわな。
チズル「ハイみんな、ちょっと聞いてー」
リーダーのチズルさんが大きめの声を出して皆の注意を引いた。どうやら何か発表があるらしい。
チズル「予定していた明日の生配信番組、メインの出演者にちょっとトラブルがありまして、特別番組と差し替えということになりました。なので明日わたしたちはバラシということで」
モッチー「えーっ?」
リンコ「それって…明日はオフ日ってこと?」
チズル「そう」
うわーっ! 湧き上がる歓声。無理もない。売れっ子である私たちイセカイ☆ベリーキュートにとって丸一日完全お休みなんてデビュー以来ほとんど初めてなのだ。しかも明日は休日の光曜日だから学校も無い。平日でも何かしら番組配信とかレッスンが入ってたのに。
リンコ「来たオフ日!」
ノリ「昔の仲間集めて朝までオールしちまおっかな!」
チズル「こらこら。聞こえてるから。実家に帰るんならいいけどそうじゃないならこの寮には第10刻(※注:地球の20時)くらいまでには帰ってきて。それに明後日の闇曜日はコンサートがあるから昼までには会場入りしてください。くれぐれもアイドルだっていう自覚をもって行動するように」
うおー、オフ日! 嬉しすぎて顔が緩む。どどどどどうしよう、コミリー誘って同人ショップでも行こうかな、気になってる同人誌を手当り次第に買っちゃおう。夢がどんどん広がりまくっていくぞ。
コマチ「しゅごいね、オフ日だって! ジャコちゃんはどうするの?」
ジャコ「えー、友達と遊ぼうかな。コマチパイセンは?」
コマチ「んー…これから考えるぅ♡」
にこにこ笑うコマチパイセン。可愛いなぁ。先輩だけど失礼ながら子犬のようだ。可愛い過ぎて反射的に頭を撫でてしまいそうになったが理性で止めた。
その日の学校、休み時間に私は友人のコミリー・オムセンタ、ハル・シン・ナルスの二人と話をしていた。彼女らもそれぞれアイドルグループのメンバーなのでこの芸能クラスにいるのだ。
ハル「えーっ、じゃあジャコは明日オフ日なの」
ハルは“放課後♡アップデイト”というB級寄りのアイドルグループのメンバーだ。正直言って人気メンバーというわけではないが、それだけに私とは気が合う。
ジャコ「そう。急に決まって」
コミリー「人気絶頂のアイドルグループのイセキューが休日にオフ日だなんて、神様からの贈り物ですなぁ」
ジャコ「まあ別に私自身は人気絶頂でも何でも無いんだけどね。でもだからこそ有効に使いたいわけ。ね、明日ヴァンディーの同人ショップ行こうよ。変装してさ。でたっぷり同人誌ディグったら美味しいもんでも食べに行こうさ」
人気下位メンとは言え私は国民的アイドルグループのメンバーなのでちょっとは顔を知られており、野面で同人ショップに入るのはマズイ。
コミリー「いいねぇ〜想像しただけでとろけるね! 心の底から行きたい! けどさすがにうちのグループも週末はライブなんだよねぃ」
ハル「うちもだよ。毎週必ず光曜と闇曜はライブ」
ジャコ「ああ…」
私は机の上にガクッとなった。まあそりゃそうか。普通はアイドルやってたら週末なんて事務所がスケジュール入れない筈ないよな。
アイナ「楽しそうね」
圧倒的なオーラと共に私たちの会話に颯爽と入ってきたのはクラスメイトにしてこの学園の女帝と言われる新進気鋭の若手女優アイナ・リー・カードッヂだ。人気女優なのでそんなに登校して来ないが、最近なぜか友達になった。
アイナ「ジャコ、あなたいま顔に喜怒哀楽が全部出てたわよ。何があったの」
いつもながらこの子は歯に衣着せぬ物言いをする。喜と哀と楽は出てたかもしれないが怒は出てないだろう。
ジャコ「いやー、明日オフになったんだけど、突然だったもんで遊び相手がいなくて…」
アイナ「あら。あなたのところのグループは大人気なのにオフなんて珍しいわね。明日は私、午前中だけ空いてるからうち遊び来る? 料理の上手いお手伝いさんがいるから美味しいアプリコットパイご馳走するわよ」
ジャコ「え、アイナの家ってまさか、あの大女優ヴィネスタ・カードッヂの家…?」
アイナ「そりゃそうでしょ。午前中ならママもいると思うけど、会いたいなら紹介するわよ」
ハル「すごっ! ヴィネスタ・カードッヂの家だって!」
コミリー「いいな、いいな!」
うおー、大女優に会いたいか…と言われたら私は人見知りだし、3次元に興味がないので正直そんなにだが、アプリコットパイとは結構なパワーワードを出してくるな。よくあるアップルパイやピーチパイではなくアプリコットとはさすが小じゃれてる。それにサラッとお手伝いさんと言ってたが、やはりお金持ちなのだな。金持ちの家というのも後学のために一度は見ておきたいかも。
ジャコ「…行こうかな」
アイナ「来る? なら準備しとくわ。住所はね…」
アイナが鉛筆でメモ用紙に自宅の番地を書こうとした時、教室に中年女性が入ってきた。
