第7話 地味子と雨のミュージアム
読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。今日も私の優雅なアイドル生活についてお話ししたい。
リンコ「あー疲れたァ」
ノリ「ハラ減ったっスね〜」
三大大陸コンサートツアーを控え、私たちは連日のダンスレッスンとボイトレで毎晩遅く寮に帰っていた。寮は中央に大きなリビングルームがあり、そこでみんなが普段生活しているのだ。既に時刻は第10刻半(注※地球の21時)、私も疲れてるしさっさと部屋に帰って漫画描きたいのだが最初からいないのも変人ぽいので毎回少し皆と談笑してから消えるようにしている。
モッチー「みんな、ちょっと話聞いて貰っていいですかぁ?」
急に言い出したのは我らがイセカイ☆ベリーキュート2期生、モッチー・オカーキだ。私やリンコ先輩の1学年下の16歳、個性的なメンバーの中では地味な存在だが小悪魔的な面もあり、ファンはガチ恋勢が多い。普段からおとなしい子なのだがそのモッチーが話を聞いてもらいたいとは一体なんだろう。
リンコ「どしたモッチー」
チズル「何かあったの? 何でも言いな?」
さすがチズルリーダー、さっきまで疲れていた筈なのに一瞬でリーダーの顔になった。
モッチー「実はわたし、最近誰かに尾けられてるみたいでぇ…」
コマチ「え! ストーカー?」
モッチー「たぶん」
メンバーたちがザワザワし始めた。いつも皆の話には興味なさげな絶対的エースのユキノ様ですらこっちを向いて話を聞いている。
チズル「最後はどこでそいつ見たの」
モッチー「学校から帰るところでぇ…わたし怖くて怖くて…」
リンコ「てことは、この寮に来てる可能性もあるってことか」
コマチ「ふゃあ〜、怖ぁ〜」
チズル「わかった。モッチーは七番町学園だったよね? 明日からしばらくリンコとジャコ、一緒に登下校して。必ず3人一緒に行動すること。何かあったらすぐ言ってね」
学年は違うが同じ学校の私たち二人がボディーガードに指名された。ストーカーかぁ、こういう仕事してたらいつかは来ると思ってたけど、やっぱこういうおとなしそうな子が狙われるんだなぁ。
リンコ「わかった! いいよ、見つけたらあたしが蹴り上げてやるよ」
チズル「バカ! 刃物持ってたらどうするのよ、見つけたらすぐ逃げなさい!」
リンコ「へーい」
リンコ先輩、元気なのはいいが粗忽なのが怖い。もし暴漢が現れたら私が抑えないとだな…できるんだろうか、このひ弱なくそサブカル女に。
次の日の朝、私とリンコ先輩はモッチーと一緒に登校した。学校は同じなのだがモッチーは朝が弱く遅刻魔なので普段はほとんど一緒に登校しないのだ。幸い今日は時間通りに起きてくれたので遅刻せず無事に登校できた。警戒はしていたがストーカーらしき人物も見かけなかったみたいだ。
アイナ「ふーん。じゃあジャコ、あなたのグループの中でその子だけが狙われてるってわけ」
学校で休み時間に私と会話してる彼女はアイナ・リー・カードッヂ。大物女優ヴィネスタ・カードッヂの娘で新進気鋭の女優である。うちのクラスは芸能科なのでこんな物凄いのがクラスメイトにいるのだ。既に一流芸能人なので私ごとき不人気下層アイドルとは住んでる世界が違うが、とあるきっかけで友達になってしまった。
ジャコ「そう。それでなんか病んでて」
アイナ「だって追っかけなんて芸能人やってたら付き物でしょう。いちいち病んでたら保たないわよ。その子芸能向いてないんじゃない?」
アイナは子役からやっているので既に芸歴10年を越えており、業界のことに関しては非常に手厳しい。
ジャコ「またそんな決めつけて…じゃアイナも追っかけとかいるの?」
アイナ「普通にいる。ファンだけじゃなくパパラッチとか個人の魔法配信者も付いてくる。街歩いてると後ろから何人も付いてきて勇者パーティーみたいになってる時もある」
そうなのか…私も一応超人気アイドルグループのメンバーだけどそんなの一人もいないぞ。アイナとは急速に仲良くなったがやはり芸能界のヒエラルキーとしてはピラミッドの頂点と最下層くらいの違いはあるのだな。
ジャコ「そういう時はどうするの? 追っ払う?」
アイナ「なんて言うのかな、体全体から威圧感というか、近寄るな的なオーラを出してやるのよ。で時おり汚物を見るような眼で睨んでやったり。そうすればだいたいみんなすごすごと帰っていくわ」
ダメだ。参考にならん。アイナくらいの大物なら可能なのだろうがうちのモッチーに威圧感のオーラなんか出せるわけがないし、汚物を見るような眼も優しいあの子には難しいだろう。だいたいオーラなんてどうやって出したらいいんだ。聞くだけ時間の無駄だった。
