第12話 乙女動乱 -総選挙memories-(前編)
※本作はハイエストサモナー#216~222の全アイドル総選挙編をジャコ視点から描いたサイドストーリーです。
読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。今日も私の優雅なアイドル生活についてお話ししたい。
三大大陸横断ツアーを1週間後に控え、私はボイストレーニングのスタジオを出ていた。今日はもう仕事が無いので寮に帰ったら漫画を描かねばならない。前の連載作品である『KIN×DAN』はアシスタントさんがとんでもないものを描いてしまい連載終了となったが、作品自体は人気があったので早く次回作を考えてくれと編集部からせっつかれているのだ。
ワカナ「…ジャコ?」
私がスタジオを出ようとすると、ロングヘアでサングラスの雰囲気のある美女に呼び止められた。サングラスを下げて現れたその顔はよく知った女性だった。
ジャコ「…えっ、ワカさん?!」
私も色々あって忘れかけていたが、この顔は元イセカイ☆ベリーキュート2期生ワカナ・ノテッパンだ。デビュー前に脱退したメンバーである。同期なのだが21歳で私より4つも年上なので私はワカさんと呼んでいた。
ワカナ「久しぶり…今日はボイトレ?」
ジャコ「そうだけど…ワカさんは?」
この人はデビュー前に他事務所の他グループに移籍し、その上で有名俳優と不倫騒動を起こして芸能界から消えているのだ。アイドルをやめたのにこんなスタジオにいるというのも違和感があるし、グループや事務所に迷惑かけまくって辞めた人なので正直言ってどの面下げて私に声かけてきたのかとも思うが、本人は気にもしていないご様子だ。
ワカナ「…ジャコ、このあと時間ある…?」
ジャコ「えっ? ああ、半刻(=1時間)くらいだったら」
私もよせばいいのに乗ってしまった。この人と繋がってもいいことないだろうに。私は流れのままに近くの喫茶店に連れて行かれた。
ワカナ「実は私は再デビューの計画がある」
ブゴッ。突然何を言うのだ。私は驚いて飲んでいた茶色茶が喉の変なところに入り、むせってしまった。
ジャコ「…ケフッ、ゴホッ…そ、それマジなの」
ワカナ「うんマジ。もう既に別な事務所に入って色々なプロジェクトが動いてる。だからさっきボイトレしてたわけ」
別な事務所って、この人はうちのクロッサープロから引き抜かれてネーギン芸能社に移籍して、そこにも自分のスキャンダルで迷惑をかけて辞めたのにまたシレッと他の事務所に入ったのか。
ジャコ「よくそこの事務所が拾ってくれたね…」
ワカナ「わたし、人間としてはダメダメだけどアイドルとしては才能あるからね」
なるほど自己分析がよくできている。悔しいがワカさんのルックスは完璧で、オーディションの時には彼女が入ってきた瞬間にヒッシーPが『合格だニャ!』と立ち上がって叫んだと言われている。加えて歌唱力もプロシンガー並みで、私たち2期生の中では群を抜いていた。
ジャコ「ワカさん、こんなこと訊いていいかわかんないけど、なんであんなことを…」
『あんなこと』と言うのはもちろん彼女が起こした一連の移籍トラブルとスキャンダルのことだ。あの一件については私だけじゃなくメンバーたちもそれなりに腹が立っているので私としては理由を訊いておかないと気が済まない。
ワカナ「移籍の件は本当にごめん。わたしとしてはどーしてもイセキューの中にいたらトップにはなれないと思ってて…」
まあそれはわかる。当時はまだカレンが覚醒していなかったが1期生の布陣は鉄壁だ。特にユキノさん。
ワカナ「そこにマルコPから移籍の話を持って来られてね。わたしを新グループのセンターとして迎え入れるって言うからつい」
ジャコ「ついって…」
ワカナ「あともう過去の恋愛の話はしたくない。女の子なら誰でもあるでしょ? 交通事故と一緒だよ。どんなに気をつけていても恋に堕ちる時は堕ちるから」
