第15話 魔法少女イン・マイ・ドリーム(前編)
読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。今日も私の優雅なアイドル生活についてお話ししたい。
はっ。気がつくと私は馴染みのない景色の中にいた。真四角の箱のような建物、馬がないのに走る馬車、大きくて平らな板ガラスのついたお店。ああ、これはニホンだ。どういうわけか知らないが私は異世界ニホンに来ているのだ。だがどうして? ガターニアとニホンを行き来できるのはミキオPしかいない筈だけど…私が見慣れぬ街を見渡していると後ろから声をかけられた。
リンコ「ジャコ、どうしたの?」
リンコ先輩だ。私たちイセカイ☆ベリーキュートの1期生で、2期生である私たちの先輩に当たるショートカットの元気娘だ。私とは同じ高校の同学年であり、寮のルームメイトでもある。良かった、知ってる人がいた。
ジャコ「…えっ、何ですかそのカッコ」
リンコ先輩は紺色のシックな学生服を着ていた。私も漫画で見たことのあるセーラー服とかいうニホンの伝統的な制服だ。
リンコ「何ですかって…ジャコも着てるじゃん」
えっ、あっ、気がつけば私もセーラー服を着ていた。なんだこれ。いつの間にこんなものを。肩から下げたショルダーバッグにはよく知らないキャラのぬいぐるみが数個ぶら下がっていた。これは噂に聞くニホンの女子高生の典型的なスタイルではないのか。
ジャコ「…どういう状況なのかまったくわからない…」
リンコ「もー、何言ってんの! ほらみんな待ってるよ、おはよー!」
セーラー服姿のリンコ先輩が手を振る方向を見ると、うちのメンバーたちが立っていた。1期生のチズルリーダーとコマチパイセン、それに2期生のモッチーだ。やはり3人ともセーラー服を着ている。
モッチー「おはよーですぅ」
コマチ「ジャコちゃんまだ寝ぼけてる?」
ジャコ「いやー、何がなんだか…」
チズル「しっかりしてよ。ジャコも今日からガールズ騎士ピュアリーナのひとり、ピュアブラックなんだから。早く変身に慣れてよね」
へ、変身?? 変身って言ったの、この人?? ガールズナイトというのも初耳だけど…。
ジャコ「…もしかして私を騙して笑ってやろう的な企画ですか?」
モッチー「みなさんん! あれを見てくださいぃ!」
普段おだやかなモッチーが大きな声を出したのでその方向を見ると、空中に黒いモヤのような巨大な幻影があった。
ゴースト「くふふふふ…邪魔はさせんぞ魔法少女ども。ギッタンギッタンにしてやるぞ…!」
幻影は私たちを「魔法少女」と呼んだ。何を言ってるんだろあいつ。確かに私も魔法は使えるが、授業で習った生活魔法くらいだし…。
チズル「みんな、変身よ!」
リンコ・コマチ・モッチー「ハート・トゥ・ハート!」
4人はどこからかコンパクトのようなものを取り出した。手のひらサイズで蓋を開くと中にボタンのようなものが配置されている。
ジャコ「…あの、これはいったい…」
チズル「ジャコ! 何やってんの、早くミラージュパクトにスターチャームを装着して!」
ジャコ「え、あ、わ」
私が焦ってポケットを探ると、あった。4人のと同じデザインのカラフルなコンパクトで黒い星型のチャームが付属している。なんだかわからないけどもしかしてこれが変身アイテムってやつか? 私は何もわからないままコンパクトにチャームを装着すると、蓋が開き中身が強烈に発光した。
チズル「本当のわたしになる! チェンジ、リアルミー!」
チズルリーダーがそう叫ぶと私たち5人は光に包まれていった。こ、これが変身のかけ声なの…? 噂に聞いたことのあるニホンの少女アニメってやつみたいじゃないか…私が戸惑っていると、外側の世界から急にがくがくと肩を揺さぶられた。
リンコ「おーいジャコ、起きろ。朝だよ」
ジャコ「…はっ」