授業を終え、私とリンコ先輩、モッチーの3人は下駄箱のところで待ち合わせして共に下校し、路線馬車で王立美術館に向かった。今日はそこから魔法配信番組の生中継があるのだ。
モッチー「ご迷惑おかけしますぅ…」
リンコ「困った時はお互い様だよ」
モッチーは前グループから数えてもうアイドル歴2ヶ月くらいになるが、大人しくて物静かで未だに芸能人という感じがない。顔立ちは整っているが伏し目がちで街にいたらアイドルとは気付かれないような子だ。
リンコ「よっしゃ、ちょっと雑談しようぜ! 思えばモッチーとちゃんとお話したことないからさ」
モッチー「わ、ぜひぜひぃ」
さっきまで気落ちしてたモッチーはリンコ先輩に雑談を誘われて嬉しそうにニコニコしている。受け身ではあるが基本的に邪気の無い、いいコなのだ。
リンコ「モッチーはどうしてアイドルになろうと思ったの?」
モッチー「あ、えと、普通に1期生の皆さんがなんかキラキラしてて可愛かったんでぇ…」
リンコ「そっかそっか。よしよし♪ あたしが可愛かったってか♡」
ジャコ「リンコ先輩、『皆さんが』って言ってるから」
ここは先輩には申し訳ないがツッコまさせてもらった。
モッチー「あ、それと、うちはお父さんがいなくてぇ、母子家庭だったからわたしも働いて家計の助けになろうと思ってぇ…」
やばい。何か地雷踏んだみたいだ。その父親のことを掘ったら面倒そうだし場の空気も悪くなりそうだ。と言って母子家庭で苦労したかとかのセンシティブな話題にも触れられない。
リンコ「そっかそっかあ、うんうん…」
話に詰まり窓の外に視線を逃がすリンコ先輩。さしものコミュ力モンスターのリンコ先輩も今回は話題誘導に失敗したようだ。
私たちが美術館に着くと、既にリハーサルは始まっていた。我らが絶対的エースのユキノ様がひとりでステージに立ち、自身のソロ曲を歌っている。曲は“弱気ねマイハート”。公演のために作られたラブソングだ。
弱気ねマイハート
作詞:ムーブメント・フロム・アキラ
作曲:ジューゼン・ナッス
歌:ユキノfromイセカイ☆ベリーキュート
素敵 水晶みたい 透明な夜
朧月に君を想う
揺れるハートは氷細工 触れたら溶けてしまいそう
これが初恋なのかな
明日声をかけてみたい
神様の気が変わらないうちに
弱気ねマイハート うつむいてちゃダメ
リップはブルベ 口角に気をつけて
吐息はSo Sweet もう話しかけちゃえ
気持ちはGood day きっとカレは見てる
この想い きっと伝わる 筈だよね…
素敵 蜃気楼みたい ときめきの春
花霞に君を想う
濡れた瞳はGirlie Mind 本気でこの胸焦がしそう
それもセオリーなのかな
来週告白してしまいたい
キューピットの矢が残っているうちに
弱気ねマイハート 黙っていちゃダメ
チークは弱め トータルでメイクして
本気でI Need きっとカレも待ってる
この痛み もう気付いてる 筈だよね…
ドキドキがズキズキに変わる
教えて恋の魔法使い どうしてこんなにHEAVYなの
弱気ねマイハート うつむいてちゃダメ
リップはブルベ 口角に気をつけて
吐息はSo Sweet もう話しかけちゃえ
気持ちはGood day きっとカレは見てる
この想い きっと伝わる 筈だよね…
すごいすごい。可愛い。リハーサルなのに思わず拍手してしまった。後輩に拍手されたユキノ様はちょっと照れくさいのか、視線をそらしたまま頬を赤らめて唇をつんと尖らせている。やっぱりユキノ様は死ぬほど可愛い。衣装じゃなくてレッスン着なのにこんなにキラキラしてるなんて。
モッチー「わたし、男子に生まれてたらユキノ様に恋してたと思うぅ…」
ジャコ「わかるよモッチー」
リンコ「そおぉ〜お? 結構めんどくさい女だと思うけどな」
番組の配信が終わりすっかり日も暮れかけ、外は雨が降っていた。私たちが寮への馬車に乗り込もうとした時にモッチーが叫んだ。
モッチー「あ! あの人ですぅ…ストーカー…」
え。やばいやばい。モッチーの視線の方を見ると確かにいかにも怪しげな黒づくめの男がいる。こっちの視線に気づいてサッと物陰に隠れたが、うちの先輩はそれより早く行動していた。
リンコ「隠れんな、卑怯者っ!」
ジャコ「え、わ、は?!」
