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【拝啓、天国のお祖母様へ】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。  作者: 秘翠 ミツキ


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57話


 此処に来るのは何時ぶりだろうか。

 ソシュール家の屋敷内の廊下を歩きながらティアナは懐かしさを感じた。

 

 客間に通され長椅子に座ると、使用人がお茶を淹れてくれる。

 彼は人払いをして息を吐くと、微笑を浮かべた。


「ティアナが屋敷(うち)へ来るのは久々だな」

「はい、幼い頃はたまにお邪魔してましたけど……それも殆どはユリウス様が訪ねていらっしゃるばかりでしたので」


 ふとティアナが窓際に視線を向けると、紫の薔薇の花が飾らせているのが目に入る。一見すると何の変哲もない薔薇だが、酷く懐かしく感じて目が離せなくなる。


「あぁそれは祖母が生前、ロミルダ様から貰い受けた薔薇の苗から育った薔薇だ。大切にしていたから、未だに綺麗な花を咲かせている」


 ロミルダの友人だったユリウスの祖母は七年程前に病で亡くなった。

 一度だけロミルダに訊ねた事がある。何故花薬をユリウスの祖母に渡さなかったのかと。


『彼女が、拒んだのよ』


 自分が花薬の作り手とは打ち明けずに、ただ単に手に入ったから飲む様にと勧めたそうだが『これが私の寿命なのよ。それを私は受け入れるわ』と言い断られたと悲し気に笑っていたのをよく覚えている。


 花薬に執着する人間もいれば、拒む人間もいる。言葉を変えれば、要は生への執着の有無とも言えるだろう。老いる事や死ぬ事を受け入れる事が出来ない人間と、自然の摂理に従い老いや死を受け入れる事が出来る人間がいる。ティアナにはそのどちらも理解出来る気がした。


 誰だって老いたくないし、死にたくなんてない筈だ。その一方で自然の摂理に逆らう事は神への冒涜とも言える。

 信心深い人間からしたら花薬は毒物と変わらず、その作り手は罪人と変わらないのかも知れない。


ーーロミルダは本当はあの時、花薬を飲んでなかったのではないか。


 ふとそんな疑念が頭を過ぎる。

 床に伏せる様になったロミルダに、花薬を何度か手渡した。本人は飲んだと話していたが、飲んでいる場面を確認した訳ではない。

 モヤモヤとする。


 

「ティアナ? どうした、気分が優れないのか」


 ユリウスの声にハッとして、振り返る。

 彼は眉根を寄せ、心配そうな表情をしていた。どうやら暫く意識を飛ばしていた様だ。


「いえ、大丈夫です」


 今日はこんな事を考える為にここまで来た訳ではない。軽く(かぶり)を振り、沈んだ気持ちを払拭する。

 ティアナはある目的があってソシュール家の屋敷までやってきたのだ。


「それよりユリウス様、お話があるんです」

「そんなに改まってどうしたんだ」


 居住まいを正し真っ直ぐに彼を見る。


「レンブラント様の手紙をお返し下さい」

 

 瞬間ユリウスは穏やかな表情から一気に険しい表情へと変わった。


「モニカから、聞いたのか」


 彼の言葉に、疑念は確信へと変わる。

 初めて彼から向けられる刺さる様に冷たい視線に内心たじろぎながらも、ティアナはグッと堪えた。


「誰から聞いたかは問題ではありません。私はただ、手紙を返して頂きたいだけなんです」

「……それは出来ない」

「何故ですか」


 少し前にモニカから打ち明けられた内容に、正直耳を疑った。ユリウスがそんな事をする人間だなど思えない。だがモニカの謝罪する姿を見て、彼女が嘘を吐いている様にも思えなかった。

 今日ユリウスと会った事は偶然ではあったが、真相を確かめようと思い彼の屋敷まで来た。


「君の為だ」


 彼は息を吐き肩の力を抜くと、膝に両肘を付いた。ティアナを見つめてくる目は、先程と変わり何時もと同じ穏やかに見えた。


「君はレンブラント・ロートレックが好きなんだろう」

「それは……」

「長い付き合いだ。それくらい君を見ていれば直ぐに分かる。だが、彼は違う。君を利用しているだけだ」


 ユリウスの率直な言葉が胸に突き刺さった。

 頭では理解しているつもりでも、言葉にされると辛く感じてしまう。


「彼はそう遠くない将来、君とは婚約破棄して別の女性と結婚するだろう。私はその時君が傷付く姿を思うと耐えられない。ティアナ……私は昔からずっと君を想ってきた。君が好きなんだ、私は君を幸せにしたい」

 

 モニカからユリウスの気持ちは聞いてはいたが、本人から直接聞くと彼の強い気持ちが痛いくらいに伝わって苦しくなる。

 この数日、ユリウスの事を考えていた。彼はティアナにとって大切な人で、失たくない。無論彼を好いている。ただそれは、彼がティアナへ抱いている感情とは別物だ。何度考えを巡らせてもそれは変わりはしなかった。


「ありがとうございます、そんな風に思って頂けて本当に嬉しいです。私も昔からずっとユリウス様が好きです。でも私の好きとユリウス様の好きは違います」


 互いの為にも曖昧にはしないと決めた。


「私はユリウス様を大切な幼馴染であり兄の様に思っています。だからユリウス様からの期待には応える事は出来ません」

「どんな形であっても君の側にいれるのなら私はそれで構わない。それに君が私を男としても好いてくれる様に努力する」


 徐に立ち上がると彼はティアナの前に跪き、そのまま手を取りギュッと握り締めた。


「何より、誰よりも君を愛していると誓える」

「ユリウス様……」

「手紙の件は行き過ぎたと反省している。君をどうしても彼に奪われたくなかったっ……愛しているんだ、君を」


 嘆願する様な眼差しと、手からユリウスの熱が伝わって来て胸が痛む。

 きっとレンブラントと出会わなければティアナは言われるがままにユリウスの手を取っていただろう。

 自分みたいな娘を愛してくれる奇特な人など、彼以外で今後現れる事はないと分かっている。それでも今は、もうこの想いは変えられない。


「ごめんなさい」


 絞り出す様に声を出して、そっと手を離した。

 

「何故だ、君を何時見捨てるかも分からない様な男を選ぶのか⁉︎ あの男は君を苦しませるだけだっ」


 何時も冷静で物静かなユリウスが、興奮しきった様子で声を荒げている。その姿に彼の必死さが伝わってきた。


「それでもその時まで彼の側に居る事が許されるなら、私はそれで構いません」

「っ……」


 水を打った様に部屋が静まり返った。

 ティアナは決してユリウスから目を逸らさず、彼もまた同様だった。

 暫くして彼は無言のまま部屋から出て行き、程なくして戻って来ると手には複数の封書を持っていた。


「ティアナ、手紙を返す。……そしてすまなかった」



 手紙を無事取り戻す事が出来たティアナは、ソシュール家の屋敷を後にした。






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