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【拝啓、天国のお祖母様へ】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。  作者: 秘翠 ミツキ


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40話



 薄暗く、空気も淀んでいて息苦しさを感じるが、地下なので仕方がない。普通ならずっとこんな場所にいたら気が滅入りそうだが、ティアナは意外にも普通に過ごしていた。


「ありがとうございます」


 扉が静かに開くと、使用人らしき女性が食事を運んで来た。パンとミルクを簡素なテーブルの上に置く。ティアナは使用人に声を掛けると、彼女は戸惑いながらも軽く会釈をして、部屋から出て行った。扉の鍵が掛けらる音がして、足音が遠ざかって行く。別に、ご丁寧に鍵など掛けなくても逃げられませんけど、と思う。足を軽く持ち上げるとそれに合わせてガチャンッと音が響いた。何故ならティアナの足には足枷が付けられているのだから。


 ティアナは腰掛けていたベッドから立ち上がり、椅子に座り直した。パンとミルクに鼻を近づけて匂いを確かめる。確実ではないが、普通の人よりは鼻が利くので自信はある。次にほんの一口齧り咀嚼してみる。


「うん、大丈夫そう」


 毒などは入っていない様なので、普通に食べ始めた。

 それにしても、この部屋には時計がないので、今が朝なのか夜なのかも分からない。まあ例えあったとしても、外の様子が分からない以上時計の針がどちらを表しているのか知る事は出来ないので意味はない。だがせめて、どれくらい時間が経過したかくらいは把握しておきたい。


 固いパンを食べ終わり、ミルクを飲み干すとティアナはため息を吐いた。どうしてこんな所に閉じ込められているのだろうか。


 此処に連れて来られる前、朝ティアナは何時も通りに屋敷を出た。だが学院へ向かう道中、いきなり馬車が大きく揺れて止まった。何事かと窓の外を見ると、まさかのヴェローニカが立っていたのだ。どうやら飛び出して無理矢理馬車を止めたらしい。無茶苦茶だ……。


『実は、ティアナ様に大切なお話がありますの。ですので、一緒に来て頂けませんか』


 何時もフルネームで呼び捨てにしてくる彼女が、突然敬称を付けるなんて気味が悪い。話し方もやたらに丁寧だ。違和感しか感じられない。明らかに怪し過ぎる。


『レンブラント様の事なんですの』


 ただレンブラントの名前を出された一瞬、少しだけ気持ちは揺らいでしまったが、ティアナは直ぐに思い直して彼女の申し出を断った。するとその瞬間、穏やかな表情だったヴェローニカの顔付きは怒気を孕んだものへと変貌をした。ティアナとの距離を一気に詰めると、乱暴にティアナの腕を掴み開いていた扉へと突き飛ばす。ヴェローニカより小柄なティアナは最も簡単に馬車の中へと放り込まれ、そのまま扉を閉められてしまった。慌てて外へ出ようとするも馬車は動き出してしまい、窓の外にヴェローニカが嘲笑しながら小さく手を振る姿だけが見えた。そしてそのまま意識が段々と遠退いていき、気が付いた時にはこの地下室に閉じ込められていたのだ。


『花薬を作れ』


 ベッドの上で目が覚めたティアナが、まだ意識が朦朧とする中、見知らぬ中年の男がやって来てそう命令してきた。恰幅の良い見るからに傲慢そうな男は、何度か同じ言葉を繰り返すと行ってしまった。気迫というか、鬼気迫る様子が不気味だった。


 それにしても花薬を作れなど、どういう事なのだろう。どうやらティアナが花薬の作り手だと勘違いしているらしいが、あの男は一体何者なのか、偽花薬と関係しているのだろうか……。もしかして、彼が話に聞いていた偽仲介人なのか。ならヴェローニカは彼とはどの様な間柄なのだろう……。

 だがそんな事を考えた所で、ティアナには分かる筈もない。それよりも今は、どうやってこの場所から脱出するかを考えるのが先決だ。


(自分で何とかしなくちゃ……)


 きっと誰も助けになんて来てくれない。何故ならティアナがいなくなった所で、誰も困らないし、何も思わないからだ。それは普通の事で別段気にする事ではないと自分が誰よりも一番分かっている筈なのにも関わらず、一抹の寂しさを覚えた。


(あぁでも、モニカ達なら心配くらいしてくれるかしら……。 後ミハエル様も、お弁当食べれなくなっちゃうし少しは気にはして下さる可能性も……。 後エルヴィーラ様も、最近では本当のお姉様みたいに世話を焼いてくれて仲良くして下さっていたから、少しは寂しいと思ってくれるかな……。 後今はいらっしゃらないけど、ユリウス様もきっと……。 でも、レンブラント様は……)


 もしかしたら彼はヴェローニカの共犯だったり……そんなつまらない思考に至ってしまう。だが可能性はある。ヴェローニカと共謀して、邪魔になったティアナを排除しようとしているのかも知れない。

 だがこんな手の込んだ事をしなくても、普通に話してくれるだけで良かったのにと思う。婚約破棄をしたいと言われれば素直に受け入れる。元々そういった約束なのだし、それにティアナは彼を困らせたくはない。


「やっぱり、何もないわね……」


 ティアナは、先程から何処かに脱出する為の道具やヒントがないかと、部屋の中を探っていたのだが、不意に手を止める。ここから逃げた所で意味がない様に思えたからだ。


『あんたの存在自体が迷惑なの、何度も言わせないで! 良いわね、部屋から出る事は絶対に許しませんから』


 頭の中に、母の声が大きく響く。ティアナは反射的に部屋の隅で蹲ると両耳を塞いだ。


「レンブラント、さま……」


 自分をこんな目に遭わせている張本人かも知れないのに、彼に会いたくて仕方がない自分は莫迦だ。




 

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