私が驚くより早く、元気っ子のリンコ先輩は駆け出しパルクールのように塀を越えてストーカーを追いかけていった。話によるとデビュー前はこんなに元気な感じではなかったとのことだが、今のキャラが本来の資質に合っていたのだろう。過去には体操もやっていたとのことで猫のように身が軽い。
リンコ「おばちゃんっ、後でお金払うねっ!」
そう言うとリンコ先輩は露店の果物屋さんの棚からオレンジをひとつ取り、サイドスローでストーカーめがけてぶん投げた。なんという制球力、オレンジは見事にストーカーの後頭部に命中した。
黒づくめの男「ぬごっ?!」
よろけてコケるストーカー。リンコ先輩はすぐ走り寄って彼の腕を取った。
リンコ「捕まえたっ! おじさん、いいトシして何やってんのっ?」
黒づくめの男「い、いや、私は、その…」
私とモッチーもすぐに二人に駆け寄ったが、モッチーは黒づくめの男を見て唖然としていた。
モッチー「…この人ぉ、たぶんわたしのお父さんです…」
リンコ+ジャコ「えっ?!?」
思わず声がシンクロする私とリンコ先輩。
ジャコ「モッチーってお父さんいないんじゃなかった?」
モッチー「わたしが幼稚園の頃に親が離婚してぇ、それ以来会ってないけど、たぶん…」
リンコ「おじさん、そうなの?」
リンコ先輩の言葉にこくりと頷く黒づくめの男、あらためモッチーの父親。リンコ先輩は焦って捕らえていた腕を離した。
ジャコ「リンコ先輩、一回謝った方が…」
リンコ「あ、えと、ごめんなさいっ! …けどさ、お父さんだったら堂々と会いに来ればいいじゃん。なんでこんな隠れてたの?」
リンコ先輩がもっともな疑問を投げかけると、モッチー父は視線をモッチーの後ろから外さずに中腰のままダッシュした。
モッチー「え? え?」
ストーカー「ひっ…」
モッチー父「危ないっ!」
モッチーの背後にいたフードをかぶった怪しげな男に肩からタックルするモッチー父。なんだこの男。ちっとも気づかなかったけどいつの間にこんなに接近してたんだ。フード男はよく見るとナイフを持っており、その刃口は結構深めにモッチー父の脇腹に刺さっていた。真っ赤な血がぽたぽたと地面に滴り落ちていく。
モッチー「きゃあああっ!!!」
ジャコ「え、わ、は」
思わずキョドってしまう私。なにこれなにこれ。何がどうなってるの。さすがの元気娘リンコ先輩も呆然としていたが、秒で我に返り行動に移った。
リンコ「誰か! 男の人、来てください!」
あまりのことに判断ができなかったが、なるほどこの場合は人を呼ぶのがベストな判断だ。モッチー父は雨の中で流血しながらもフード男にしがみついていた。私は泣きじゃくるモッチーの腕を引っ張って引き離すことくらいしかできなかったが、すぐに道行く男性たちが来てくれて、衛兵が来るまでフード男を抑えつけてくれた。
モッチー父はすぐに救急馬車で病院に運ばれた。脇を刺されたが内臓には到達しておらず、また出血量もそこまでではなかったため命に別状はないようだ。私たちは救急馬車を追って病院に駆けつけていた。
モッチー「お父さん! しっかりして! お父さん!」
モッチー父「…だ、大丈夫だ…」
モッチー父はベッドの上で脂汗を流して痛みに耐えている。止血はしたがまだ相当痛いのだろう。
ジャコ「私がミキオPに鳩しておいたんで、すぐに天才治癒系魔法使いJKが来てくれると思います」
リンコ「すご。そんな知り合いいるんだ」
モッチー「お父さん、いったいどうしてこんなこと…」
モッチー父「…お前がアイドルやってることは知ってたんだが、俺は母さんに離婚された身だからな、遠くから見守るだけにしようと思って野外ライブを見に行ったんだが、そこでナイフをちらつかせている怪しげな男を見かけたもんで、お前を守ってやらなきゃと…」
ジャコ「それでずっと見張ってたってわけですか」
モッチー「…もう、バカじゃないの! 死んだら何にもならないじゃない!」
怒りながら肩を震わせぽろぽろと涙を流すモッチー。きっとあのフード男はモッチーを刺そうと待ち構えていたのだろう。モッチー父が体を張って守ってくれたおかげで大事に至らずに済んだってわけだ。
ジャコ「離れていても親子ってことだね…」
私は自分で言った言葉に感動して思わず眼が潤み、涙でアイメイクが溶けてしまった。
リンコ「…ジャコ、黒い涙が出てるよ」
ジャコ「リンコ先輩、うるさい」
その後、ミキオPと共に天才治癒系魔法使いJKのサラさんが来てくれてモッチー父は無事に完治した。後で聞いたところによると、モッチー父は不倫で離婚されたそうで、結構ダメな大人だったが今回見せた親子の愛は本物だ。いつかモッチー母も許してくれる時が来るだろう。来るんじゃないかな。来るような気がする。