第1話 とまどいGRADUATION
読者の皆様ごきげんよう。いかがお過ごしだろうか。私はこの王都フルマティにある七番町学園の高等部2年生にしてアイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生メンバー、ジャコ・ギブン。以前はこのイセキューのライバルグループに在籍していたが辞めてこっちに移籍した。自分で言うのも何だが、私はアイドルとしてはいまいちなぶん活動の幅は広く、イラストを描いたり作詞をしたり、そしてこうやってエッセイを書いたり…
リンコ「ジャコ、なに一人でぶつぶつ言ってんの」
ジャコ「あ、日記を書いてて…」
リンコ「へえ〜あんたって変わってんね。こんな昼間に日記書くんだね」
これは私のルームメイトである1期生のリンコ先輩だ。同学年だしグループ活動歴も2ヶ月半しか変わらないが芸能界のしきたりで一応先輩として扱っている。ガサツで気持ちの浮き沈みが激しく、落ち着きがないが悪い人ではない。人付き合いの苦手な私にとってはガサツな人間は距離間のチューニングを考えなくていいので一緒にいて楽なのだ。アイドルグループという同じ年代でありながらあまり共通項のない多感な少女たちとぼっちにならず集団生活を送るにはガサツな相手を選んで友達になるか、自分がガサツを演じて友達を作るかしかない。私は前者だ。
リンコ「配信の前にミーティングだってさ。行こ」
ジャコ「ハイ」
私がリンコ先輩に従って事務所の廊下を歩いて行くと、半開きになった会議室のドアの向こうから談笑に混じってよく知る声が漏れ聞こえてきた。
チズル「いやわたしもう卒業するんで(笑)」
えーっ、なんだって。聞き捨てならない。今の声はたぶんイセキューのリーダーであるチズルさんだが、ハッキリと卒業というワードが聞こえた。おそらく相手はマネージャーで事務所の社長クロッサー氏だ。
リンコ「…聞いた?」
ジャコ「聞きました。卒業って言ってた」
リンコ「何だよそれ! 一緒にやってきたあたしたちに何も言わないで決めるなんて! もーあったまきた!」
大事件ではあるが、そんなに怒らなくても。リンコ先輩はぷりぷりしながら皆の待つレッスン場に歩いて行った。
レッスン場には大半のメンバーが揃っていた。1期生ユキノ、コマチ、リンコ。2期生ノリ、モッチー、それにジャコ(私)。リーダーである1期生チズルさんとメンバー唯一の中学生である2期生カレンはまだ来ていないようだ。
コマチ「えーっ?!」
モッチー「リーダーが卒業?!?!」
リンコ「間違いないよ。うちらはっきり聞いたもん。しかもなんか笑いながら言ってた」
ノリ「てことは、もう卒業後の展開も決まってるっスね」
コマチ「じゃ女優か、ソロ歌手かな」
モッチー「リーダーはスタイルもいいからグラビア活動もあり得ます」
リンコ「どう思う? ユキノ」
ユキノ「さあ…本人に聞いてみないと」
このユキノという子はグループで一番人気のメンバーだ。ヒューマンとエルフのハーフなのだが何しろ顔立ちが恐ろしく整っているし見た目のキラキラ感が凄い。この子を見ているとアイドルというものは天性の才能であって、後から身につけられるものではないということを再認識させられる。そして結構他人に興味がなくていつもスンとしてる感じなのだ。人間というものは他人から関心を持たれ過ぎると逆に他人に対する関心がなくなるものなのだろうか。
カレン「すいまっせ〜ん! ちょっと遅くなりました!」
駆け足でやってきたのは最年少のカレン。加入してすぐに人気急上昇、今は人気ではユキノ様に迫る勢いの2期生メンバーだ。この子も前世でどんな徳を積んだのってぐらい顔立ちが整っている。逆にアイドルじゃなきゃどんな職業につくのってレベルの可愛さだ。同期だけどここまではっきり差をつけられると嫉妬も羨望もない。隣にいると顔面偏差値の差に死にたくなるが私は歌唱力については自信があるので、ええと何だったか、確かニホンではそんなに可愛くなくても歌が上手いアイドルのことを『実力派アイドル』と言うらしいので最初からカテゴリーというかジャンルが違うと思って精神的均衡を得ている。
