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第6話 ディーヴァ×アクトレス

 読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。今日も私の優雅なアイドル生活についてお話ししたい。


 私の通ってるクラスは芸能科なのでクラスメイトはみんな芸能人かその卵ばかり。伝統芸能の子もいれば音楽やってる子もいるし若手の俳優もいたりで、人気アイドルグループの一員とは言え私自身は下位人気メンなので毎日肩身の狭い思いをしている。


コミリー「おはようジャコ〜」


 声をかけてきたこのくしゃくしゃの笑顔で八重歯の子はコミリー・オムセンタ。この子も芸能人、それも私たちイセカイ☆ベリーキュートと同じアイドルグループ“ゆめ味シトロン”の人気3〜4番手くらいのメンバーである。ライバルと言えばライバルだが人気では圧倒的にイセキューが勝ってるし、そもそも私はこの子を同業者として見ていない。同人誌を貸し借りしたりイラストを見せ合ったりしてるその道の同志なのだ。


ジャコ「オッスオッス〜」


コミリー「今日は女帝陛下が来てますゾ」


ジャコ「え、そうなんだ」


 女帝と言っても本物の王族ではない。このクラスでいちばんの出世頭、大物女優ヴィネスタ・カードッヂの娘にして新進気鋭の若手女優アイナ・リー・カードッヂのことだ。


ジャコ「珍しいね、あんな売れっ子が出席するなんて」


コミリー「このクラス、出席率の高い子はスクールカースト下の方だからねぃ」


ジャコ「うちら全然休まないからなw」


 私とコミリーが自虐ネタでくすくす笑っていると、威風堂々たるシルエットが近付いてくる。誰あろうこの学園の女帝アイナ・リー・カードッヂだ。真紅の大きな瞳であちこちを睥睨しながらすたすたと歩いていく。


 がしゃん。女帝アイナの歩みの勢いに巻き込まれ私の筆箱が机から落ちた。床に鉛筆や消しゴムが散らばったが、なんとと言うべきか、考えてみれば当たり前なのだが女帝陛下は身をかがめて拾ってくれた。


ジャコ「あ、す、すいません…」


アイナ「あなたが謝ることはないでしょう。ごめんなさいね」


 拾った筆箱と鉛筆類を私に渡すアイナ。入学以来ほとんど初の彼女との会話だ。


ジャコ「ど、ども…」


アイナ「えーと、何さんだっけ」


ジャコ「あ、えっと、ジャコ・ギブンです。アイドルやってます」


アイナ「アイドル」


 女帝は不思議な顔をしてみせた。しまった、アイドルというジャンルも結構浸透したと思ったが、まだこの階層には響いてないか。


アイナ「私、アイドルってものがわからないの。異世界の言葉でしょう? 歌手なのかダンサーなのかタレントなのか、モデルなのか」


ジャコ「あ、なんか、それら全部ひっくるめてアイドルって言うらしい、です」


 私の言葉に不満があるのか、女帝は怪訝な表情に変わった。


アイナ「中途半端だわ。歌手は何年も歌に専念するからこそ歌手として認められる。あなたは歌を何年やってるの?」


ジャコ「えーと、前のグループのデビューから数えても2ヶ月くらいかな…」


アイナ「それじゃあ、お話にならないんじゃない?」


 女帝は真紅の瞳を歪ませ苦笑した。怖っ。さすが女優だ。クラスメイトと談話してるだけなのにこんなに迫力のある表情を見せるなんて。


コミリー「えとあの、ジャコは歌うまいんだよ!」


 隣の席にいるコミリーが助け舟を出してくれた。


アイナ「そうなの?」


ジャコ「あ、一応、グループではボーカル担当で…」


アイナ「ボーカル担当って、ボーカル担当以外の人がいるボーカルグループってのもよくわからないわね。ジャコさんだっけ、あなたのグループ、次のライブはいつなの?」


ジャコ「あ、いや、今週氷曜にニーツ文化会館でだけど、もうチケットは完売してて」


ジャコ「いいわ。私、業界の力使うから。今週末あなたのグループのライブ行くわ。そこでもし私があなたの歌に聞き惚れたら友達になってあげる」


ジャコ「えっ、ええっ?!」


 友達になってあげるとは、なんて尊大なんだろう。冗談なのかな。でもこの子ならこのくらいのことはナチュラルに言いそうでもある。どう返したものか。私が言葉を言い淀んでいると女帝は横にいるコミリーを指差して言った。


