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【拝啓、天国のお祖母様へ】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。  作者: 秘翠 ミツキ


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86話


 王太子派が聖女(フローラ)を支持する人々を集め開催している夜会がある。不定期らしいが一ヶ月に数度は開かれているそうだ。

 明日、ティアナはその夜会に参加する……もとい乗り込むが正しい。ハインリヒの計画ではそこで王太子派を一掃した後、実権を取り戻すとの事だ。無論ハインリヒへではなく国王へだ。明日夜会にはハインリヒとティアナで乗り込む。それと同時にミハエルやユリウス達は王太子派が囲っている国王を救出する手筈だ。


「ティアナ様、明日の衣装の準備が整いました。本当にこちらで宜しいのですか?」


 モニカが用意したドレスに視線を遣りながら、戸惑っていた。当然だろう。何しろとても夜会にいて行く様なドレスには見えない。白を基調とした白黒のまるで修道着を模ったドレスだ。これはハインリヒが用意した物だ。ティアナにはいまいち理解出来ないが、彼曰く政治や駆け引きに演出は必要不可欠らしい。


「えぇ、それで良いの」

「ティアナ様、本当にこれも処分されるんですか?」


 ミアが幾つかのドレスを抱えながら訊ねてくる。自室を見渡すと大分すっきりとしたと思う。


「欲しいならミアにあげるわ」

「本当ですか⁉︎」

「ミア、貴女頂いてどうするつもりなの? 使わないでしょう」

「ハナは黙ってて!」


 呆れ顔のハナを他所にミアは嬉しそうに飛び跳ねている。


「貴女達がいらない物は売ってしまって。それでそのお金は教会への寄付金に回して頂戴」

「かしこまりました……」


 訝しげな表情のモニカにティアナは、ニッコリと笑って見せる。


「そうだわ、モニカ。もう一つ貴女に頼みたい事があるの」




 

『恐らく、魅了の力だと思われます。ただ彼女は余り強い力の保持者ではありません。蕾の花を一輪咲かせたと聞きましたが()()()()はそれが彼女の限界だと思われます。私達の力は直接的な干渉と間接的な干渉の二つに分類出来ます。直接干渉は身体への負担も大きく、そもそもが強い力の保持者でないと難しいんです。普通の人間に個体差がある様に、私達にも個体差があり力の大きさは様々です。私自身、直接干渉を使う事はほぼありません。そう考えると彼女は、クラウディウス王太子殿下には間接干渉をしている筈です。例えば花薬の様に何らかの形にして服用させているとか……。彼女の場合力が弱いので一度で得られる効果は長くは続かないと考えるのが妥当でしょう。ただ期間を考えると力にあてられて中毒になっている可能性が高いですね。そうなると干渉をやめさせた所で元には戻りません』

『そんな、一体どうすれば……』

『クラウディウス王太子殿下に正気を取り戻させるには、力の根源である彼女を消滅させるか又は力を全て奪い摂るか……どちらにしても容易な事ではありません』

『ミレイユ様、それはどの様に……』



 あの時ミレイユから教えて貰ったクラウディウスを正気に戻す方法……。成功するかはやってみなければ分からない。だがこのやり方が最善だと思う。クラウディウスを元に戻せれば、無罪とはいかずとも命は保証するとハインリヒにも約束をして貰っている。


『そういえばこの間、()に会ったよ』

『……』


 彼が誰かなど聞かずともハインリヒの表情を見れば直ぐに分かる。


『取り引きをしたいと言われてね。ようやく彼はこんな茶番を終わらせるみたいだよ。王太子派の不正の情報を僕に渡すと言ってきたんだ』

『そうなんですね……』

『それで彼はその見返りに何を要求してきたと思う?』


 普通に考えるならば、クラウディウスや自分達の身の保証だと思う。だがハインリヒから出た言葉は意外なものだった。


『君の幸せだよ』

『⁉︎』

『意外だよ、彼がそんな人間だとは。甘いというか愚かだと言えばいいのか……だが僕は嫌いじゃないな。君達は良く似ているね。嘘吐きの癖に嘘が下手で、自らを犠牲にしてまで相手を護ろうとする。実に興味深く面白い、僕にはない思考だ。ねぇティアナ。君はクラウディウス兄上はフローラ嬢に魅了され操られていると言っていたね。彼も又然りだとは考えないのかい?』

『っ……』

『まあ彼の場合はヴェローニカ嬢に魅了されているフリをしているに過ぎないみたいだけどね』


 レンブラントがヴェローニカに魅了されているなど考えもしなかった。しかもフリをしているとは一体……。確かに彼の態度の変わり様は余りに急激でティアナも困惑を隠せなかったのは事実だ。でも何故そんな事を……。


