eternity's lost
太陽の暖かな日差しが降り注ぐ、穏やかなある日。
私とレーヴは、いつもと変わらない、眼下に広がる町を眺めていた。
お互い何を喋るわけでも無く、ただじっと寄り添って手を繋ぎ、庭のベンチに座っていた。
優しい風が吹き抜けていき、私の長い髪がふわりと舞った。
私たちは、小高い丘の上の洋館に住んでいた。
洋館の庭からは、いろいろな形をした屋根が見え、様々な建物がひしめき合っている町が見えた。
ここからの風景を、私たちはいつも2人で眺めていた。
町にも太陽の光が優しく降り注ぎ、のどかに照らし続けていた。
「町の人たちは、何をしているんだろうね?」
私は視線を町に向けたまま、隣にいるレーヴに尋ねた。
「……何をしているんだろうね」
彼も町を見つめたまま、ポツリと呟いた。
春のような暖かい陽気が、私をポカポカと包んだ。
私はレーヴの肩に、そっとじぶんの頭をのせた。
しばらくするとレーヴも私の頭に、自分の顔をくっつけた。
そうして、私とレーヴのいつもと変わらない一日が、穏やかに密やかに過ぎていった。
夜になると、私たちはまるで子猫のように身を寄せ合って、抱きしめ合って眠りにつく。
「あったかいね」
「そうだね」
私たちはおでこをくっつけあい、クスクス笑った。
いつからそうしているのか、分からない。
レーヴと出会った時からそうだった。
同じような毎日を過ごす中で、少しづつ記憶が曖昧になっていく。
いつまでも、微睡の中にいるようだった。
記憶が、パレットの上の絵の具のように、混じり合っていく。
嬉しい記憶も。
悲しい記憶も。
けれど1つだけ確かなことは、レーヴの腕の中だけは、心安らぐ場所だった。
彼に抱きしめられて眠ると、幸せな夢を見ることができた。
今日もそうして、私は穏やかに眠った。
ーーーーーーーー
今日は、強い雨が1日中降っていた。
激しい雨が窓を叩く音が怖くて、不安になる。
レーヴに抱きしめてもらって眠ろうとしても、怖くてなかなか眠れない。
寒くて、体を小さく丸めて、彼の胸にもぐりこむ。
レーヴの腕の中は、いつでも暖かかった。
「……ルピスの住んでた場所は、どんな所だったの?」
レーヴが、私の長い髪を優しく手で梳かしながら聞いた。
怖がっている私に気付いて、落ち着かせてくれているようだった。
「……私の住んでた場所は……」
前にも話したかもしれない気がしたが、私はゆっくりと喋った。
眠れない時は、自分たちの思い出の話をする。
自分の思い出を、カケラを、無くしてしまわないように。
一つ一つ丁寧にそろえていくように。
外は土砂降りの雨だけど、ここだけは穏やかな時間が過ぎていく。
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次の日、雨は止んだけど、夜が来なくなってしまった。
私とレーヴは、1日中ずっと薄暗い空の下、庭のベンチに座って町を眺めていた。
目の前には、いつもと変わらない町の風景があった。
「町の人たちは、何をしているんだろうね?」
今日は、いつか私が言ったセリフを、レーヴが呟いた。
「……何をしているんだろうね」
私もレーヴと同じセリフを返す。
……町には人なんて誰も居なかった。
あるのは、人が居たであろう痕跡だけ。
私たちは、いつもと変わらない町の風景を眺め続けた。
夜は来なくなってしまったが、私たちは時間になると、いつものベッドで抱きしめ合って眠りについた。
お互いの不安を消すように、体温を分け合いながら、目を閉じる。
私は、レーヴの優しいゆりかごのような腕の中で、いつものように夢を見た。
不思議な夢だった。
いつか見たことのある夢かもしれない。
私は訪れたことのある場所にいた。
けれど、レーヴがいない。
『レーヴ……どこにいるの?』
夢の中で、必死に私は彼の影を探した。
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目が覚めると、いつも隣にいるレーヴが居なかった。
私が起きるまで、隣で居てくれる優しい彼が、今日は居なくなっていた。
私の心が、急速に冷えていく。
夢の続きなのか、現実なのか、頭が混乱した。
私は青ざめながら、部屋を飛び出して彼を探した。
いつもいるソファ。
いつもいるリビング。
いつも……
洋館の中には居なかった。
私は外へと飛び出した。
「レーヴ!」
彼は立ったまま、いつもの町を眺めていたらしく、私の呼びかけにゆっくりと振り向いた。
瞳は憂いを帯びていたが、それを私に気付かせないために、口元は優しく笑ってくれていた。
「良かった。レーヴも、どこかに行ってしまったのかと思ったの」
私はホッとして、レーヴの微笑みに応えるように笑った。
けど、彼の向こうに見える町の様子が、目に入ってきた。
「え?」
私は顔から笑みを消した。
今までレーヴを探すのに必死で、気づかなかった。
空からは灰色の雪が降っていた。
どんどん音もなく降り積もっていき、いつもの町が灰色に変化していっている。
すこしづつ、見慣れた風景も失われていっていた。
「寒い……」
私は自分の腕で、自分を抱きしめて腕をさすった。
「……中に入ろうか」
レーヴがそんな私の肩を抱きかかえて、家の中へ連れてってくれた。
夜の時間になると、私たちはいつものベットで、抱きしめ合いながらお喋りをした。
「そろそろなのかな?」
「そうかもね」
「……」
私たちはギュッとお互いをきつく抱きしめ合った。
ここに居ることを確かめるように。
そして離れてしまわないように。
終わることが無い
変わることが無い
暖かいこの腕の中で、いつまでも眠っていたい
私はそう祈りながら目を閉じた。
そうして、いつもと同じように、レーヴの暖かい体温を感じながら眠りに誘われていく。
どうか。
どうか、このまま明日が来ませんように。
ーーーーーー
私たちは、人々に忘れられた星に取り残されていた。
静かに密やかに、最後の時を待つ。