私が目覚めると、そこはホテルのベッドの上だった。そうだ、私たちイセカイ☆ベリーキュートはいま三大大陸横断コンサートツアーの最中であり、今日は西方大陸にあるカッシャーザ王国のナーガハンマ市に来ているのだ。なるほど、私は魔法少女の夢を見ていたのか…。
ジャコ「夢か…」
リンコ「大丈夫? 朝ごはんの時間だよ。早く行こ」
私はモーニングルーティンを終え、リンコ先輩とともにホテル1階の大レストランに向かった。朝食はワンプレートにチーズリゾットとサラダそれにフルーツ数種が載ったものだ。飲み物はミルクの他にオレンジジュースと茶色茶が選べる。私はプレートとジュースを受け取ってイセキューメンバーの待つ端っこのテーブル席に座った。
コマチ「ジャコちゃんまだ寝ぼけてる?」
座って早々に突っ込んできたコマチパイセン。私とは同い年だが身長が26cmも違い、先輩だが小学生のような容姿だ。この人、夢の中とおんなじセリフ言ってるなぁ…。
ジャコ「なんか、すごい消化不良な夢を見て…」
チズル「ジャコの夢、凄そうだね」
ジャコ「それがですね、舞台がニホンなんですよ。私はえーとガールズ騎士ピュアリーナとかいう魔法少女チームのひとりなんですけど、なんとゆーかこうモヤみたいな敵が現れて、それと戦うために私はピュアブラックとかいうのに変身するんです。たぶんリーダーはピュアレッドで、リンコ先輩はピュアブルー…」
私が見た夢をそのまま話すと、みんな一瞬ぽかんとしていたが、すぐに目の前の朝食に戻った。
ノリ「やっぱブッ飛んでんな、こいつ」
チズル「高校生になってまだそんな夢見るんだ」
コマチ「しゃすが漫画家しゃんだね。次の連載それにしたら?」
カレン「ねー! あたしもその夢に出てきた? あたしはやっぱピュアホワイト?」
中学生のカレン以外には軽くあしらわれてしまったが、無理もない。見た夢の話なんかしなきゃ良かった。私は急に恥ずかしくなって朝ご飯のチーズリゾットをかっこんだ。
その日のコンサートも大盛況で、その日の宿となるカッシャーザ王国タッカーナギ町のホテルに行き夕食とお風呂を済ませると私はくたくたになってベッドに倒れ込んだ。私が睡眠状態に入ると、すぐに昨日の夢と同じ異世界ニホンに立っていることに気づく。なるほど、ガールズ騎士ピュアリーナ第2話ってことだな。でも今回はこれが夢だとわかってるから気が楽だ。あたりを見回してみると確かにニホンっぽいのだが所詮私の知識の中でのニホンなので若干あやふやだ。向こうの通りでは出っ歯に丸眼鏡のチョンマゲおじさんがスマホとかいう連絡用の板を耳につけて何か喋っていたが、ニホンのサムライってあれで合ってるんだっけ。
私がスカートのポケットに手を入れると、やはり変身コンパクトと黒い星型のチャームが入っていた。えーと確かミラージュパクトとスターチャームだったかな。これも私が付けたネーミングってことだよな。
チズル「覚悟はできた? ジャコ」
気がつけば私の隣にチズルリーダーが立っていた。リーダーはもう高校を卒業しているのだがなぜかこの夢の中ではセーラー服だ。この人は羨ましいくらいのワガママボディなので胸のあたりがはち切れそうになっている。
ジャコ「えーと、とりあえず私は何をすればいいんですか」
チズル「いまわたしたちは大神官さまの命を受けて世界中に散らばった天使の神器の破片、88個のアンジェリークチャームを集めているの。わたしたちが変身する時に使う8色のスターチャームもそのうちの8つ。これが悪用されたら大変なことになるわ」
ジャコ「どうなるんですか」
チズル「敵は邪悪なマルゴルドカンパニー。敵の幹部がチャームに暗黒エネルギーを注入するとチャームゴーストという怪物に変貌してしまう。だからわたしたちはあっちよりも先にチャームを獲得しなければならないの。既にゴースト化してる場合は倒してチャーム状態に戻すしかないわ」
リーダーが情報量ギッチギチに詰まった説明セリフを早口で言ってくれた。
ジャコ「なるほど、敵を倒すのとアイテム獲得が同時進行でできるわけか。良くできた設定ですね。あっでもこれ私の夢だから私が考えたってことになるのかな…?」
