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第5話 足首のTenderness

 読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。今日も私の優雅なアイドル生活についてお話ししたい。


 地曜日の放課後、いつものようにコンサートのリハーサル前のミーティングが始まった。マネージャーのクロッサー氏が皆の前に立ったが、おそらく先日内々で告知があった3rd.シングルについて話すのだろう。私たち2期生が加わってから初めてのシングルで、2期生4人も全員選抜されると聞いている。


クロッサー「えーお疲れ様です。今日はね、3rd.シングル『Smile Beam 120%』のフォーメーションが決まったんでその発表から」


 体育座りで話を聞いていたメンバーたちに一瞬で緊張が走った。フォーメーションというのはステージ上での立ち位置のことで、当然ながらセンターないしそれに近い方が人気メンとされみんなそこを目指している。私はどの位置だろう。まあ身長も高いし人気もないから後列端っこ確定だろうけど…。


クロッサー「今回はダブルセンターです。前列右1番カレン、左1番ユキノ」


 おおーっ。メンバーから歓声が上がる。ついに絶対的エースであるユキノ様と並んで2期生カレンがセンターに立つことになったのだ。オーディションの時は全然垢抜けなくて学校のジャージで来てたカレンが。


ユキノ「頑張ろうね、カレン」


カレン「ハイ!」


 スイッチオフの時はにこりともしないユキノ様がカレンに微笑み、声をかけた。王者の貫禄だ。狼狽えもせず当然のようにセンター就任を受け止めているカレンも14歳とは思えない大物っぷりだ。


クロッサー「右2番ジャコ、左2番チズル。後列は…」


 えーーーっ!!! 私がフロント?! しかも上手(かみて)2番! センターの隣じゃないか、ど、ど、どうしてそんな好位置に?! 何かの間違いじゃないの?


クロッサー「…以上です。今回は2期生の顔見せと、ボーカリスト重視の曲ということでこのフォーメーションとなりました。振り付けはまだ決まってないけど後で楽譜と歌詞が来るんで歌の練習しておいてください」


 暗にルックス重視の選抜じゃないからねと言われているような気もするが、とにかくエライことになってしまった。私みたいなクソブスがフロントに立ってしまったら売上に影響出るんじゃないだろうか。親とかも驚くだろうな。なんでお前が? もしかして体でも売ったんじゃないだろうなとか心配されるかもしれない。こんな貧相な体売れるか。


リンコ「ジャコすごいじゃん! センターの隣だよ! 歌番組とかめっちゃ目立つよ! おめでとう!」


ジャコ「うう〜ありがとリンコ先輩。でもプレッシャーです…」


カレン「ジャコちゃん一緒に頑張ろ! すごいよ、1列目に2期生がふたりも! 2期生の時代だね!」


モッチー「カレン、そういうのは1期生さんの前で言っちゃダメだよぉ…」


 初選抜でいきなりセンターに抜擢されて明らかに調子に乗っているカレンを気遣いの女モッチーがやんわり諌めてくれている。1期生はみんな優しいからこんなことでは怒らないが、本当にこの子はナチュラルに周囲をピリつかせる。まあこれも大物の貫禄なんだろうか。




 翌日は3時間の公開配信番組に参加。翌々日に3rd.シングルの歌詞と楽譜が届いた。今回も天才ジューゼン・ナッス先生の作曲でありインパクトのあるいい曲だ。曲中に転調が5回、ファルセット(高音)もあり確かにボーカリストとしての技量が試される曲と言える。Cメロには私の長めのソロパートもあるとのことでますますプレッシャーだ。ライブで音程外したら掲示板(注※駅などにある本物の掲示板)でボコボコに叩かれそう。


 今日のレッスンは振り付けの先生が来ていて、せっかくだから新曲の振り付けはメンバーの意見を聞いて考えようということになった。振り付けの先生は作曲家ジューゼン・ナッス先生の実妹でダンサーのミューキー・ナッス先生だ。1st.シングルの頃から振り付けを担当している人で、指導の厳しさには定評があり鬼軍曹と呼ばれている。私たちはステージに立ち、先日決まったフォーメーション通りに並べられた。フロント位置は思ったよりも客席が近くて、二重の意味で冷や汗が出る。私があらためて事の重大さを実感し上の空でいると、隣のカレンが後ろのモッチーと話しながらふざけて大振りのソロダンスを披露していた。