マネージャー「失礼いたします…アイナお嬢様、スケジュール変更でございます。スポンサー様都合で明日の打ち合わせが前倒しになったとのことです」
アイナ「え」
マネージャー「ですので明日は第4刻半(※地球の午前9時)にお迎えに上がります。それでは」
アイナ「あ…」
そう言い残して風のように去っていくアイナの女性マネージャー。
アイナ「ジャコ、本当にごめん。言い訳しない。後で埋め合わせするわ」
ジャコ「いや全然。気にしないで。忙しくて何よりだね…」
ああ、これで完全に明日は予定が空いてしまったな…仕方ない、あんまり気乗りしないけど実家に帰るか…。
その後授業が終わり放課後となり、今日は歌番組の配信放送があるのでクラスメイトでもあるリンコ先輩と二人で魔法送局へ向かった。番組は非常に盛り上がり、普段トークパートでは後方で地蔵のように固まっている私も今日はMCの芸人さんから話を振られ、一言だけだが上手いこと返せた(ような気がする)。配信が終わり第10刻半(※地球で言う午後9時)、中学生であるカレンを除く皆で寮に帰り、遅い夕飯となった。今日のメニューはマスの煮つけと、野菜と茸を炊いたもの。それにデザートのチーズケーキだ。マスはあんまり好物ではないが寮母さんが頑張って作ってくれたものなのでしっかり食べた。
横の席にはコマチパイセンが座っている。今日の番組でもこの人はMCの芸人さんにリアクションがいいと褒められており、しっかり爪痕を残していたのだが、ん? そのわりにどうも表情が暗くないか。
ジャコ「コマチパイセンは明日の予定決まったんですか?」
コマチ「んー…なんかねー、地元に帰らなきゃで…」
あれ? いつになくテンション低いな。今日はこの人大活躍だったのに何か意気消沈してないか?
コマチ「これあげる」
パイセンはそう言いながらデザートのチーズケーキを私に寄越してきた。えっ、甘味大好きなんじゃないの? そうじゃなくても小柄な体で人一倍食べる人なのに、私にデザートを寄越すなんて初めてのパターンだ。
ジャコ「コマチパイセン、何かあったの?」
コマチ「お腹減ってないだけ。あはは」
…笑い声が妙に乾いてる。それに表情が暗いな。絶対何かあっただろ。不安になってきたがパイセンは立ち上がり、決然とした表情を浮かべ独り言を言った。
コマチ「勝負だな…」
なんだなんだ、何が勝負なんだ。向こう側を向いているので表情は見えないが拳を握っているのはわかる。もしかしてこの人は何かと戦おうとしているのか?
リンコ「あたしの女の勘では、コマチは何かあったね」
私たちイセカイ☆ベリーキュートが寮として使用しているシェアハウスは大きなリビングルームと、ほとんど寝るだけの二人部屋に分かれている。チズルリーダーとノリの1号室、私とリンコ先輩の2号室、コマチパイセンとモッチーの3号室、ユキノ様が一人で使う4号室の計4部屋だ。遅い夕飯が終わり、私は漫画の連載を抱える身になったので部屋でひとり漫画を描いていたのだが、そこにルームメイトのリンコ先輩が話しかけてきた。
ジャコ「何かとは…」
リンコ「だからさ、コマチはあんな感じだから悪い奴に騙されてるんじゃないかと思うわけ」
いきなり何を言い出すのだこの人は。
ジャコ「確かにさっきちょっと様子変だったけど…そこまで発想飛びます?」
リンコ「あると思うな。何しろあんな感じだからお金の管理とかもしっかりできてなさそうだし。明日もたぶんそれ系のことで地元帰るんじゃない?」
ジャコ「あ、地元の悪いやつにタカられてるとか」
私は思わずペンを止めて会話に集中した。
リンコ「その可能性あるな。あるいは親の借金とか」
ジャコ「女の勘すごい拡がるな。コマチパイセンの実家って何やってるんでしたっけ」
リンコ「いや、それが前にも聞いたことあるんだけど、はぐらかされたんだよね。ヤバいよこれ…反社の人と繋がりがあるなんてことがマスコミにバレたらグループ脱退、いやグループ自体の存続にも係わってくるよ」
ちょっと話が大袈裟なような気もするが、そう言われると私も心配になってきた。
ジャコ「じゃどうします? マネージャーに報告する?」
リンコ「そんなのダメだよ。下手したらコマチがクビになっちゃうじゃん。明日うちら二人でコマチのこと尾けて確認しようよ」
ジャコ「つ、尾ける?! いやそれはさすがにプライバシーの侵害じゃないんですか」
リンコ「そうも言ってらんないって。大体あんた、明日は実家帰るとか言ってたけど帰りにくいんじゃなかった?」
う、そうなのだ。私は芸能の仕事やるにあたっては母親に反対されており、喧嘩みたいになった状態のまま上京してきたのだ。前の事務所や今の事務所との契約事はすべて父親に頼んでいる。
ジャコ「まーそれは…そうなんですけど…」
リンコ「決まり。明日は早く起きて準備しとこ。変装もしなきゃだな」
うー、確かにコマチパイセンのことは心配だが、探偵ごっこをやることになるとは…変な用事で貴重なオフ日が潰れてしまったが、後編へ続く。