リンコ「ぶつぶつ言ってる場合じゃないよ、ゴーストが!」
唐突に出現したリンコ先輩と、唐突に出現した見るからに凶悪そうな幻影。なかなかせわしない夢だな。これは昨日の夢に出てきたのより大きくて額にしずく型のチャームが付いている。
チズル「ティアドロップチャームのゴーストだわ。みんな、行くよ! ハート・トゥ・ハート!」
リーダーがミラージュパクトを取り出して赤のスターチャームを構えると、いつの間にかその背後にはイセキューの残り6人が待機し同じポーズを取っていた。みんなやってるし私もやらなきゃだよな。私もすぐにミラージュパクトにチャームをセットして変身のモーションに入った。
チズル「本当のわたしになる! チェンジ!」
イセキューメンバー「リアルミー!」
この掛け声はデフォルトなのか、言わないと変身できないのか、よくわからないがとりあえず私ももごもごしながら一応言うと私たちの体が光に包まれていく。昨夜はここで終わってたから変身後のフォームはわからないままだったんだよな。明るくポップなBGMが鳴り数秒後に光の粒子が飛び散ると変身が完了していた。わ、バレリーナ風のカラフルな衣装だ。恥ずかしいけどアイドル仕事でやる水着よりはマシか。
チズル「情熱のプリマ! ピュアレッド!」
ユキノ「恋のプリマ! ピュアピンク!」
コマチ「笑顔のプリマ! ピュアイエロー!」
リンコ「元気のプリマ! ピュアブルー!」
カレン「輝きのプリマ! ピュアホワイト!」
モッチー「癒やしのプリマ! ピュアグリーン!」
ノリ「かましのプリマ! ピュアオレンジ!」
え、私の番か? どうしよう、何も考えてないぞ。事前に打ち合わせしとけば良かった。えーと、私の売りで言うと…“サブカルのプリマ”か? いやそんなの今言うことじゃないだろ。“ゴスのプリマ”…でいいのか? もうちょっと適切なワードがありそうな気がするけど…。
チズル「何やってんの、ブラック! 早く名乗って! あんたは“陰気のプリマ”でしょ!」
ジャコ「えっ?」
ここで私は目が覚めた。いやこれはいくらなんでも酷い。確かに私は明るい性格とは言えないかも知れないけど、陰気のプリマはないだろう。これでも結構ステージでは熱唱するし、まあまあファンもいるんだから。
朝食はここのホテルの3階にあるビュッフェスタイルのレストランだ。何を取ってもいいのだが私は全然食欲がわかないのでスコーン1個とそら豆のスープだけをプレートに載せて持ってきた。
リンコ「食欲ないの?」
ジャコ「はぁ」
チズル「今日は広い会場だから食べとかないと体力持ってかれるよ」
この人、当たり前だけど夢の中と同じ口調だな。リーダーは尊敬しているがあっちの世界で陰気と言われたことについてはまだ私は根に持っている。
ジャコ「…確認なんですけど、私って陰気ですかね」
ノリ「どうしたんだよ」
チズル「んー、そんなことないんじゃない? 本当に陰気だったらアイドルなんかやってないでしょ」
ジャコ「いや…なんかあんたは陰気のプリマだって言われて…」
リンコ「プリマ??」
チズル「誰に言われたの」
ジャコ「夢の中で、リーダーに」
チズル「それは知らないよ! ジャコの夢でしょ? ならそれはジャコ自身の考えだよ」
ジャコ「それが本当の私だって言うんですよ。リアルミーなんですよ」
チズル「もー! 朝からややこしいこと言わないで! あんたうちのボーカルの要なんだからしっかり食べて体力つけときなさい!」
リーダーに怒られてしまった。うーん、これはちょっとマズいな、ちょっともう夢と現実がごっちゃになってしまっている。寝覚めも悪いし、これではコンサートでのパフォーマンスに影響する。あの夢のシリーズはきっちり終わらせないと…果たして私は夢の中でゴーストたちを打ち破り、マルゴルドカンパニーを壊滅させることができるのだろうか。次回へ続く。