アイナ「そこのあなた」


コミリー「え、あたしぃ??」


アイナ「席ふたつ取るから、あなたも来て。私、有名人だから守ってもらわないと」


コミリー「ええ!? いやあたしもこう見えてアイドルなんだよねぃ」


アイナ「だったらちょうどいいわ。アイドルのことについて私の横で解説して」


ジャコ「ちょちょっと、本当に来てくれるんですか?! だったら関係者席ふたつ用意して貰うけど」


アイナ「嘘なんか言わない。本当に行くわ。だからあなたもちゃんと歌って私を魅了してね。じゃ時間とかわかったら後で教えて」


 言うだけ言って一陣の風の如くすーっと立ち去ってゆく女帝陛下。はじめて会話したけど旬の女優とはこんなにも我儘で圧倒的なオーラを放つものか。私とコミリーは威圧されて脳天からしゅーしゅー煙が出るくらいうちのめされていた。




 ライブ当日。一般的にライブには『関係者席』という結構自由のきく席があり、ふだん機材などを置いてあるが無理をすれば4〜5席くらいは用意できるのだ。今回は運営に『あのアイナ・リー・カードッヂが来たいと言っている』と言ったら喜んで席を作ってくれた。開場時間となり、既に入場は始まっているが、その関係者席は埋まっていない。前日にチケットは渡してあるのだが、女帝にドタキャンされたのかな。もしかしたら彼女の気まぐれに振り回されただけなのかもしれない。


コマチ「はーい、本日はイセカイ☆ベリーキュート[アイドルの遺伝子]公演にご来場頂きまして誠にありがとうございましゅう。開演に先立ち、お客様にいくつかのお願いを申し上げましゅ。公演中、やむを得ない場合を除き、椅子の上に立ったり、席を立って移動しゅる行為は危険な上、他のお客様のご迷惑になりましゅので、絶対におやめくだしゃい…」


 今日の影アナ(顔を見せない劇場アナウンス)担当はコマチパイセンだ。今日も絶好調で噛みまくっている。実のところ普段の会話だと噛まない時も多々あるので狙ってやってるかどうか微妙なところだ。


 あ、アイナ女帝とコミリーが入ってきた。女帝は顔の半分も隠れそうな大きなサングラスをかけているが、客席はザワザワしておりもう結構気づかれているようだ。


観客A「おい、あれって女優のアイナ・リー・カードッヂじゃね?」


観客B「本当だ、なんでこんなところに?」


観客C「一緒に歩いている子も“ゆめ味シトロン”のコミリーちゃんだぞ」


 同級生のコミリーはまったく変装していないのでアイドルオタクには見つかったようだ。ふたりは注目されながらも関係者席に着いた。


コマチ「以上、よろしくお願い申し上げましゅ。本日の影アナ担当はバナナの妖精、コマチ・ツブオリーでした! それでは[アイドルの遺伝子]公演、開演でしゅ!」


客席「うおーーーーっっっ!!!」


 オーバーチュアが流れ、幕が開いて公演が始まった。このセットリストは2期生参加後に初めて作られたもので、一般向けというよりは完全にファン向け、非常にノリノリでアガる曲ばかりで構成されている。客席はみんなミニ魔法杖を振っている。これは先端に魔法石が付いており、推し色を光らせて応援するためのものだ。ちなみに私の推し色は黒なので私の推しは何も光らない黒い石を付けた杖を振っており、ちょっと可哀想になる。


