第11話 全力逆走、ヤンキーロード。(後編)
グループメンバーで同期のノリ・マキミクスは『濔罪亞』というレディースに所属していた元ヤンキーだった。私はノリと間違われてその『濔罪亞』と対立するチーム『サザンウィドウ』にモッチーと共に拉致される。ノリは濔罪亞の子から連絡を受けて私たちの救出に向かうのだった。
もう第10刻(※地球でいう20時)、チズルリーダーの許可無くば外出できない時間だ。ノリはリーダーに向き合って頭を下げて懇願した。
ノリ「リーダー、何も言わないで今日だけ見逃してください。ダチがマジやばいんで」
チズル「それってさ、ジャコとモッチーの帰りが遅いのと何か関係あるわけ?」
ノリ「…後で全部話すっス。これから1刻間(※地球の2時間)経って自分が帰って来なかったら衛兵隊に通報してください」
チズル「ねえ! ホントに大丈夫なの!? 何か昔の仲間とつるんで変なことしてるんじゃないでしょうね?」
問い詰めるリーダーに対してノリは即座に伏せ、土下座を行なった。
チズル「ちょ、ちょっと」
ノリ「時間が無いんス! 自分、絶対に裏切らないんで、信じて行かせてください!」
ノリの真剣な表情と決死の眼に覚悟を感じたのか、チズルリーダーは軽く溜息をついてから言葉を繋げた。
チズル「はぁー…わかった。もう顔上げて。行くならさっさと行ってきて。だけどあんたはどこ行ってもイセカイ☆ベリーキュートのメンバーなんだからね。グループに迷惑をかけるようなことだけはしないでよ」
ノリ「はいっス!」
ノリは力強くそう言うと大きなハサミを取り出し、自分の豊かで長い髪をばっさばっさと切り始めた。
チズル「キャーッ!! 何やってんの、ノリっ!?!」
四半刻(※地球の30分)後、『サザンウィドウ』のアジトである倉庫の中で私とモッチーは手を縛られ監禁されていた。ヘッドのベニーとその部下たちは私たちを肴に酒盛りをしている。なんとか脱出する方法はないか、私が回転の悪い頭で考えていると、倉庫の扉がバンと開いて月明かりが入ってきた。
ノリ「あたしのダチを拉致ったのはてめーらか!?!」
これは…ノリか? いや顔はノリだがショートカットでヤンキー風のセットアップを着て濃いめのチークに紫色のルージュを塗っている。そしてその後ろにいるのは『濔罪亞』の子たちだが、どう見ても100人以上はいる。こんな短時間でこれだけの人数を集結させたのか。
ベニー「う、ウミ?!」
サザンウィドウA「ウソだろ?! 総長じゃんか!」
サザンウィドウB「死んだ筈じゃなかったのか?!」
ノリ「おい、ベニー! テメーが退院して『サザンウィドウ』のヘッドに返り咲いていたとは知らなかったけど、よくもあたしのダチに手を出してくれたな! あん時のぶんも含めてお返ししてやるから覚悟しろよ!!」
そうか、つまりあれは姉の生前の格好を真似たノリなんだ。私たちを助けるために髪を切って姉の服を着て姉そのものになって『サザンウィドウ』の連中を威嚇しているのだろう。助けにきてくれたのは嬉しいけど、アイドルの命の髪をあんなにばっさり切るなんて…。
ベニー「う、嘘だろ…ウミはあたしが殺しちまった筈なのに…」
どうやらノリの顔は姉によく似ているらしく、コスプレの効果はてきめんのようだ。かつて殺人を犯したことはベニーにとってもトラウマらしく、2年もの間精神を苛まれていたのだ。
ノリ「へっ、やっと吐きやがったな。おうテメーら! 今の言葉聞いてたろうな?!」
濔罪亞A「しっかり聞いたぜ、ノリ!」
濔罪亞B「このまま衛兵隊に突き出してやればコイツは一生鑑別所だ!」
ベニー「うっ…うぐぐっ…」
ノリ「てワケだ。悪いけど番所まで付き合って貰うぜ。それともここの20人くれーのサザンウィドウの兵隊とあたしが連れてきた濔罪亞メンバー108人で喧嘩すっか?!?」
劣勢に立たされうろたえていたベニーだったが、何かにハッと気づいて一気にまくし立てた。
ベニー「ざけんじゃねーぞ! テメー、妹のノリだろうが! 姉のウミは左目の下に泣きぼくろがあるんだよ!」
ノリ「…ち、書くの忘れてたな」
サザンウィドウA「…総長じゃねーの?」
サザンウィドウB「あれがアイドルやってる妹の方らしいぜ」
ベニー「おうテメーら! こんなまがい物にデカいツラされて黙ってられんのか? 『濔罪亞』のやつらもよく聞け! あたしは今からこいつをタイマンで倒して総長に就任するぞ! 文句ある奴はいるか?! いねーよなァ?!」
