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ズドラーストヴィチェ、幸せ。  作者: 富原順司
2/2

交渉

お久しぶりです。

今回の話もどうぞ、よしなに。

「イワン・クラコフスキー一等兵です!」


「同じくコンスタンチーン・カシュピローフスキー一等卒です!アントロポフ班長、いらっしゃいますか?」


「入りなさい」


イワンたちはドアを開けると、ビシッと敬礼をした。

マーシャも見よう見まねで敬礼をしてみた。

班長とみられる、三十代半ばくらいの男が、びっくりしてイワンたちを見る。

イワンはやりづらそうに目をそらし、コースチャは咳払いをしてごまかそうとした。


「イワン・クラコフスキーくん。その子は一体全体どうしたっていうんだ?」


「…浮浪児です。広場で座り込んでいて、帽子も被っていなかったから………見るに見かねて連れてまいりました」


「ほーん、そうかそうか。なるほどな。かわいそうで拾ってきたと。では、コンスタンチーン・カシュピローフスキーくん?」


「……はい」


「君は、同僚がかんたんに軍基地に子供を連れてくることを咎めなかったのかね?」



コースチャはまたしても、誤魔化すように息を深く吸った。


班長は親切だし、理解のある人だと見込んでマーシャを連れて来たのに。

思い切り詰められるじゃないか。

しかも、このままでは自分の立場すら危うくなりそうだ。

せっかく手に入れた仕事を捨ててまで、見ず知らずのこの女の子を助けてやる義務が、果たして俺たちにあるのだろうか?


そんな考えを、コースチャはすぐにかき消した。

軍人として国を守ろうと決めたのであれば、そこに住まう国民たちを守らねばならない。

彼は覚悟を決めて、呟くように言った。



「…たしかに、俺たちがしていることは暴挙に近いありえない行動です。ですが……あのまま放っておいたら、この子は凍え死んでいましたよ。この子をここで保護する許可を下さい。お願いします」

「お願いします!」

「お、おねがいします…!」


三人はばっと頭を下げた。

班長は何も言わない。ただ、こちらをじっと見つめて、三人の覚悟を確かめていた。


だが、その熟考も長くは続かなかった。

アントロポフ班長はゆっくりとマーシャに近づいていき、そのふくよかな手をマーシャへとさし伸ばした。


怒られる、もうだめだと、マーシャが身を固くした。

しかし、それより先に、班長はマーシャを抱き上げていた。



「よく来たなあ、お嬢ちゃん。名前は何というのかな?」


「マ、マーシャ」


「マーシャ。そうか、いい名前だな。私はピョートルだ。気軽にペーチャおじさん”とでも呼んでくれ。甥っ子たちはみんな、おじさんのことをそう呼ぶんだよ。ああ、そうだ。おなかは減っていないか?もう寒くはないかな」


「だいじょうぶ。ワ―ニャさんたちが、食べものも帽子もくれたから」



それはよかったと、班長は穏やかに笑った。

取り残された一等卒のふたりはというと、怒られなかったことに仰天しているようだった。

イワンのみならず、あの冷静なコースチャまで固まっている。

班長がマーシャの頭に手を伸ばしたときなんて、コースチャは内心、殴られてしまうだろうかと大慌てだった。もし本当にそうだったら、部屋に飾ってある花瓶をひっつかんで、班長に殴り掛かるところだった。


マーシャもマーシャで、怯えていたことなんて忘れたかのように、アントロポフ班長に懐いていた。

肩車で部屋を歩き回ったり、膝の上にのせてもらったりと、もうやり放題だ。

やがて班長はマーシャを肩から降ろして、イワンとコースチャの方を向いた。

その目つきはいたって真剣で、ふたりもつい背筋を伸ばす。



「まあ、連れてきてしまったものはしょうがない。それに第一、ここまできて外に放り出すというのも、夢見が悪いからな。うん、まあ、よろしい。ここで保護できるように掛け合ってはみよう」


「本当ですか!」


「ただし、掛け合ってみて《да(いいよ)》と言われる確率は無いに等しいからな!これからお前たちにできることは、せいぜい神に祈ることぐらいだ」


「「はい!!」」



イワンたちは元気よく返事をし、マーシャと喜びを噛み締めていた。

アントロポフ班長はそれを見て、ついほほえましい気分に染まってしまいそうになる。


マーシャも不思議な子だ。

浮浪児だった者はきまって人を恐れ、保護されてからも、はじめは口をきこうともしないほど警戒してくるものだ。

それなのに、この幼女は、いったいどうしてこんなにも笑顔でいられるのだろう。

こんなにも人と積極的に関わることができるのだろう。


そんなアントロポフの想像は、イワンの弾んだ声によってかき消された。



「じゃあ、今からさっそく寮に行こう!」



そう言って、あろうことか男子寮のほうへ向かおうとしたのだ。

班長はびっくりして、急いで三人を止めた。



「こんな小さな女の子を、誰が男だらけの男子寮に連れて行くんだ?え?女子寮に入れるに決まっているだろう……なに、安心しろ。看護婦さんたちにでも面倒を見てもらうから」


「班長…ですが……」


「わたし、ワ―ニャさんたちと離れ離れになっちゃうの?」



マーシャが寂しそうにイワンの外套の袖を掴む。

アントロポフ班長はすぐさま笑顔でマーシャの方を向いて、彼女を説得した。



「いや、いや。同じ建物の中にいるんだ。一日一回以上は絶対会えるだろう。食堂は男女共用だし。それに、看護婦さんたちは強いけど、とても優しいんだよ。マーシャのことを絶対に大事にしてくれるだろう。安心しなさい」


「…うん。ふたりと離れるのはさみしいけど、かんごふさんたちに会うのも楽しみだから……ありがとう、ペーチャおじさん!」



アントロポフ班長は、ペーチャおじさんと呼ばれて、感動のあまり硬直した。


マーシャはコースチャの案内でさっさと女子寮に行ってしまったが、あとに残された部下であるイワンの前だというのに、上司らしからぬ緩んだ表情を晒している。

イワンはいたずらに笑った。



「僕からもありがとうございます、ペーチャおじさん」


「ほーん、そうかそうか。なるほどな。なに、べつに構わんぞ。しかし、おまえも変な奴だなあ。自分から給料の三分の二も減らしてほしいというなんて」


「申し訳ありません」


「二度と言うんじゃないぞ」



イワンはそそくさと退室し、コースチャの後を追った。





いかがでしたでしょうか。

ちなみにアントロポフ班長は柔らかい丸パンのような人をイメージして書きました。まさにパンっぽくできたと思います(?)

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