第4話 ゴスメイクのプライド
読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。今日も私の優雅なアイドル生活についてお話ししたい。
異世界ニホンでのミキオPとの打ち合わせを終え、寮に戻るともう第10刻半(注※地球の21時)、私は寮のリビングルームで興味津々のメンバーたちに囲まれていた。ちなみにメンバーの中でカレンは唯一中学生だし家が近いので入寮していない。
リンコ「どうだった、ミキオPとのデート!」
私がリビングルームに入るなり鼻息荒くしてリンコ先輩が訊いてくる。
ジャコ「デートなんていいもんじゃないです。カフェで打ち合わせしただけ。ミキオPが作る漫画雑誌に連載することになって」
ノリ「連載? あんたが??」
モッチー「ジャコちゃん漫画なんて描けたんだねぇ」
チズル「それイセキューの看板でやるんでしょ、変な漫画描かないでよ」
私の描こうとしてるのはゴリゴリのBL漫画なのでリーダーに釘を刺されてギクッとなったが、まあミキオPは評価してくれたから構わないだろう。
ジャコ「え、あ、大丈夫です。たぶん。ははは」
コマチ「漫画の打ち合わせだってしゃ。良かったねユキノ」
ユキノ「別に…」
ユキノ様の表情に安堵の色が見える。この人はミキオPガチ恋勢なので私がひとりで会ってたことを心配してたのだ。私とあんな大人のイケメン眼鏡がどうこうなるわけないだろうに。
リンコ「それで。どこのカフェ行ったの」
ジャコ「それが召喚されて、ニホンの」
全員「えー!」
コマチ「しゅごいしゅごい、いいなニホン!」
リンコ「どうだった、異世界」
ジャコ「とんでもなかったです。スタバとかいうお店。すっごい都会的な内装で、壁一面全部透明な板ガラス。ピッカピカで店内にゴミひとつ落ちてない。外を馬のない馬車がライトつけてびゅんびゅん走ってて。それなのに店内はあえて照明抑え目のダークな感じでそれがまたカッコイイんです。女の人はみんなモデルさんみたいに綺麗で。男の人は2枚の板でできた小型ピアノみたいなのの鍵盤叩いてて」
全員「へぇ~え」
実際めちゃくちゃ凄かったんでつい私は早口になる。あんな強烈な体験して落ち着いていられる方がおかしい。
チズル「想像が追い付かないな…」
リンコ「なに食べたの」
ジャコ「忘れもしない、メロンフラペチーノてやつ。メロンをぎゅっとしたような味でメロンの100倍美味しいんです。メロンてちょっと胡瓜みたいな青臭さが奥の方にあるじゃないですか、あれが一切無くて。もう自分の中の美味しいメーター振り切るくらいとんでもなく美味しかった」
全員「へぇ~え」
コマチ「コマチも行きたい!!! メロンなんとか飲みたい!!」
リンコ「今度メンバー全員つれてって貰おうよ」
チズル「忙しい人なんだからあんまり無理言っちゃ駄目よ。で、明日はこないだから言ってあるように夕方からスポンサーさん、広告代理店さんたちと食事会だから。第18刻にヴァンディー白銀ホテル。遅れないように30分前に来てね。路線馬車(注※バスのような乗り合い馬車)が間に合わなかったらタク馬車(注※タクシーのような流しの馬車)使っていいから」
コマチ「えー、知らない人との食事会やだなー」
リンコ「でもご馳走でるよ」
チズル「これも仕方ない、アイドルのお仕事のうちだから。会場にはいつものステージ衣装で来てね」
忘れてた。明日はスポンサー企業との顔合わせ&食事会だった…誰でもそうだと思うが私はコミュ障気味な上に知らないおじさんと話すのが一番イヤで、素直な気持ちとしてはまったく行きたくない。飼い犬のフン片付ける時よりモチベーション上がらない。寮で魔法配信の“作業用動画”かけながら漫画描いてる方が5億倍楽しい。しかも相手はお偉いさん、それにおじさんだから食事会と言いつつお酒も飲むに決まってる。まあマネージャーが守ってくれるとは思うが、変なスケベオヤジだったら最悪だよな…。
翌日、学校の授業を終え、同じ学校のリンコ先輩と私は路線馬車に乗りヴァンディー市内にある白銀ホテルに向かった。ここは繁華街から少し行ったところにある中規模のホテルだ。受付に訊くと食事会は最上階、天空の間だと教えられたので、私たちは更衣室に向かった。学校の制服からイセキューのステージ衣装に着替え終わって更衣室から出ようとした時、正装で恰幅のいいお偉いさんみたいな人と、スーツ姿のサラリーマンみたいな人が話しながら廊下を歩いていくのが見えた。確かあれはこれから食事会に招かれているスポンサーのビッスワン工業の社長だ。隣にいるのは以前挨拶したことがある、白狼堂とかいう広告代理店の人だ。大声で喋っているので会話がまる聞こえだ。
ビッスワン社長「しかしのう、イセカイベリー何ちゃら言う子たちは全員が全員めんこいわけじゃないからな」
広告代理店社員A「いや勘弁してください社長、それは仕方のないところで」
ビッスワン社長「2~3人怪しげなのがおるが、ワシゃ特にあの背のひょろ高い、目の下に真っ黒いクマ作った女が好かんな! ありゃブスだろう!」
広告代理店社員A「好みもありますからね、意外とあれがいいという人もいるようで…」
ビッスワン社長「あれがか? ワシにゃ考えられんな! うちの広告を頼むんならあの娘は外したいところだな! どわっはっはっ!」
立ち去っていく社長と広告代理店の社員。物陰で聞いていた私たちだが、私よりも横で聞いていたリンコ先輩が憤慨していた。