 オーバーチュアが終わり、次は本公演のテーマ曲“アイドルの遺伝子”である。これは公演のために作られた曲で、シングル曲として出せばいいのにと思うくらいキャッチーでポップな曲だ。まだ発表して1ヶ月ほどだがファンの間ではすっかり人気曲になっている。




アイドルの遺伝子

作詞:ムーブメント・フロム・アキラ

作曲:ジューゼン・ナッス

歌:イセカイ☆ベリーキュート



僕らは変わらない日常に慣れ

心から笑えない日々が続いていた

変化することが怖くて

怠惰に逃げてばかりいたんだ


急展開 今はじまる大恋愛

異世界から来た新しい概念

アイドル 推してる この世界が変わる

推しが絶対最高 キレッキレ


百恵 聖子 明菜 桃子 おニャン子 CoCo TPD グッピー チェキッ娘 モー娘。 あやや Perfume AKB ももクロ 坂道


次の世代へ繋ぐ アイドルの遺伝子 

君が僕のナンバーワン



ぼくらは退屈な現状の中で

キラキラに輝く君と出逢った

まぶしい笑顔にハート射抜かれて

運命の烙印刻まれたんだ


急旋回 無償の愛捧げたい

異世界から来た愛おしい存在

アイドル 恋してる それだけで世界が変わる

推しが断然最強 ブリンブリン


三人娘 かしまし娘 キャンディーズ ピンクレディー 少女隊 セイントフォー フジミ Babe Ribbon SKI ゆうこりん ベビメタ イコラブ


次の世代へ繋ぐ アイドルの遺伝子 

君は僕のダイヤモンド


君が僕のナンバーワン




客席「ワーーーッ!!!」


 やはりこの曲は盛り上がる。客席は発光するミニ魔法杖の光で色とりどりの星の海のようだ。ありがたいことに私の推し色である黒い魔法石もいくつか見えている。関係者席にいる女帝とコミリーのふたりも楽しんでいるようだ。


アイナ「これが…アイドルのライブ…」


コミリー「やっぱイセキューは盛り上がるねぃ。うちらとは熱狂度が違うよ」


 盛り上がりは最高潮のまま次の曲へ移行する。



不安Under The Moon/イセカイ☆ベリーキュート

弱気ねマイハート/ユキノソロ曲

君はミモザ/チズルソロ曲

涙声のボーイッシュ/リンコ・ノリ・モッチーによるユニット曲


と公演オリジナル曲が続き、ついに私のソロ曲となった。これも公演のために作られた曲で、歌詞は私が書いている。リンコ先輩たちがハケていき、私は舞台の真ん中に立った。衣装はシックな黒いドレス姿である。


