表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/16

第10話 全力逆走、ヤンキーロード。(前編)

 読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。今日も私の優雅なアイドル生活についてお話ししたい。


 この日、私は来たる3大大陸横断コンサートツアーに向けてボイストレーニングをするために王都のヤチオ町にあるボイストレーナーのスタジオに来ていた。同期のノリも一緒だ。1刻間(=2時間)みっちりとボイトレを行ない、私たち二人は寮に帰るために馬車が来るのを待っていた。


ノリ「ジャコは歌うめーからいいよなー」

挿絵(By みてみん)

 スタジオの前でぽつりと呟くノリ。この子は吊り目の三白眼で目つきは良くないが横顔はとても綺麗だ。高い位置で結んだサイドテールもよく似合っており、長い髪も艷やかだ。


ジャコ「そんなことないって。私はノリのハスキーボイスかっこいいと思うよ」


ノリ「いやジャコとあたしとじゃボイトレに通う意味が違う。ジャコのはコンディション調整、あたしのは赤点居残りだ。あーあ、かったりーな。どうやったら歌うまくなんだよ」


 ノリは前グループから元ヤンキャラでやっているメンバーなのだが、キャラどころか普段から眼光鋭く言葉も荒々しいので単なる現役ヤンキーなのでは?という疑問が常に持たれている。実際彼女がデビュー前に何をやっていたかは私たち同期も知らない。なんか怖くて聞けないというのが本音だが。


ジャコ「さっきボイトレの先生も言ってたように、お腹から声出して言葉に抑揚をつける。あと滑舌だね」


ノリ「ちょっと歌ってみていいか?」


ジャコ「え? ここで?!」


 私の返事も待たずノリは歌い出した。曲は自身のソロ曲『独走ワンウェイ』だ



独走ワンウェイ

作詞:ムーブメント・フロム・アキラ

作曲:ジューゼン・ナッス

歌:ノリfromイセカイ☆ベリーキュート


悪夢で見たCloudy Sky

我慢できないIrritation

ブルージーンキメてるNaughty Boy

その色が今のあたしの気持ちさ

褪せちまったKiddy Dreams

悪いけどまだ捨ててない


消えな Bad Guy のぼせんな

あたしはそんな安くない

独走ワンウェイ ワンウェイ

付いてくんなマイウェイ

あたしの轍が道になる

独走するのさワンウェイ ワンウェイ

ワンウェイ


デジャヴみたいなBluesy Night

不快なだけのDisability

ルーティーン通りのBoring Man

この胸を焦がすスリル持ってきな

消えかけていたDays gone by

ダルいけどまだ燃えてたい


失せな Mama's Boy ふざけんな

あたしはそんなダサい女じゃねえ

独走ワンウェイ ワンウェイ

追跡ならノーウェイ

あたしの腕が道切り拓く

独走するのさワンウェイ ワンウェイ

ワンウェイ


ゴールは彼方の地平線(ホライズン)

せつなさのハイウェイ 飛ばすのさEndless


独走ワンウェイ ワンウェイ

付いてくんなマイウェイ

あたしの轍が道になる

独走するのさワンウェイ ワンウェイ

ワンウェイ



ジャコ「いいじゃん、バッチリ声出てる。でも外で大声出すのはやめよう。人が見てるし」


ノリ「お、おう」


 ノリが普通にステージサイズの声量で発声練習し始めたので歩行者がみんなこっちを見ている。はっきり言って私とノリはグループでは最下位を争うくらいの下位人気メンバーだが、グループ自体は今や国民的人気アイドルなのだから顔だけは売れてるということを自覚して欲しい。馬車を待っているとスカートの長い改造学生服を着た女子高生3人がこっちにやってきた。うわ、これは見るからにヤンキーだ。絡まれたら面倒なので視線を合わせないようにしよう。なにせこっちには現役ヤンキー疑惑のあるノリがいるので…とこっちがハラハラしているとヤンキーの子たちはそのノリを見つけて嬉しそうに近寄ってきた。


ヤンキー女A「え、ノリじゃん!」


ヤンキー女B「アイドルやってるって聞いてたけど、このヤチオにいたのかよ」


ノリ「うっせーな。お前らみたいなのとツルんでたら変な噂立つだろ。消えろ」


 どうやらこのヤンキー女子高生たちはノリの知り合いのようだ。そう言えばノリは生まれは違うが育った地元はこの辺りだって言ってたな。じゃあやっぱキャラじゃなく普通にヤンキーなんじゃないか…。


ヤンキー女A「ノリ、今うちら『濔罪亞(デザイア)』が大変なことになってるんだ。チームに戻ってきてくんない?」


ヤンキー女B「『サザンウィドウ』の奴ら最近やけにうちらのシマ荒らしてくるんだ。おかげでうちのチームの奴らも妙に殺気立ってやがってさ。今のヘッドじゃチームをまとめらんねえんだよ」