カレン「え、なになに? なんの話してたんですか?」
この子はガサツとはちょっと違うが、誰彼構わずズケズケ入り込んでくる。他人の心のバリアをやすやすと突破してくる感じだ。たぶん自分のスペックが高過ぎるのを自覚しているから他人が向ける感情なんかに一切びびらないのだろう。
コマチ「リーダーが卒業しゅるとかしないとかいう噂があってー」
カレン「えーっ、卒業?! じゃあたし本人に直接聞いてみます!」
ノリ「やめろって、バカ!」
モッチー「こういうのは繊細な問題だから、本人が言うまで黙っていようよぉ」
リンコ「あっリーダー来た。とりあえず今の話は内緒ね」
リンコ先輩が唇に指を当て、みんなそれに頷いた。
チズル「はいみんなお疲れ〜。じゃミーティング始めるよ。今日はこれからプールに移動して水着で配信です」
カレン「えー!」
ノリ「聞いてないっス!」
モッチー「なんで水着ー?」
チズル「そこの2期生、騒がない。これはもーアイドルには付き物なんでそういうもんだと思ってください」
み、水着…私は身長が高くてスラッとはしているのでたまに「スタイル良いね」などと勘違い、あるいはお世辞を言ってくれる人もいるが、はっきり言って私は貧乳でO脚なのでスタイルは全然良くない。貧相と言っていい。特に少食というわけでもないがなぜか肉が付かないのだ。服を着ていればバレないが水着はバレる。拷問か。いや見る方だって拷問だろう。私なんぞに期待されても困る。
ジャコ「リンコ先輩は水着は平気なんですか…?」
リンコ「うーん、どっちかって言えば嫌だけどしょーがないよ、男子はうちらの水着姿見たいんだよw」
笑ってやがる。平気なんじゃないか。そりゃ私以外は出るところも出てるからみんな水着も見たいし見せたいだろうけど…ああ嫌だ。お腹痛くなってきた。貧血だって嘘ついてサボろうかな。
移動用の馬車タクシーに乗って私たちは撮影会場であるプール付きのレンタルームに付いた。ここは元貴族の屋敷で、中庭に大きなプールがあるのでそういう系の配信には重宝するらしい。リンコ先輩の情報によると、以前ここで配信した時にはミキオPとヒッシーPが「『例のプール』みたいだな」と言ってニヤニヤ笑っていたらしい。『例のプール』って何だろう。
クロッサー「えー、じゃここに各自の水着があるんで、自分のを取ったら着替えてここにまた集合してください」
行李(竹で編まれた箱)が置かれ、その中から各自の水着をメンバーが取っていく。私たちにはメンバーカラーというものがあり、それぞれのイメージで色が決められている。私のメンバーカラーは黒だ。黒はコンサートの時に客席から推し色の光が出せないからやめなさいと運営に言われたが意地で通した。私と言えばゴス、ゴスと言えば黒なのだ。だからコンサートやライブの時、客席はみんな推し色の小魔法杖を降るが私のファンは黒い魔法石を付けた光らない魔法杖を降ってくれる。つまり私のメンバーカラーはそういうデメリットも承知の上で決めた誇りあるブラックなのだが、その黒い水着が無い。いやあった、底の方にあった。でもこれビキニだ。
ジャコ「…マネージャー、私この水着はちょっと…」
クロッサー「それさ、黒い水着がそれしか無かったんだって。申し訳ないけど今回はそれで何とか、ねっ!」
なんでやねん。なんでよりによってグループ随一の貧相体型の私がこんな布地の少ないビキニを着ねばらならんのだ。周りを見るとみんな何食ったらこんな発達するんだってくらい適度に肉がついている。特にリーダーと2期生のノリは女の私が見ても興奮するくらいスタイルがいい。こいつら胸に風船でも入れてやがるのか。唯一コマチパイセンだけは小学生みたいな体型だが、この人は特殊なファン層に大人気だから全然良いのだ。私のファンなんて同類の病み系女子くらいで、水着の需要なんてあるわけがない。