ジャコ「そうかなぁ…その例え、本当に合ってるのかな…」
彼女はかつて15歳も離れた大物俳優ハグロ・ヤーマと交際していたことを芸能かわら版に暴露されたことがあるのだ。しかもハグロ氏は妻子がおり不倫だ。この報道によりワカさんは一時芸能界から消えざるを得なくなっていた。
ワカナ「そんなことよりも、ジャコはどう思う? わたしが再デビューしたら世間はどう見るかな」
この人は大事なことでも熟慮せずに簡単に考えて間違った選択をするタイプだな。典型的なトラブルメーカーの気質だ。やっぱりあんまり深く係わらない方がいいかもしれない。
ジャコ「うーん…でも急にワカさんが他のグループからデビューしたらやっぱりまだ世間の反応は厳しいんじゃないかな。何かワンクッションはさんだ方が」
ワカナ「ワンクッション? 例えば?」
ジャコ「髪型変えて名前も変えるとか…いっそしばらく仮面をかぶってアイドル活動するとか」
ワカナ「うふふ。仮面て。そこまで言う?」
ジャコ「ま、それは冗談だけどよく考えた方がいいよ。再デビューしてすぐマスコミに叩かれたらもう再起できなくなるよ」
ワカナ「うーん…そうかも。ありがとう。ジャコに会えて良かったよ。ノリだったら会っていきなり蹴られそうだし、モッチーやカレンじゃ敬遠されて逃げられそうだしね。じゃそろそろわたし帰るね。また」
ジャコ「あ、うん」
言うだけ言ってワカさんは店を去っていった。自分の話しかしてないじゃないか。身勝手な女だなぁ。ていうかここの支払い、私がするのかよ…。
それから1ヶ月後、待望のイセカイ☆ベリーキュート三大大陸横断ライブツアーが始まった。連日満員の大盛況ぶりであり私たちは各地のファンに熱狂的に迎えられていた。疲労感はあるが世界各地の美味しいものが食べられるし、ホテルも毎回良いところを取ってくれるので体調は悪くない。ツアーも中盤に差し掛かりこの状況にやっと慣れてきた頃、オーガ=ナーガ帝国テラドマ地方でのライブ後に女性マネージャーであるアママさんから驚きの情報がもたらされた。
アママ「えー、イセカイ☆ベリーキュートは再来週末の全アイドル総選挙に参加することになりました」
聞き慣れないワードにざわつくメンバーたち。
チズル「アイドルの…総選挙?」
コマチ「何しょれ」
アママ「なんかいま、アイドル増えてきてるでしょ。その全部のアイドル集めてファンの人たちに投票してもらって順位をつけるイベントをやるんだって」
一同「えーっ?!」
チズル「ランク付けされるってこと?」
リンコ「げーマジか」
アママ「20位以上はステージに呼ばれてスピーチするみたいなんで、一応それもざっくり考えておいてね」
や、やばい…総選挙って、うちのグループの人気からして上位メンバーは間違いなくベスト20には入るだろうけど、下位の私とノリは入らない可能性が高いだろ…いや下手したら100位以内に入らず名前呼ばれないかも。
コマチ「えーコマチ20位以内に入るかなぁ」
何言ってんだ、あんたは入るに決まってるだろ。小学生の女の子やおじさまたちに大人気なんだからたぶん6位とか7位くらいだよ。
モッチー「わたしぃも自信ないぃ…」
いやキミは加入当初は地味子と呼ばれてたけど最近綺麗になったと評判で人気急上昇中じゃないか。絶対ベスト10以内に入るよ。
ノリ「マジやべーなジャコ、うちらは選挙活動しなきゃな!」
ノリに肩を叩かれた。そう、たぶんノリと私がこのグループの最下位争いをしてる。この子も私も固定ファンは持っているがいかんせんその絶対数が少ないのだ。病んでる系女子とヤンキーというニッチなファン層だから仕方がないのだが。
ジャコ「そだね…」
翌日の雷曜日、私たちが宿にしているイズモザ天領国の天領ホテルの大広間に集合がかけられた。総選挙を控えてミキオ、ヒッシーの両プロデューサーが訓辞をくれるというのだ。そもそもアイドルという文化がこの世界に根付いたのはここ半年ほどのことで、総選挙なんて私たちもわからないことだらけなので教えてくれるのは有り難い。AKB48というニホンのアイドルグループについてミキオPから興味深い講義を受けている最中に現場マネージャーのアママさんが大慌てで入室してきた。