コミリー「あっ、次! 次はジャコのソロ曲だよ!」


アイナ「えっ、そうなの?」


 関係者席の女帝たちの声が聴こえる。私はすーっと深呼吸して既に唄い慣れた私のソロ曲を唄った。




黒虹〈BLACK RAINBOW〉

作詞:ジャコ・ギブン

作曲:ジューゼン・ナッス

歌:ジャコfromイセカイ☆ベリーキュート


暴乱の大河 雷鳴の彼方

いま朝焼けの空に黒い虹がかかる

霧雨は神々の涙か

BLACK RAINBOW


吹き荒れる嵐 舞い散る砂塵

誰も知らないCruel World

戦乙女(ヴァルキュリア)に抱かれて揺らぐ正義感

きっとこれは超常のレクイエム


BLACK BLACK BLACK RAINBOW

この星が明日滅ぶとしても

BLACK BLACK BLACK RAINBOW

この想いは消えやしない

Wow Wow 運命とDive BLACK RAINBOW



紺碧の大海 雷光の刹那

いま白夜の空に黒い虹が見える

荒波は神々の鼓動か

BLACK RAINBOW


荒れ狂う四海 どよめく波濤

何も言えないImmortal Fame

堕天使に操られて失う平常心

きっとこれは狂乱のセレナーデ


BLACK BLACK BLACK RAINBOW

この身が明日朽ちるとしても

BLACK BLACK BLACK RAINBOW

この意志は潰えやしない

Wow Wow 輪廻のDrive BLACK RAINBOW


急ぎ過ぎる死神 戦乱の巷 

乗り越えろBuddy 多分ここが分岐点


BLACK BLACK BLACKRAINBOW

この星が明日滅ぶとしても

BLACK BLACK BLACKRAINBOW

この想いは消えやしない

Wow Wow 運命とDive BLACKRAINBOW



観客「うぉーーー!!!」


コミリー「ジャコ、かっこいい! 目線ちょうだい!」


アイナ「…何これ…何がなんだかわからないけど、なんか凄い…」


 夜中にノッて書いたのでちょっと恥ずかしい歌詞だが、ロック調のハードなメロディと相まってなかなかの仕上がりになってると思う。万雷の拍手とやまない声援。客席の興奮はおさまらずみんな黒いミニ魔法杖を振ってくれている。なんて心地良さ。普通の生活をしてたらこの快感はなかなか無いだろう。アイドルやってて良かったと思う瞬間だ。


 私のソロ曲の後はMCタイムである。仕切りはいつものイセキューの元気娘、リンコ先輩だ。舞台上手(かみて)から小さく拍手をしながらリンコ先輩がコマチパイセン、カレン、モッチーを従えて入ってきた。


リンコ「いえーい!(拍手) アイドルの遺伝子、不安Under The Moon、弱気ねマイハート、君はミモザ、

涙声のボーイッシュそして黒虹〈BLACK RAINBOW〉と6曲聴いて頂きました! ジャコ、おつかれ!」


ジャコ「どーもどーも」


リンコ「今日もばっちり声量出てたねー」


ジャコ「がんばってひねり出しました〜。でね、今日は私の同級生が見に来てくれてまして」


リンコ「あっ、そうなんだ」


ジャコ「ちょっとひとこと言わせてください、アイドルって確かに歌手と言うには中途半端な存在かもしれないけど、この感動は本物だよ! みんなもそう思うよね?」


客席「本物ーー!!」


ジャコ「わ、ありがとうございまーす」


リンコ「同級生と何かあったんでしょうね。後で楽屋で聞きますけど。ということで、次の曲はコマチちゃんと2期生ふたりのユニットによる“天使のレッスン”です。どうぞっ!」


 公演は続き、ラストは名曲“Starry Story”。そしてアンコールを貰ってデビュー曲“イセカイズム”とシングル曲が続いて閉幕となった。私も着替えて帰りの送迎馬車に乗ろうとしたが出待ちのファンたちに混じって女帝アイナとコミリーがいた。げ、まだ帰ってなかったの。出待ちのファンたちをかき分けて女帝が前に出て、真紅の瞳を輝かせて言った。


アイナ「今日のライブ、良かったわ。アイドルって本当に不思議ね。私の舞台でもあんなに観客を沸かせたことはない」


 そう言う女帝はやや興奮気味で顔も赤らんでいる。


ジャコ「あ、すいません、メンバーみんな待たせてるんで、また学校で…」


アイナ「約束通り友達になってあげる。次は私の舞台見に来て。約束よ」


 そう言いながらチケットを渡してくる女帝。え、本当に私がこの売れっ子女優の友達になるのか、全然実感わかないな…体感で3秒ほど戸惑っていると出待ちのファンたちが騒ぎ出した。


ファンA「すげー! アイナ・リー・カードッヂだぜ!」


ファンB「ジャコちゃんと友達なのか?」


ジャコ「あ、はは…」


 チケットを受け取る私。どうやら彼女の主演劇のようだ。


アイナ「行って。待たせてるんでしょ」


ジャコ「あ、ハイ。今日はありがとう!」


 馬車は発車し、私たちの寮に向かった。ファンたちの間の仁義で後追いはしないことになっている。私は馬車の中で貰ったチケットを見つめながら4時間もある舞台劇か…面倒くさいなぁと思っていた。

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