う、あのベニーとかいう女、もう完全にキレてるじゃないか。なりふり構ってられないってことか。
ノリ「みんな、下がってな!」
ベニーの挑発に乗ってタイマンを受けたノリは木刀を構えベニーに対峙した。ベニーもいつの間にか木刀を手にしている。だがはっきり言ってヤンキーだろうがレディースだろうが何の戦闘訓練も受けていない女子高生の戦闘能力なんてタカが知れている。不良同士の喧嘩でもっとも重要なのは技能や体格ではなく度胸と根性だ…とニホンの漫画で読んだ。そういう意味ではノリは私の知ってる同年代の女子の中で最強のストロングハートの持ち主と言えるが、他人の頭を鉄パイプで殴って死なせるようなメンタリティの女に勝てるのだろうか。心配している間もなくベニーはそこらにあった椅子を投げつけ、一瞬ひるんだノリは脳天に真上からの一撃を喰らった。
ノリ「くっ!!」
だらり。ノリの額に流れ落ちる鮮血。直撃ではなかったが頭の皮を切るのに充分な威力だったようだ。
モッチー「キャーーッ!!」
ベニー「へ、姉貴と同じコースだな…」
不敵に笑うベニー。酒が入っているとは言えこの状況で笑えるんだから相当な心臓だ。一度でも殺人を犯しそのトラウマを乗り越えるとこんなヤバい人間になるのだろう。ベニーはまるで剣豪のように血のついた木刀を下段に構えながらじりじりと間合いを詰めてくる。どうしたらいいんだろう。このまま行けば間違いなくノリはさっき以上の打撃を喰らうだろうし、反撃して相手に怪我を負わせたらいくら正当防衛とは言ってもアイドルは辞めなければならないだろう。相手の口車に乗ってこんな勝負を受けた段階でノリの負けなのだ。
ノリ「ちくしょう…!」
既にノリの顔の半分は血で覆われ、足もよろついている。これではベニーの打撃をかわすことは難しいだろう。仕方ない、私が自分の体をあの女にぶつけて動きを止めよう。ノリは私たちのために命をかけて来てくれたんだから私も全力を尽くさなければ。そう決意して立ち上がった瞬間に低くて大きな声が倉庫街に響いた。
ウミ「そこまでにしな!!」
サザンウィドウA「え、総長?!」
濔罪亞A「総長だろ、あの強烈なオーラ!」
サザンウィドウB「うおおおお、本物の総長だ!」
濔罪亞B「王都の“女豹”が帰ってきたぞ!!」
敵味方の両陣営からの物凄い声援と共にノリとベニーのタイマン勝負に割って入ってきたのは、今のノリに似ているがノリよりも濃いメイクでノリよりも眼光鋭い人物だった。え、今度は誰? だって本物のノリの姉はもう亡くなっている筈では?
ベニー「え、あ、ま、まさか…」
ノリ「姉ちゃん?!」
ウミ「ノリ、半端な真似してんじゃねー! オメーがせっかく掴んだ夢を棒に振る気か!」
ノリ「…」
からんからん。ノリは我に返り、木刀から手を離した。倉庫内に響く木刀の音。
ウミ「サザンウィドウ、いつまでこんな茶番やらせてんだ! ベニーに総長名乗る資格なんかねーんだよ! さっさとそのクズを拘束しな!」
サザンウィドウA「お、オス!」
ベニー「や、やめろ! テメーら誰がヘッドだと思ってんだ!」
ノリの姉ウミの命令により、さっきまでベニーにヘーコラしていた『サザンウィドウ』の連中は一斉にベニーににじり寄り、木刀を取り上げ拘束した。それを見届けるとウミさんはひときわ大きな声で宣言した。
ウミ「いいか、オメーらよく聞け! 我々王都レディース連合はチーム間の和を乱し私闘を演じたベニー・マルコムとノリ・マキミクスの二人を今日をもって永久追放とする!! 今後は一切その二人にかかわらないこと! 立会人はこの先代総長ザザさんだ!」
ウミさんの背後には最上級召喚士事務所の事務員ザザさんとミキオPがいた。そうか、あのウミさんはミキオPが召喚魔法で呼び出したものなのか。ウミさんはレディースにとって絶対的なカリスマらしく、敵対していた『濔罪亞』も『サザンウィドウ』も直立不動で静聴していた。
ザザ「第4代王都レディース連合総長ザザ・ダーゴン、確かに見届けたよ」
ウミ「あざっす! ベニーはこのまま番所に連行だ。それと誰か、ノリに止血してやりな」
サザンウィドウA「オス!」
さっきまで私たちを監禁していた『サザンウィドウ』の子が包帯を持ってきた。私がノリに肩を貸し、モッチーがノリの頭に包帯を巻いていると、緊張が途切れたのかノリが急にぶわっと泣き出した。