アママ「た、大変です! いま魔法配信の全アイドル総選挙公式チャンネルで中間発表が行われています!」
一斉にざわつくメンバーたち。まさか中間発表なんてものがあるとは。やばい心臓がバクバクしてきた。100位以内に入ってなかったらどうしよう。気絶するかもしれない。私たちが戸惑っている間にアママさんが大きな水晶球を載せたキャスター付きのワゴンを運んできた。これで魔法配信が観れるのだ。
チズル「え…」
リンコ「うちら全然入ってないじゃん!」
水晶球の中の画面にはアナウンサーの背後に20位から6位までの順位が書かれたボードが掲示されていた。
全アイドル総選挙中間発表順位※20〜6位
20位 ジャコ・ギブン(イセカイ☆ベリーキュート)
19位 ウメノ・カーマッキ(えりゅしおん)
18位 オキーナ・アンメ(マジェスティQ)
17位 ナッチュ・ファナビパイ(まつぼっくり)
16位 ナギサ・アルレ(純情女子塾)
15位 キッサコ・オーザカーヤ(Chu-Chu)
14位 フワリー・メイズィン(キラメキララ)
13位 セト・シオ(純情女子塾)
12位 コマチ・ツブオリー(イセカイ☆ベリーキュート)
11位 ホシターヴィオ・クリアンベイカー(純情女子塾)
10位 カチュアリー・ノタネイ(キラメキララ)
9位 カレン・トミックス(イセカイ☆ベリーキュート)
8位 クロマ・メッセンヴェイ(girly DMD)
7位 イナ・カノーカキ(girly DMD)
6位 プラリナ・ネンキッツ(ソロ/動画配信者)
カレン「えー?!?! あたし9位?!」
チズル「イセキューは3人だけかぁ、ちょっと厳しいね」
ノリ「ジャコ、すげーじゃねーか! 全アイドルで20位だぜ!」
ジャコ「え、あ、え、わ…」
に、20位…これはものすごい高順位なんじゃないのか…ヤバい、膝ががくがく震えてきた。こんな変な前髪パッツンの女がこの世界のすべてのアイドルの中で20位って、それで本当に良いのか…これ親とか妹が見てたらどう思うんだろう。ていうか100%見てるよな。小中学の同級生も絶対見てるだろう…ヤバい、怖い、普通に街歩けない。これじゃもうスター芸能人じゃないか…。
リンコ「ジャコ、帰ってこい。おーい」
ジャコ「…はっ! すいません、いま思考の海に沈んでて…」
気がつけば結構な時間が経っていたらしい。既に両プロデューサーは帰り、私は汗ぐっしょりで立ち尽くしていた。
リンコ「ユキノ3位だってさ」
ジャコ「えーっ!? あのユキノ様が3位って、そんなことあります?! それじゃ1位2位は…」
リンコ「1位はナントカダイヤモンドのナントカって子」
ジャコ「いやそれじゃ全然わかんないです…」
リンコ「うちらもよくわかんないんだよね。マネージャーも知らないらしい。2位はるりまめ(瑠璃色マーメイド)のターニャさんだって」
ジャコ「あー、あのひとファンサ凄いらしいもん。うちらじゃ絶対真似できないですよ」
アイドル業界も広いようで狭いので私もターニャ・ヴェー・カリントンには歌番組などで会って話したことがあるし、彼女の凄さは伝わっている。なんでも彼女は握手会ならぬハグ会をやるらしい。凄いよ。初対面の人に抱きつくなんて私には絶対できない。
ジャコ「ターニャさんはまあわからなくもないとして、1位の子誰ですか? 同業者のうちらも知らない子が中間発表1位って、そんなことあります?」
リンコ「わかんないけど、両プロデューサーが対策考えるらしいよ」
うーむ、早くも暗雲立ち込めてきたじゃないか。私が中間発表で20位以内に入れたのは良かったけど、このままじゃグループとしては敗戦必至だ。果たして総選挙の行方はどうなるのか。次回、総選挙memories 中編へ続く。