リンコ「ジャコ、着替えないの?」
隣でリンコ先輩が言ってくるが、この先輩もなんだかんだで結構スタイルがいい。水着は水色のセパレートタイプで下にはパレオが付いているが、こんな綺麗な脚してるんだから隠す必要ないんだよ。
ジャコ「えっいや、私はその…」
キョドってしまったが仕方がない。私は実は貧相なんですとは言えない。あたりを見渡すと元貴族の家なのでテーブルに黒いシルクのテーブルクロスが敷いてあった。これだ! 私はメンバーに見られないようにさっとテーブルクロスを引き抜いて水着の上に纏った。
メンバー「おお〜!」
私が着替えて歩いて行くとメンバーたちが感嘆の声を発してくれた。胸から下をテーブルクロスで覆うことでベビードール風のシルエットに見え、私の長い手足と相まってオシャレに見えないこともない。男性ファンは増えないかもしれないが、なんとかこれでやり過ごせるだろう。
リンコ「いいじゃんジャコ、似合うよ!」
コマチ「しゅごい大人っぽいね!」
ふっふっふっ、ありがとうコマチパイセン。貧乳仲間のあなたに褒められると根拠のない優越感に浸れるよ。
カレン「いいなぁ、あたしも体型の隠れる水着が良かった!」
う。この子の言葉は本当にナイフの如く胸に突き刺さる。体型の隠れる水着で悪かったな。こちとら必死なんじゃ。というかアンタはまだ14歳で発育途上ながら均整の取れたボディで隠す必要ないじゃないか。
配信は無事に終わり、私の貧相体型もバレずに済んだ。あと今日の仕事は無いので寮に帰ってお風呂入って寝るだけだ。よしよし…と帰り支度をしていると、リーダーが何か紙袋を持ってやってきた。
チズル「みんな、お疲れ〜。これミキオPから差し入れだって。えーと例によってニホンの何とかいう洋菓子店さんのシュークリーム。ひとり1個ずつ持って帰ってね〜」
ミキオPというのは私たちイセカイ☆ベリーキュートのプロデューサーだ。異世界からの転生者だが若くてイケメンでやり手のハイスペック貴族で、本当かどうかは知らないが芸能かわら版によると連合王国の王女やオーガ=ナーガ帝国の皇太女、ジオエーツ連邦の女王と三股をかけている女ったらし野郎らしい。私たちには優しく、何かというとこのヒゲのおじさんの絵が描かれたシュークリームを差し入れしてくれる。
リンコ「げ、またシュークリーム」
コマチ「美味しいけど太るよね〜」
うるさい。お前らなんかとっとと太れ。こちとら肉を付けたくても付かないんじゃ。
カレン「ていうかリーダー、あたしたちに言うことがあるんじゃないですか」
リンコ「ちょ、ちょっと、カレン」
カレンが真剣な表情でそう言うと、一気に場の空気が張り詰めた。
チズル「? 何のこと?」
カレン「とぼけないでください! 卒業するんでしょ、リンコ先輩とジャコちゃんが聞いたって言ってました」
ジャコ「ちょ、ちょ、ちょ」
リンコ「飛び火!」
チズル「…卒業って、このグループをってこと? するわけないでしょ、わたしまだ辞める気ないよ」
リンコ「え、でもこのスタジオに来る前にマネージャーと話してたじゃん、わたしもう卒業するんでって」
チズル「…あれ聞いてたの?! 誤解! わたしはこれまでお菓子好きキャラだったけどお腹の肉がヤバいからもう卒業するって宣言したのよ、だからシュークリームも食べてないでしょ」
カレン「え? …え?」
カレンが私とリンコ先輩をかわるがわる見てくる。適当に聞きかじりやがってという表情だ。
リンコ「ゴメン、100%うちらが悪い。すいませんでした。ジャコもほら、謝って」
ジャコ「…申し訳ございませんでした」
それからは私とリンコ先輩はメンバーたちにつねられたり頭をポンとはたかれたりした。なんという優雅で幸福で無意味な時間だろう。私はこのグループに入って良かったのかもしれない。