ノリ「ううっ…姉ちゃんの言う通りだ。あたしはダチをこんな危険な目に合わせて、グループにも迷惑かけるところだった。あたしは本当にとんでもねえ半端モンだ、クソバカ野郎だ…」
モッチー「バカじゃないよ。助けに来てくれて嬉しかった。わたしぃはノリちゃんの“ダチ”で本当に良かったよ」
ジャコ「うん。私もだよ」
ウミ「半端な妹だけど、仲間にゃ恵まれてるみたいだね」
ウミさんはそう言いながらノリを蹴りつけ胸ぐらを掴んで言った。
ウミ「おうノリ。てめーもうダセェ真似すんなよ。やるならアイドルで天下取ってみせろ。あたしが上で見守っててやるからよ」
ノリ「姉ちゃん…!」
ウミ「じゃ、全員解散だ! あばよ!」
濔罪亞A「総長!」
サザンウィドウA「総長!」
ノリは涙と血でぐしゃぐしゃになっていたが、ミキオPの召喚魔法には時間制限があるらしく、ウミさんはすーっと消えていった。ノリが膝を落としてうなだれているなか私はとりあえずミキオPとザザさんに挨拶しに行った。
ジャコ「あの、わざわざ来て頂いてありがとうございました」
ミキオ「方法がこれしかなかったからな」
ミキオPは眼鏡のブリッジを中指で触りながらあくまでクールに必要最小限のセリフ量で答えた。確かに、私とモッチーを召喚して救うだけなら遺恨を残すだけだったろう。『濔罪亞』と『サザンウィドウ』、双方の陣営にとってのカリスマであるウミさんを召喚して場を収めるというのは召喚士ならではの発想と言える。
ジャコ「と言うか、ザザさんって先代の総長だったんですね…」
ザザ「にひ。知らなかった? これからよろしくな♪」
ザザさんは笑いながらそう答える。怖いなぁ…このひと妙に口の悪い事務員さんだなと思ってたけど、そういうことだったんだ…。
ミキオ「では我々は帰る。君たちは明日は休め。怪我は知り合いの治癒系魔法使いJKに治療を頼むとしよう」
ミキオPが青いカードを取り出して転移魔法で帰ろうとしたが、私はとっさに思いついて頼んでみることにした。
ジャコ「あ、あの、厚かましついでにもうひとつお願いがあるんですけど…」
チズル「ハァ?! ジャコとモッチーがヤンキーに攫われて? それをノリが助けに行ってたんですか?」
ミキオ「そう。うちの事務員がノリの友達から連絡もらってな。確かに危険行為ではあるがメンバーを思っての行動だ。叱らないでやって欲しい」
もう第11刻(22時)。私もモッチーも頭に怪我をしているし、ノリは血だらけだ。こんな事態になってチズルリーダーが雷を落とすのはわかっていたので、ミキオPに寮まで同行して貰ったのだ。
ノリ「全部自分のせいっス! すいませんでしたっ!」
チズル「…ミキオPがそこまで言うのなら…でも明日からの活動どうするんですか。3人とも頭を怪我してる上にノリは急にショートカットになっちゃって! 絶対変な噂が立って炎上しますよ」
ミキオ「3人は明日知り合いの治癒系魔法使いJKのところに行って怪我を治してもらう。それと大事をとって明日から3日間休み。ノリはイメージチェンジということにしよう。結構ショートも似合ってると思うがな」
チズル「…まあ、そうですけど…」
ノリ「そ、そっスか?」
新しいヘアスタイルを褒められて嬉しそうなノリ。確かにショートカットにした彼女は切れ長の目とスタイルの良さも相まって一層大人っぽくなったと言える。ちゃんと髪を切り揃えてメイクしたらもっとセクシーになるだろう。人気も出るんじゃないだろうか。
3日後、頭部の傷も癒えた私とノリとモッチーは現場復帰し、ノリのショートカットヘアも好評で迎えられた。週末の野外公演にも当然参加したが、セットリスト1曲目が終わり1期生4人が舞台裏に帰ってくるとチズルリーダーがいきなり言ってきた。
チズル「ねぇー! あれノリの知り合いでしょ! なんとかしてよ! 最前列に並ばれると怖いんだけど」
ノリ「えっ? 何すか?」
ユキノ「ヤンキーの子らが20人くらい並んで腕組んで座ってるの」
リンコ「うちらには睨みつけるだけだったけど、ノリのうちわ持ってたからね。あれはノリ推しだね」
ノリ「…」
ノリの参加した次の曲ではアイドルの現場に場違いなヤンキーたちのいかつい声援が飛び交っていた。それ以降もイセカイ☆ベリーキュートの公演やライブにはチーム『濔罪亞』や『サザンウィドウ』の連中が客席最前列に並ぶことになったのだった。