カレン「そしたらさ、お客さんに目立つようにこんな感じで大っきくターンしてさ…」


ミューキー先生「ちょっと、カレン! ふざけないで!」


 ミューキー先生に注意されたカレンは慌てて体勢を戻そうとしたが、軸足がズレて転んでしまった。その体は隣にいた私に思いっきり当たり、どすん、私はよろけてステージの下に落ちてしまった。


チズル「ジャコ!」


リンコ「大丈夫?!」


ジャコ「は、はい…別にこれくらい…いっ」


 右足首に激痛が走る。思わず顔が歪んでしまった。ヤバいこれ捻挫したかも。


コマチ「骨やったんじゃない?」


モッチー「そ、そんな」


ノリ「カレン、謝りな!」


 元ヤンのノリが思わず怒声をあげたが別にカレンに謝る気がなかったわけじゃなく、気が動転していただけだろう。


カレン「ご、ごめんなさい…」


ジャコ「いや、ボーッとしてた私が悪いんだよ」


 足首がズキズキしてつい表情に出てしまう。カレンはもう顔を真っ赤にして泣きそうになっている。やりきれないなあ。次世代エースのアンタがそんな顔するなよ。私がどんくさいのがいけないんだよ。


ミューキー先生「ジャコ、とりあえず医務室行くよ。レッスンはしばらく休憩!」


 私はミューキー先生に肩を借りて医務室に行くことになった。参ったなぁ、せっかくフロントメンバーに選抜されたのに…。




 右足首は剥離骨折していた。運営が治癒系魔法使いを手配してくれるとのことだったが、どの人も予定が合わず私は王都内の病院で入院することになった。事故の翌日から足首をギプスで固定されトイレ以外はベッドに寝たきりの生活が始まった。カレンのことはまったく憎んでいないがこれで選抜の目が消えたことだけがつらい。あんないい位置のフォーメーション、しかもシングル曲。あんなチャンス今後一生無いだろうなぁ。はぁ…。


 ひとりでため息をついていたら個室のドアが開き、カレンが血相変えて飛び込んできた。えっ平日の昼間だろ、学校どうしたんだよ。


ジャコ「カレン、学校は…」


カレン「ごめんなさい…ジャコちゃん、本当ごめん…あたしが全部悪いから…」


 部屋に入るなり謝り始めるカレン。見るとぼろぼろ泣いている。こんな天真爛漫な子に泣かれるとこっちの胸が痛くなる。


ジャコ「いや、泣くなって。大丈夫だよ、治癒系魔法の先生も頼んであるっていうし。私がどんくさいのが悪いんだよ。それよりあんた学校サボってきたの?」


カレン「ジャコちゃんが…心配で…それで頭がいっぱいで…」


 カレンは泣きじゃくって止まらない。カレンてこんな一面もあるんだ、全然知らなかった。いい子なんだなぁ。


ジャコ「わかったわかった。私はちっとも怒ってないから。私のぶんまで新曲のセンター頑張ってね」


 カレンが涙を拭って学校指定カバンから黒のコンテ(天然顔料を粉末状にし棒状に固めた描画材)を取り出し、私の足首のギプスに自分のサインをした。私は動けないので何の抵抗もできない。


ジャコ「え、何やってんの?」


カレン「こうすると治りが早くなるんだって! それとこれ、お見舞い! 学校行くね。明日も来る。毎日来るから!」


 そう言って彼女はベッドにポケットから取り出したばらばらの菓子類をぶちまけ、制服のスカートを翻し駆けて行った。私と違って忙しいあんたに毎日こんなところに来る余裕ないだろうに…。