『王太子派に限界を感じた彼は、君を王太子派から遠ざける為に突き放した。あのまま彼の婚約者でいる事は君にとって害悪でしかないと判断したのだろう』


 呆然としているティアナにハインリヒは鮮やかに笑って見せた。


『簡単に言うと、沈み逝く船から君を下ろしたと言えば分かり易いかな? 他のものは犠牲に出来ても、君の事だけはどうしても護りたかったんだろうね。美談と言うには些か手前勝手だと思うが、人間味があって悪くない。愛されてるね。おっと、僕とした事が少し喋り過ぎたかな、ほんの戯言だから気にしなくて良い』





 ティアナはその日、まだ夜が明けきらない中目を覚ました。心が騒ついてもう一度眠る事は出来そうに無かった。ベッドを抜け出し、物音を立てない様にして屋敷から抜け出した。気持ちを落ち着かせる為、庭に出て花でも眺めようと思ったのだが無意識に足は門へと向かっていた。


「……レンブラント、様?」


 一瞬だが門の外に人影が見えた気がした。恐る恐る声を掛ける。何故だろう、彼が居る気がした。ただの願望かも知れない。


「あ、その……」


 音もなく姿を現したのはやはりレンブラントだった。声を掛けると彼は気まずそうに顔を背ける。


「レンブラント様、どうして」

「……どうしてだろうね、自分でも分からない。来るつもりなんて無かったんだ……でも気が付いたら馬を走らせここに居た」


 困った様に笑う彼を見てハインリヒとの言葉が頭を過り胸が締め付けられた。


 明け方で辺りが静まり返る中、鳥の囀りと風が木々を揺らす音だけが聞こえている。無意識に柵に触れていたティアナの手にレンブラントがそっと手を重ねた。驚いて彼の顔を見ると柵越しに目が合ったその瞬間、これまでの記憶が一気に頭の中を駆け巡る。

 


『悪いけど、君を祖父に会わせる事は出来ない』


『君、変わってるって言われるだろう』

『支度をしておいで。祖父が、ダーヴィット・ロートレックが、是非君に会いたいと言っている』


『君のお祖母様は確かに立派な方だったかも知れない。でも君は君だ。彼女の様になる必要などないよ』

『その笑顔の方が、僕は好きだな』


『何しろ、彼女を可愛がるのは、子爵ではなくこの僕ですから』

『あぁ、そうだ。申し遅れましたが僕はレンブラント・ロートレックと申します。この度、ティアナ嬢の婚約者になりましたので、挨拶に伺いました』


『あはは、確かにそうだね、余りに美味しいからつい食べ過ぎちゃったよ』


『これからは、僕が君を護るからね』


『ならさ、もし僕が身体を壊したら君が看病してくれる?』

『約束、だからね』


『ティアナ、助けに来るのが遅くなってすまなかった』


『会いたかった……ティアナ。君に会いたくて仕方なくて、おかしくなりそうだった』

『ティアナ、これからも僕の側にいて欲しい』


『あははっ、宝石を贈る相手なんて君以外にいないよ』

『もしかして、妬きもちやいちゃった?』


『僕は君を愛している』

『これから先何があろうと君へのこの想いは変わらないと断言出来る。今この場で神に誓う。その為に此処まで君を連れて来たんだ。僕の君への愛を証明する為に』

『だから、もしこれ先僕に何かあろうと()()()を信じて欲しい』


『意外とティアナは甘えん坊なのかな』


『君とは婚約破棄をする。ご覧の通り、僕とヴェローニカは愛し合っているんだ』


(貴方が私を救ってくれた。貴方と過ごした時間は何にも変えられない私の宝物)


ーーそれで彼は何を要求してきたと思う? 君の幸せだよ。愛されてるね。


(私の幸せは、貴方が幸せである事です)


 触れている手から彼の温もりが伝わってきて、泣きたい気分になる。だがグッと堪えて、静かに手を放した。彼は一瞬目を見開くが何も言わなかった。そして私達はそのまま言葉を交わす事なく別れた。


 その日の夕刻、支度を整えたティアナは綺麗に咲き誇る庭の花を暫く眺めていた。枯れてしまった庭は元通りの美しい姿を取り戻している。


「お祖母様……見守っていて下さいね」


 確りとその光景を目に焼けつけると、ティアナは踵を返し馬車に乗り込み城へと向かったのだった。

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