ノリ「バカ言ってんじゃねー。あたしはもうヤンキーは辞めたんだ」


ヤンキー女C「歌番組に出て、ヒラヒラした服着て、歌って踊ってって、そんなのノリに似合わねえよ。こっち戻ってこいよ、またウチらとつるもうぜ」


ノリ「あぁ? あたしの仕事にケチつける気か?」


ヤンキー女A「そうじゃねーけどさ、うちらいつもノリにヘッドになって欲しいよなって言ってたんだ。だってノリはあの伝説の総長の妹だし…」


ノリ「姉貴の話はすんじゃねー!!」


 ドガッ! 壁を蹴り眉を吊り上げて怒声を発するノリ。怖い怖い。もう普通にヤンキーじゃないか…。


ノリ「すまねーなジャコ。聞き流してくれ」 


ジャコ「う、うん、悪いけどそうさせてもらうよ…」


ヤンキー女A「ノリ!」


ヤンキー女B「考えといてよ、今の話!」


ノリ「るせー!」


 そうこうしてるうちにハイヤー馬車が来たので、私たちはそれに乗り込んだ。置き去りにされたヤンキー女子高生たちは残念そうな顔でいつまでもこっちを見ている。車内は気まずい雰囲気で、しばらく無言が続いた。


ノリ「姉貴っつうのはよ」


 窓の方を向き頬杖をつきながら聞いてもいないのに話を切り出してくるノリ。いやそれ聞いたらヤバいやつでしょ。


ジャコ「あ、いいよいいよ。なんかデリケートな話っぽいじゃん。無理して言わなくてもいいよ」


ノリ「いや、言わせてくれ。姉貴はウミ・マキミクスって名前でさ。ここヤチオを拠点とする『濔罪亞(デザイア)』ってチームのヘッドで、他にも『サザンウィドウ』や『タトゥーズ』、『十戒同盟』の4つのレディースチームをまとめて王都レディース連合を結成し『総長』と呼ばれてたすげぇ女だったんだ」


ジャコ「へえ…」


 全く興味ない世界だけど、つまりノリのお姉さんはガッチガチのヤンキー、それも相当上の方なわけか…弟のオレンジボーイはあんな優しそうな美少年なのに、ヤンキーの姉ふたりの下で大変だろうな…。


ノリ「だが姉貴はその座を狙うイカレた女、『サザンウィドウ』のベニー・マルコムって奴に喧嘩売られて鉄パイプで頭ぶん殴られて死んじまった」


ジャコ「え!?」


ノリ「って噂だ。実際見た人間はいねえんだけどな。あたしは鑑別所入ってでも姉貴の仇を討つつもりだったんだけど、そいつもトラウマ喰らって精神やんで措置入院になっちまった。姉貴を失った連合は空中分解。その時のナンバー2が『濔罪亞』のヘッドになったらしいが、あいつに務まるわけがねー」


ジャコ「だからノリをスカウトしたんだね」


ノリ「あー。けど何もかも終わった話だ。安心してくれ。あたしはチームに戻る気はねーから」


 まあ、実際ノリもせっかくアイドルとして売れたのにまさか今更レディースに戻りたいとは思ってないだろうからこれは本音だろう。


ジャコ「頼むよ。現役アイドルがレディースに戻ったなんて言ったらチズルリーダーにめちゃくちゃ怒られるよ」


ノリ「だな。今のあたしにゃチームの連中よりチズルさんの方が怖ぇぜ」





 次の日の放課後、私は予定が空いていたので昨日に続いてボイトレに向かうことになった。今度はノリではなく同期のモッチーと一緒だ。私はこのグループではありがたいことにボーカリストとして扱われていて、ダンスレッスンよりもボイトレを重視するよう言われているのだ。今日も1刻間(※地球の2時間)みっちりとボイトレを行ない、すっかり宵の口となった頃にスタジオを出てモッチーと二人でハイヤー馬車を待っていた。


ジャコ「昨日さ、ここでノリと二人でこうやって馬車待ってたらヤンキーの子らに絡まれてさ」


モッチー「えぇ〜、怖いねぇ。大丈夫だったぁ?」


ジャコ「いや怖かったけどノリがいたからね。その子たちと喧嘩にならないかそっちの方が心配だったよ」


モッチー「無事で良かったよぉ〜」


 このモッチーはおとなしくて虫も殺さない心優しい性格なのでヤンキーやレディースといった人種とは無縁の女の子だ。もし変なのが来たら私が守ってやらなきゃだよな。私だってか弱いサブカルくそ女だけど…そう思っていると急に側頭部に激痛が走り目の前が真っ暗になった。消え入りそうな意識のなかでかすかにモッチーの叫び声が聴こえていた。





 目を覚ますと、そこはどこかの倉庫の中だった。私とモッチーは床に転がされており、目の前にはいかにもヤンキーといった風貌の女子たちが立ったまま私たちを睨みつけていた。


サザンウィドウA「お、こいつ目を覚ましたぜ」


 ひええ。何これ何これ。どういう状況? 頭がズキズキする…たぶんこの子らに棒か何かで殴られて気を失い、拉致されてここに運び込まれたのだろう。こう見えてもアイドルなので顔を殴られなくて良かったが、待てよ、よく考えたら私だけじゃなくモッチーも殴られているんじゃないか。そう思ったら急に沸々と怒りがこみ上げてきた。こんな心優しい子になんてことを…!