 夕食前、新曲の歌詞と楽譜を眺めていた私だったが、個室のドアをノックする音があった。


ジャコ「どーぞ」


リンコ「ジャコ、元気ー?」


 ドアを開けて入ってきたのはリンコ先輩だ。いや、その後ろからリーダーもコマチパイセンもノリもモッチーも。ユキノ様とカレン以外はメンバー全員来てる。リーダー以外は学校から直接来たのか、全員制服姿だ。


ジャコ「えっ全員?! 豪華!」


リンコ「ユキノとカレンは雑誌の取材だって」


ジャコ「あ、カレンは昼間来てくれて」


ノリ「あいつ、昨日あれからずっと泣いてたんだぜ」


ジャコ「そっかー、なんか申し訳ないことしたなぁ…」


チズル「何言ってんの、あれはカレンが悪いんだから!」


ジャコ「いや、私も悪かったんで…」


コマチ「わ、カレンのサインがあるぅ~w コマチも書いていい?」


 落ち着きなくキョロキョロしていたコマチパイセンが私の足首のギプスを見つけて黒のコンテでサインし始めた。例によって私は動けないのでまったく抵抗できない。


ジャコ「あ、あ…」


コマチ「こうしゅると治りが早くなるんだって~」


リンコ「あたしも書こっと」


チズル「じゃわたしも」


 そんなこんなで結局全員にサインを書かれ、私の右足のギプスは貴重なイセカイ☆ベリーキュート6人のサイン入りとなった。それから30分間、持ってきてくれたお見舞いのクッキーを食べながらガールズトークに華を咲かせ、メンバーたちは寮に帰っていった。こんな陰キャの下位メンバーのために国民的アイドルがほとんど全員揃ってお見舞いに来てくれた。もったいない話だ。




 翌日、午前中の早いうちから来客があった。またカレンが学校サボってきたんなら叱ろうと思ったが、そうではないらしい。


サラ「入るで~」


 ドアを開けて入ってきたのは私と同じくらいの年齢の清楚な女の子だ。名門校である聖竜女子校の制服を着ている。誰だろう? 小柄で可愛い子だ。アイドルが入院してるところにそれより可愛い子を連れてくるなよ。


ジャコ「あの、あなたは…」


サラ「イセキューのジャコちゃんやろ? わたしミキオ先生に頼まれて来たんよ。昨日来れんでごめんな~」


ジャコ「…あ、もしかして治癒系魔法使いの先生?!」


サラ「そうやで。聞いてへんかった? ヤシュロダ神殿の巫女、サラ・ダホップです~。こう見えてもちょっとは名の知られた治癒士(ヒーラー)なんやから」


 意外だった。てっきり私は白髪のおじいさんを想像していたがこんな若い子、というか女子高生だったとは。


サラ「剥離骨折やてな、痛かったやろ? すぐ治したるからな~」


ジャコ「え、治す? 治癒士(ヒーラー)って痛みを消すんじゃなくて治せるんですか??」


サラ「そやで~」


 専用の革のケースから魔法杖を取り出し、サラという子は治癒系魔法の準備を始めた。


サラ「ギプスがサインだらけやん。青春やな~。ほな行くよ…ネクト・ジロ・カイエス・リサーロ…サバルベス・アムリラ。金の宝冠、銀の薬杖。コストーの神の御名において彼の者右足治し給え…」


 魔法杖の宝石が輝き、ピンク色の光が私の右足に移っていった。魔法の威力でギプスは割れてしまったが、腫れはもう引いており痛みもまったく感じない。


ジャコ「え、わ、すご! 嘘でしょ、こんな一瞬で?!」


サラ「半刻(注※地球の1時)経ったら普通に歩いてええよ。新曲楽しみにしてんで~、わたしは箱推しなんやから」


ジャコ「あっありがとうございます! がんばります! うちのグループみんないい子ばっかなんで!」


 なんかホッとしたのと感謝の気持ちで、目の前のよく知らない魔法使いJKに抱きつきたくなってしまったが、私のキャラではないのでやめといた。これで明日から、いや今夜からレッスンに復帰できる。もううちら同期のピカピカのエースにあんな可哀想な表情はさせない。私はカレンからもらったミルクチョコをかじりながらそう思っていた。

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