リンコ「帰ろ、ジャコ!」
ジャコ「落ち着いてリンコ先輩。私は言われ慣れてるから大丈夫です」
リンコ「だって何あのオヤジ! 女の子を何だと思ってんだよ! アイドルが見た目を馬鹿にされたら黙ってらんないよ!」
ジャコ「私もはらわた煮えくり返ってるけど、ここは私に任せて。先に会場行っといてください」
さすがリンコ先輩。怒ってくれて嬉しかった。でも私だけならともかくグループを馬鹿にされたら私も黙ってらんない。私はパウダールームにこもって普段やってるゴス風のダークなアイメイクを落とし、コーラルピンクのアイシャドウとベージュレッドのナチュラルチークで血色良く見えるようにメイクをやり直した。ぴっちり揃えた前髪はヘアピンで止め、自然な感じのシースルーバングに作った。リップも普段やってるダークパープルのは落として桜色のグロスリップに塗り直した。これでだいぶ印象が変わった筈だ。
私が遅れて会場に行くと、既に全員揃っているようだった。上座にさっきの社長、左にスーツ姿のたぶん広告代理店の人たち、右に我らのイセカイ☆ベリーキュートの7人とマネージャーが座っている。
ジャコ「遅れてすみません」
広告代理店社員A「お、おお」
チズル「え、誰?」
ビッスワン社長「おー、なんだ、こんな別嬪さんもおるんじゃないの」
ザワザワし始めるイセキューメンバーたち。どうやら私だと気付いたらしい。うまく化けられたようで良かった。というか私のメンバーカラーの衣装着てるんだからメンバーは気付いてくれないと困る。
コマチ「え、あの影のある美女、ジャコちゃんなの?」
モッチー「モデルさんみたいぃ…」
ノリ「あいつメイク変えるとあんな感じになるのかよ」
ビッスワン社長「別嬪さん、ワシの隣に来んされ、ほれ!」
隣の椅子をばんばん叩く社長。
クロッサー「あの、社長、まだ未成年ですので、どうぞお手柔らかに…」
ジャコ「大丈夫です」
マネージャーが制してくれたが、私はスケベ社長の横の椅子にスッと座った。
ビッスワン社長「いやぁ、あんたさんみたいな別嬪さんがこのグループにおったとはのう! 新メンバーちゅうわけか」
広告代理店社員A「いや、私も把握してませんで…それでは全員揃いましたようなので、ビッスワン重工の社長以下役員の皆様、アイドルグループ・イセカイ☆ベリーキュートの皆様をお招きしての御食事会、始めさせて頂きたいと存じます。これから1年間、ビッスワン重工様とイセカイ☆ベリーキュートとの広告専属契約を結ぶというビッグプロジェクトに先立ちましての食事会でございます。まずはデンカー・ビッスワン社長より乾杯のご挨拶を頂きたいと思います」
ビッスワン社長「本日はようお招きくださった。いや実はイセカイのベリーさんにはどんよりした…まあハッキリ言えばブスな子もおって、あれはどうにかならんかなと思っとったんだが、辞めたようでひと安心しました。これならうちの広告をお任せできますわい。それでは乾杯!」
社長が乾杯の音頭を取ったが、うちのメンバーは誰一人盃を取らない。盃と言ってももちろんジュースの入ったコップだが、社長の挨拶が気に入らないのか皆ずっと暗い目で社長を睨みつけている。
クロッサー「ちょ、ちょっと、君たち」
いたたまれなくなったので私が率先して挨拶した。
ジャコ「ジャコ・ギブンと申します。本日はお招き頂きましてありがとうございます。ですが私は御社の広告は辞退させて頂きます」
広告代理店社員A「きっ、君っ!」
ビッスワン社長「どうしてだね」
ジャコ「私はこの会に参加するためにこのメイクで来ましたが、普段のアイドル仕事はゴスメイクのキャラクターで通しております」
ビッスワン社長「えっ! じゃああんたさんが目の下の黒いクマの…」
ジャコ「私は不美人ですし、社長はあのメイクがお嫌いということですので残念ですが私は御社の広告には参加できません。私にもアイドルの意地があります」
私がそう言い終わらないうちにメンバー最年少のカレンが手を上げて言い始めた。
カレン「あのっ! ジャコちゃんが辞退するんならあたしも辞退します! あたしもブスなんで!」
リンコ「あっ、あたしもブスです! 」
ノリ「アタイも!」
コマチ「コマチも〜w」
モッチー「わたしもぉ」
ユキノ「私もブスです」
チズル「社長、申し訳ありませんがうちのグループにはブスしかいないようなので御社の広告には全員辞退とさせてください」
メンバーが次々と辞退を宣言し、最後にリーダーが深々と頭を下げた。気持ちはありがたいがそこまでされると私も困るんだが…。というかユキノ様がブスだったらこの世に美人なんていないだろうに。
広告代理店社員A「あわ、あわ、あわわ…」
ビッスワン社長「わかった、わかった。ワシも別に本気で言うたわけやない。これ、この通り謝りますけん許してつかぁさい。すまんかった」
ビッスワン社長は膝を折り腰を90度に曲げて頭を下げた。
ジャコ「いや、あの…」
ビッスワン社長「わかっとるて。あの化粧がしたいんじゃろう? あんたさんはうちの広告でその意地通しんされ。イセカイさんの女っぷりよお見してもろた。どうかうちの会社と広告契約結んでくんされ」
メンバーたちはまだぷりぷりしていたが、お偉いさんに頭を下げられたのでこっちも引っ込めざるを得ない。こうして食事会は再開し、広告代理店“白狼堂”を間に挟んだイセキューとビッスワン社との専属広告契約は締結された。