ジャコ「何ですか? 何でこんなことするんですか? この子に手を出したら許さないから!」


 生まれて初めてこんな啖呵を切ったが、私も必死だからこれくらいは言う。怖いけど。


モッチー「ジャコちゃん…!」


 モッチーも既に目覚めており、私の腕をぎゅっと掴んできた。その手が震えているのがわかる。


サザンウィドウA「シャバいこと言ってんじゃねーよ!」


サザンウィドウB「総長の妹のお前がレディース辞めて楽しそうにアイドルなんてやられてちゃあウチらの立つ瀬がねーんだよ。悪いけどアイドルできねーように顔に火傷つけさせて貰うぜ」


 そういうヤンキー女の手には松明が握られている。なんて恐ろしいことを…まあヤンキーなんて暴力を振るう言い訳を探してるような生き物だから理由が無茶苦茶なのは仕方ないにしても、ちょっと待て。総長の妹でチーム辞めてって、それはノリのことじゃないのか。私はレディースなんてやってた記憶はないぞ。この子ら、私をノリと間違えて拉致したんだな…。


ジャコ「私は人気ないけどこの子は人気メンで熱狂的なファンの人いっぱいいるから、もしこの子に何かあったらファンの人たちがタダじゃ済まさないと思います」


 私も恐怖で心臓ばっくんばっくんいってるが、腹が立ってるんだからこれくらいは言わないと気が済まない。


モッチー「じゃ、ジャコちゃん」


サザンウィドウB「テメー、うちらを脅迫してんのかよ。サザンウィドウもナメられたもんだな」


サザンウィドウA「上等だよ、シャバ僧がよ! アイドルオタクごときに何ができるか、試してやろーか?!」


サザンウィドウC「おい、ベニーが来たぜ!」


 ベニーというのがこの子らのヘッドの名前なのか。もしかして昨日ノリが言ってたあのベニー何とかって女のことかな。確かノリのお姉さんを死なせたっていう。だとしたらとんでもない女だ。暗がりから現れたベニーという女はノリなんて目じゃないほど目つきの悪い、青白い顔をしていた。

挿絵(By みてみん)

ベニー「…何だコイツは」


サザンウィドウA「え、ノリって女とそのツレだろ?」


ベニー「バカ! ノリはこんな女じゃねーよ。吊り目でサイドテールの女だ!」


サザンウィドウA「そ、そんな」


サザンウィドウB「あの時間にあそこに立ってて、目つきの悪い背の高い女だって言うからてっきりコイツだと…」


ベニー「チッ! バカが間違えやがったな。仕方ねー。こいつらはこのまま監禁して『濔罪亞』のやつらに連絡しな。仲間を預かってるからノリをつれて来い、ってな」


サザンウィドウA「わかった!」


 この子ら、薬物でもやってるのかむちゃくちゃな論理で行動してるな。どうしたものかな、このまま待っててもノリが呼び出されてお姉さんと同様に頭割られちゃうだけじゃないか…。




 一方その頃、王都フルマティの東ボリー地区にあるイセカイ☆ベリーキュート寮では、私たちのプロデューサーであるミキオPとヒッシーPが経営している最上級召喚士事務所の事務員さんであるザザさんがノリを訪ねて来ていた。

挿絵(By みてみん)

ザザ「ちぃーす」


ノリ「あ、えーと確かミキオPんとこの…」


ザザ「ザザ・ダーゴンってもんだけどさ。勝手に寮の場所教えて悪かったけど、さっきウチん家に妹の同級生のこいつらが来て、緊急事態だっつーから連れて来たんだよ」


ノリ「お前ら!」


 ザザさんが連れてきたのは昨日会ったチーム濔罪亞の女の子たちだ。


濔罪亞A「やべーよノリ。あんたの仲間が『サザンウィドウ』の奴らに拉致られたんだよ」


ノリ「なんだって?!!」


濔罪亞B「背の高いゴスの女と、おとなしそーな女。ノリたちがあの時間にあのスタジオの前にいるって情報が奴らに漏れたみたいでさ」


ノリ「ジャコとモッチーか! お前ら、できるだけ仲間を集めてくれ。サザンウィドウのアジト前に集合だ。あたしもすぐに行く」


 そう言うとノリは自分の部屋にダッシュで戻り、奥の荷物入れから急いで紫色のセットアップを取り出し着替え始めた。


チズル「こんな時間にどこ行くの」


 当然、同室のチズルリーダーが声をかけてきた。現在、時刻は第10刻(※地球でいう20時頃)近く。この人はリーダーとして責任持ってメンバーを見守らなければならないという立場でもある。思わず息を呑むノリ。果たして彼女は仲間を助けるためにリーダーを説得して『サザンウィドウ』のアジトに向かうことができるのか。次回、後編へ続く。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